5. 好きな格好をする①
翌日、仲良し四人組はデイジーの『婚約破棄までにしたい10のこと』みっつ目「好きな格好をする」実現のため、服屋を訪れた。
「十五歳で王都に来るまで、兄さんたちと同じような格好で動き回ってたからさ。釣りとか貝集めで湿地帯にいることが多かったから、基本ずっとズボンよ」
「うちもそんな感じ。馬で移動することが多かったから、スカートは滅多に履かなかった」
「あたしんとこは、いつ森から魔物が出て来るか分からないから、戦える年齢の人はみんな動きやすい服装だった」
「アタシは図書館か研究室にこもりっきりだから、締め付けない楽な部屋着の上に白衣はおってごまかしてた」
四人が顔を見あわせて吹き出す。
「お互い、王都で大きな猫をかぶったもんだね」
「王都では、女性らしいドレスを着るべきって言われたからさー」
「主に婚約者からな」
「郷に入っては郷に従えということで、女性らしいフリフリピンクを着ていた我らですが」
四人が渇いた笑いをもらす。
「客観的に見ると、私にピンクのフリフリドレスって似合わないんだよね」
「うちは、実は隠れ胸バーンなんで、胸元フリルはもっさりして見える気がする」
「あたしは肩幅ががっしりしてるから、パフスリーブ着るとすっごく強そうに見えて悲しい」
「部屋着に白衣のころに戻りたい。疲れるもん」
四人は顔を見あわせてため息を吐く。
「私さ、ルークの好みに合わせてかわいい女子を演じてきたんだ。でも、まったくの無意味。無駄骨だった。もうやめるわ」
デイジーは衣装棚にあるフリフリピンクドレスを思い出し、身震いした。
「好きでもない、似合いもしないドレスを着てさ。フィービーには似合うんだろうけどさ。それで結局ルークは私に見向きもせず、フィービーに愛を語っちゃうんだもん。むなしい」
「デイジーの好きな、デイジーに似合う服を買おう」
「そだね。この際だから、全員が自分の好きな服を買おうよ。婚約者の好みに合わせるんじゃなくってさ」
失恋を癒すのはヤケ酒と買い物だよね。
意気込んでやってきたのは王族御用達の高級店。デイジーはルーク王子の婚約者なので、何度か来たことがある。頼めば屋敷まで外商が来てくれるけど、デイジーはお店に来る方が好きだ。だって、ねえ、わざわざ外商に来てもらうって、気が引けるよね。ルークは根っからの王子なので、そういう感覚はないみたいだけどさ。
「デイジーお嬢様、皆々様、ようこそいらっしゃいました」
店員がにこやかに迎えてくれ、個室に案内された。
「お願いがあるの。ピンクのフリフリじゃない、動きやすくてかっこいい系の服を仕立ててほしいの」
「承知いたしました」
店主からの質問に答え、色んな布を体に当て、肌着になって体の色んな部分を採寸してもらう。
「いくつか参考になる服をお持ちいたしますね。しばしお待ちくださいませ」
お茶とお菓子が出されたので、四人でゆったりとくつろぐ。
「あ」
「おっとー」
「そうきたか」
「なにが、え、なにが?」
エリカがきょとんとして三人を見る。
「ああ、エリカには聞こえなかったか。店員さんたちのひそひそ話が聞こえた」
「またか、あんたら三人、どんだけ耳がいいんだよ。引くわ」
湿地帯で鳥や魚と共に生きるデイジー。草原で馬を育てて売買するリコリス。黒い森の近くで魔物と戦うペティー。三人とも、王都のご令嬢たちとは比べ物にならないぐらい、耳がいい。
「アタシだって北方の辺境育ちなのに、ちっとも耳はよくないのはなぜだ」
エリカがぼやく。
「だってエリカの領地は研究が主な資金源じゃん。研究室にこもってる人たちが、耳がよくなる必要がないじゃん。そんなのちっとも気にしなくていいよ」
「そうそう、耳がよくて苦労することも多いんやー」
「今の悪口は、陰口なのか、聞えよがしの嫌味なのか、どっちか判断できんことがよくあるもん。そういうとき、エリカが頼り」
「アタシが聞こえたら嫌味、聞こえなかったら陰口ってやつね」
エリカが苦笑する。
「で、アタシには聞こえなかった店員の内緒話はなんて?」
「昨日さ、あのあとルークとフィービーが店に来たんだって」
「はあ? 眠り薬から起きて、家に盗賊が入って、色んなヤバいものが盗られたあとに? おかしくない?」
