9. 新しい男をみつける①
ハーパーさん率いる野鳥の会は恐ろしく有能だった。
野鳥を見るフリをしながらルークとフィービーを監視した。
そしてとんでもない情報をかき集めてきてくれた。
怒りに震えるハーパーさんから聞いてすぐ、デイジーは辺境女子を緊急招集した。
なんと、魔性の女ピンク髪が手玉にとっていたのは王子だけではなかったのだ。
よりにもよって──
「いやー、マジでびっくりよ」
「まさか、全員の婚約者がピンク髪フィービーの毒牙にかかっていたとは」
「あたしらの目は節穴」
「もう、飲むしかねー」
同情した野鳥の会メンバーたちがくれた、とてもお高いお酒を皆で味わう。
リコリスにもペティーにもエリカにもそれぞれ婚約者がいる。どれもこれも、ルーク王子の側近だ。辺境領地と王家並びに王家派ががっちり強固な関係になるべく、整えられた婚約だった。
それなのにまさか――全員が全員、フィービーにたらしこまれていたとは。
「ういー、しみるわー」
「野鳥の会の人たち太っ腹。こんないいお酒くれるなんて」
「男女関係の酸いも甘いも嚙み分けた貴族夫人の皆さん。浮気された側の悲哀が分かってらっしゃるのね」
「つーかさー、どういうこと? フィービーすごすぎんか? アタシ、婚約者一人でも持て余していっぱいいっぱいだったよ。四人を手のひらで転がすって、猛者すぎんか」
エリカの指摘に皆が激しく同意する。
「私なんて、ルークに好かれようと必死にがんばって、空回りして。それでもちっとも気持ちを引き止められなかったのに。意味分からん」
「うちもさー、都会の男に合わせるために無理しまくったなー。無意味だったー」
「か弱くみられたくて、無駄に小食のフリしてた。デートのときはいつも腹ペコだった」
「アタシは古今東西の恋愛本を読んで勉強したんだけど、つけやきばでは真の強者には太刀打ちできんかった」
四人は酒を注ぎ合っては飲み干した。
「やっぱさ、男はピンク髪ゆるふわモテ女子がいいんだよね」
「我々、隠し切れない屈強さがあるもんね」
「厳しい辺境生活ではぐくまれた鋼の体と心がにじみ出ちゃうよね」
「アタシたち、かわいげとか愛され成分とか、生まれるときに母の胎内に置いてきちゃったから」
四人は深いため息を吐いた。
「ルークに浮気されて、私の自己肯定感はダダ下がってたんだけどさ。領地の人たちが来てさ、みんな変わらず私のこと愛してくれててさ」
「うんうん」
「いくら私がルークの理想じゃなかったとしても、婚約しておきながら浮気するって、やっぱ最低じゃね」
「最低最悪だよ」
「だよね。あんなさ、鳥の一羽も呼び寄せられないヘタレじゃん。たいした男じゃないじゃん」
デイジーが徐々に強気を取り戻す。
「えーっと、デイジー一族ぐらいしか鳥は呼べないと思うけれども」
「いや、建前的には、王族は双頭のワシを呼べることになっておるぞ。建国の記録という名の眉ツバ英雄譚に載ってたな」
図書館にある書物には全て目を通しているらしいエリカが言う。
「そうなの。昔々、双頭のワシに乗って蛮族を平定したのが今の王族ってことになってるからね。王族の結婚式とか、立太子の儀とか、大事な日には双頭のワシを呼んで権威づけするんだ」
聖なる鳥、双頭のワシ。
片方の頭で過去を、もう片方の頭で未来を見通す、なんて父が言っていた。
翼を広げた姿は荷馬車よりも大きくて、実際に目にすれば誰だってその威容に畏怖の念を抱く。ずっと昔から同じ個体だとも、何世代も生まれ変わっているとも言われるけど、さだかではないみたい。
ともかく、この国でははるか昔から王族とこの双頭のワシには切っても切れない関係があるのだ。
「今の王族って双頭のワシ呼べるの?」
「国王陛下は呼べるらしい。本当かどうかは知らないけど」
「呼べないとどうなるん?」
「かっこつかんよね」
「示しもつかんな」
「それをどうにかするための、私とルークの婚約だったんだよなー。私が王族に入ればさ、式典のときに陛下の近くでこっそり双頭のワシ呼べちゃうじゃん」
「おっとー。それ機密じゃないんかい、デイジーちゃん」
「もういいんじゃん。知らんわ。私のことないがしろにする王子を育てた王族に忠誠を誓い続けるほど私もお人よしじゃないんじゃー」
「おおー、その通り」
「いいぞ、もっとやれ」
「切れてるー」
三人にはやされ、デイジーは空のグラスをテーブルに強めに置く。
「百歩譲ってだ。鳥と仲良くなろうとか、鳥の生態について勉強しようとか、双頭のワシを呼ぶための努力をしてたらいいんだよ」
「んだんだ」
「どうせ私が呼ぶんだから自分は何もしなくていいんだっていう、その舐めた態度がむかつく」
「分かる、分かるよ!」
リコリスが急に叫んだ。
「うちの婚約者さ、近衛騎士見習いじゃん」
「うん、なんかシュッとしてるよね」
「近衛騎士は白馬でしょうって欲しがるからさ、うちの領地から白馬を取り寄せたんよ」
「リコちゃん、貢いでるー」
「まあな。婚約者にプレゼントって特別感に酔ってたからな」
「分かるー、特権だよねー」
「ところがだ、白馬ちっともヤツになつかねーんだ。うちの領地ではな、馬がなつかない人間はあかんヤツやという暗黙知がある」
「深いね」
「正しい。動物は見る目があるもん」
「馬は特に賢いって言うよね」
「あのね、何がイヤってね、馬がなつかなくても気にしてないんだ、あいつ。なんでや。いざというときに自分を連れて逃げてくれる大切な相棒やん。心を通わせるために、毎日お世話をするとかさ、しないんかい」
「高貴な人は自分で馬の世話をしないんかも?」
「まーねー、うちの領地じゃ、みんな自分の馬は自分でお世話するけどなー。十歩譲ってよ」
「すくねっ」
「うん、馬に関しては譲れないんやで。十歩譲って、自分でお世話しないまでも、厩舎に毎日顔を出して馬に挨拶するとかすりゃーいいじゃん。それすらしてねーのよ。その、誠意のなさ、馬なんて乗れりゃーいいっていう姿勢。それがあかん」
リコリスが力説する。エリカがさっと手を上げた。
「はいはーい、しつもーん。リコは、うちの婚約者に白馬がなつきませんし、ヤツはお世話もしませんねんって、両親に報告しましたかー?」
エリカの問いに、リコリスがすっと目をそらす。
「「「言ってねーんかい」」」
三人が突っ込む。
「だって、だって、好きだったんだもーん。かっこよかったんだもーん。一抹の不安には目をつぶったんだーい」
「分かる、分かるよ!」
ペティーがリコリスの肩を抱く。
「あたしの婚約者さ、護衛見習いじゃん」
「うん、なんかいい体してるよね」
「休日の走り込み自主練とか、一緒にやろうよって言ってみたんよ」
「斬新なデートの誘いやね、ペティーちゃんや」
「だって、カフェとかで向かい合っても、何しゃべっていいんか分からん。沈黙が苦痛。なんか話題をーってソワソワする」
「わかりみ」
「ほんそれ」
「それがですよ、走ってみたら、余裕で、ぶっちぎりで、あたしの圧勝だった」
「あーあー」
「手加減という言葉を知らないペティーちゃん」
「黒い森で魔物相手に戦ってきたペティーちゃんには、王都のちょっとした護衛見習いじゃ歯が立たんじゃろうて。ふぁっふぁっふぁっ」
エリカが老魔導士みたいな笑い方をする。
「五歩譲ってあたしより遅いのも、あたしより弱いのも、いい。仕方ない。生まれ育った環境が違うからね。でもさ、もっと強くとか、高みを目指そうとしないその姿がなー。だって、護衛だよ。ルークの護衛になる気なんだよ。王子を守るには最強じゃないといかんじゃん」
「そうだそうだ! それでそのことは彼に言ってみたのかい?」
無言で目をそらすペティー。
「「「言ってねーんかい!」」」
「顔は、いいからさぁ」
そろいもそろって。辺境女子はイケメンに弱い。
つくづくダメンズ体質な自分たちを嘆いて遠い目をしていると、
「分かる、分かるよ!」
今度はエリカが言う。
「アタシの婚約者さ、宰相補佐見習いじゃん」
「うん、初めて聞いたとき、補佐見習いってなんぞって思った」
「頭よさそうな顔してるよね」
「知的イケメンって感じ」
「それが残念ながら、そこまで頭よくなかったんだなー」
「それは、エリカと釣り合う人はなかなかいないだけでは」
「うーん、あのね、無知の知って、アタシの領地では大切にしてるんだけど」
「むちのちってなに? なんかモチモチしてる語感」
「おいしいやつー?」
「食べ物ちがう。あのね、自分は何も知らない、無知であるということを自覚している状態ってこと。知らないと分かってるからこそ、もっと知りたい、学びたいってなるわけです」
「ははー、むずい」
「ヤツは知ったかぶり野郎だったんですな。いえね、一歩譲って知ったかぶりを否定はしませんよ。一国の宰相になった暁には、知りませんなんて公の場では言っちゃまずいからね。でもね、知ったかぶりした後には、必ず調べないとあきませんのです」
「知らないままで放置はあきませんということですなあ」
「そういうこと。知ったかしてその場をやり過ごせたー、いえーい、じゃねえ。ちゃんと詳しく勉強しろよっていう、ね」
「うん、よく分かった。そのこと、エリカは彼に指摘した?」
デイジーが聞くと、エリカは両手で顔を隠す。
「「「言ってねーんかい」」」
「だって、顔が、お顔がいいんだもん」
エリカがかぼそい声で白状する。
「我々ってばほんとに面食いだね」
「外見ばっか見てないで、中身も掘り下げんといかんかったな」
「反省」
「次は、顔の良さだけで惚れないぞー、おー。全員で、新しい男をみつけようー、おー」
辺境女子四人は円陣を組んで心をひとつにする。デイジーの『婚約破棄までにしたい10のこと』の五つ目「新しい男をみつける」は、全員の目標になった。
「でもさー、夜会までに新しい男をみつけるって、まずもって無理じゃね」
厳しい現実から目をそらすため、いや、向き合うため、女子たちはまた酒をあおる。
「はあー、飲まなきゃやってられん」
酒をなめなめ、案を出し合う。酒ビンが空になっても、これぞというのは出てこなかった。
「うん、やっぱり親に相談しよう」
「そうしよう」
「早馬出さなきゃ」
「手紙手紙ー」
辺境女子たちは、それぞれの領地に早馬を出すことにした。
「至急、新しい男をご用意されたし」と。