「フィービー父が、盗難にあったってルークに知られたくなかったんじゃない」
「まぬけだもんね」
「何を盗られたか説明するのも無理じゃん」
「そっかー。あれ、でもルークは眠り薬のこと怒ってないわけ?」
「えーっと、ここの店員にルークがのろけたんだって。フィービーの手作りクッキーと祈りを込めたお茶で、ぐっすりと眠れた。恋の病で睡眠不足だった私へのプレゼントだ。なんて素晴らしい恋人だろう、だって」
「シネ。ふたりともまとめてシンデシマエ」
デイジーがものすごい早口で呪詛を唱えた。鳥のさえずりのようであった。
「素敵なプレゼントのお返しに、今度の夜会で着るドレスをあつらえに来たってさ」
「すっご、店員に内部情報もらしすぎじゃね」
「ルーク、アホの子やったかー」
「顔はいいのにな」
「顔しかいいとこなかったってことよ」
四人はやれやれと肩をすくめる。
「で、店員たちが困っちゃってるわけよ。昨日はお忍び風だけど王子とバレバレなルークが、浮気相手の令嬢と新しいドレス作りに来ちゃったと」
「そして今日、王子の正当な婚約者の私が来たと。それはウワサ話で盛り上がるな。こんなおもしろいゴシップはなかろう。ひとごとならなー」
うっ、辛い。店員たちの気の毒がってるっぽいヒソヒソささやきを聞くと、心の傷がぐりぐりとえぐられる。ダメだ、こらえろ。こらえるんだ。あかん、決壊するー。
「うわーん!」
デイジーがこらえきれず大泣きしているときに、店員たちが衣装を持って部屋に入ってきた。店員たちは彫像のように固まった。
「こ、今度の夜会ね。わ、わだずのごんやぐじゃば、ほがのおんなのごと行ぐんだって。ひ、ひどぐない?」
「ひ、ひどいです」
店員たちは激しく同意する。
「わ、わだじに似合うドレスをづぐっでほじいの」
「お任せくださいませ。我々の全精力を注ぎます」
店員たちは涙目になっている。
貴族令嬢らしからぬデイジーの号泣とぶっちゃけが、店員たちの同情心を誘い、やる気に火をつけた。店員たちは顔を見合わせると個室を出て、もっとたくさんの衣装を持ってくる。
「各国から取り寄せた高貴なる方々の衣装でございます。デイジーお嬢様のお気に召すものがあるか探してみましょう」
店員たちがたくさんの衣装を並べる。
「デイジーお嬢様は、髪も瞳も濃い茶色です。髪は豊かでハリがあり、瞳はくっきりと目力があります。艶があり、しっかりとしたお肌です」
「デイジーお嬢様は、青みがかったメリハリのある鮮やかな色がお似合いですわ。青、黒、白など」
店員たちが注意深く、様々な角度からデイジーを観察する。
「デイジーお嬢様は、背が高く、手足が長くしっかりとした骨格です。中性的でかっこいい体系です」
「ざっくりサラッとした質感、シンプルで抜け感のあるかっこいい服がお似合いです。愛らしいというよりは、華やかで大人っぽいドレスがよろしいかと」
深みのある青のシンプルなワンピース。一見スカートに見えるキュロットという幅広のズボン。ざっくりとした白のシャツ。あでやかなオレンジ色のドレス。デイジーは、鏡の前で差し出された服をあててみる。
「あ、こういうの好き」
「デイジー様にはこういうかっこいい系の服がピッタリだと思います。ピンクのフリフリは、デイジー様の良さがいかせません」
「ルークが好きな服を着たかったんだ。でも、似合ってなかったね」
しょんぼりするデイジーを店員たちが慌てて言葉をかける。
「好きな人が好む服を着たい。乙女なら当たり前のことです」
「似合わなくたっていいんです。そういう経験も女性には必要ですもの」
「色んな服を試して、ご自分の好きな色、似あう形を見つけていくのは楽しいですわ」
「デイジーお嬢様、乙女には回り道が大事です。そうやって、素敵な大人のレディになっていかれるのですもの」
すっかり涙も乾いたデイジーが笑う。
「みんな、ありがとう。これ全部買うわ」
「ありがとうございます。こちらは古着ですから、新しくお作りいたします。デイジーお嬢様のサイズに合わせて微調整いたします」
「仮縫いで試着いただき細部まで整えます。その後、仕上げてお届けいたします」
「ありがとう。楽しみ」
店員も辺境女子三人も、デイジーにつられて笑顔になる。




