4. 戦利品を確かめる
客間を出て、メイド服を脱ぎ、ズボンとシャツと帽子で平民男子に男装すると、四人は重いカバンを抱えて一目散にデイジーの屋敷まで逃げ帰った。
フィービー家からかっぱらってきた酒をグビグビ飲む。
「ああー、飲まなやってられん。あいつー、堂々と、そういうところが好きなんだとか言いやがった。私には一度だって好きって言ってくれたことないのに。そりゃあ、私のこと好きじゃなかったんだろうけどさ、それにしてもさ。ひどすぎる。あの浮気者で不誠実なチョロ王子。呪ってやるー。なーにが花束だ。私には一度もくれたことないくせに。私だって、私だって。好きって言われたかったし、花束だって欲しかった」
「デイジーちゃん、飲んでもいいけど、いただいてきた書類や手紙に目を通してくれたまえ」
リコリスが紙の束を掲げる。
ペティーが手紙を読んで高らかに言った。
「やっだー、ラブレターはっけーん」
「読み上げて」
デイジーが低い声で言うと、エリカがペティーから手紙を奪い、豊かな声で読み上げる。
「フィービー、愛しい君。君のことを思うと夜も眠れない。君の髪は絹のようになめらか。君の瞳は夜空にまたたく星々のごとく。君の──」
「よこしな」
デイジーは手紙を奪うと、マッチをこすって火をつけ、酒を口に含むと、手紙とマッチを投げた。
ブーッと口の中の酒を手紙とマッチに吹きかけた瞬間、リコリスがさっと手紙を回収する。
「こらこら、これは証拠だから燃やしちゃいかんし」
デイジーの口から放たれた炎は、マッチだけを燃やして消えた。
「ちっ」
「こらこら、女子がちっとか言わないよ」
「はあー、やってられん。ルークはここに来たことないし、プレゼントもくれないし、好きって言ってくれたこともないんよ。ひどくね」
「うんうん、ひどすぎる。辛いね」
「全部、吐き出しちゃえ」
「辺境と王都の結びつきを強固にするための政略婚約だからって、お互い節度を持ったつきあいをしようって、そう言われて。そういうもんなのかって思ってた。こんな素敵な王子様の婚約者になれて幸せって。私って本当にバカ」
「デイジーはバカじゃないぞ。だって、ルークのやつ、顔は抜群にいいもん」
「とんだ浮気者だったけどな」
「しかも中身がスカスカということも明らか。婚約者をないがしろにする態度。浮気現場を押さえられる間抜けさ。ラブレターに誤字がちらほらあるし。デイジー、あんなやつデイジーには釣り合わないよ」
「みんな、ありがとう。でも、やっぱり、ぐやじい」
デイジーは酒をあおって、タオルで涙を拭いた。
「てかさ、真実の愛をみつけたんなら、さっさと婚約解消すればよくない? なんでわざわざ夜会で婚約破棄イベントをしたがるのかね。意味分からん」
「あーなー、はやってるからなー」
「舞台観劇みたいでドキドキするよね。ひとごとならね」
「婚約解消となると国王陛下とデイジーのお父さんを説得しないといけないじゃん。国王陛下は許してくれなさそうだし、デイジーのお父さんって武闘派だよね」
「武闘派じゃない辺境領主はいないと思うけど」
「うちのパパンも切れたらめちゃ怖いよ」とリコリスが言えば、
「あたしの両親も怒らせちゃダメって領民が知ってる」とペティーも応じ、
「アタシの家族は背後から根回しして、気づいたら息の根止めちゃう系」エリカも同意した。
「ほらー」
我ら辺境女子、おっそろしー家族を持っているという共通点もあるのだ。
「ちょうど今さ、国王夫妻が領地巡りで王都にいないやん」
「偉い人がいない間に、婚約破棄イベントしちゃえば、めんどくさい根回ししなくても既成事実にできちゃうもんね」
「夜会でいきなり婚約破棄を告げられて、その上あることないことで断罪されたらさ、パニックになってまともな反論できないじゃん。なんか一方的に受け入れちゃって、婚約破棄になっちゃうじゃん」
三人に言われて、デイジーはブルッと震える。
「こっわ。最悪じゃん。前もって分かっててよかった」
「徹底的に準備してさ、返り討ちしようね」
「腕がなるわ」
ペティーが指を組んでぽきぽき音を立てる。
「そのためにも君たち、盗ってきたこの書類たちに目を通してくれたまえよ」
エリカが今日の成果物をこれみよがしに掲げる。
「う、もう酔っぱらっちゃって、目がー目がー」
「デイジーったら。もう、仕方ないな。デイジーの領地から珍しい本を取り寄せてくれたら、代わりに全部やったげる」
「大至急、送ってもらいます」
「うちも、そうするー」
「じゃあ、お言葉に甘えてあたしも」
「おまいら。まあいっか。本が手に入るならそっちの方がいいや」
エリカは文字中毒。何かを読んでいるときと、薬草や毒物を研究しているときが幸せな、奇特な女子。三人はエリカに甘えてお任せすることにした。
「ね、明日さ、みんなで服買いに行かない? 私はもうフィービー家の偵察しなくていいし、リコリスも下働きしないよね?」
「うん、行ったら逮捕されるかもしれん」
「屋敷中の人間がスヤスヤ寝ちゃって、書類とか酒がなくなってるもんね。どう考えても、新入りの下働きが怪しまれるよね」
「リコリスもデイジーも、フィービー家には近づかない方がいいよ。でも、アタシの勘だと、大騒ぎはしないと思う。ざっと書類を見た感じだと、フィービーのお父さん、ちょいヤバめの仕事してるから、盗難にあったとか公にしたくないと思う」
エリカの言葉に、全員がにじりよる。
「詳しく」
「金庫に入ってた契約書、借用証書の写しだった。原本は銀行にあるんだと思う」
「フィービー父って金貸しなの? ほそぼそやってる商人だと思ってた」
「あれ、金貸しってさー、王家が許可したちゃんとした貴族しかできないんじゃなかった? フィービー父って男爵だよね。金貸しできるほどの信用はなくね?」
「そら、ルークが王子パワー使ったんじゃね」
「うわー、やだー、きもー」
「きもい、かどうかはまああれとして。褒められた行いじゃないよね。浮気相手の家に便宜を図ってるんだもん」
「そんなの許されていいんか」
デイジーが叫ぶ。
「我が家なんてさ、なーんも融通されとりませんがな。王宮内に鳥が迷い込んでフンとか羽根で汚れるってルークが怒ったことあったじゃん」
デイジーの叔父――グレン叔父様は、王宮庭園で鳥をお世話している鳥師なのだ。
「あいつってば、鳥を鎖でつなげとか、飛べないように翼を切れって言いやがってさ。かわいい鳥にそんなことできるわけないじゃん。魔道具で結界作って、鳥が決まったエリアから出れないようにしたんよ」
大変だった、主に叔父が。
「あのときさ、お高い魔道具買わなきゃで、叔父の資金繰りがちょっぴりやばかったんだけど、ルークはちーっとも助けてくれんかった。みんなのご親族にはその節たいへんお世話になりました」
デイジーは深々と頭を下げる。
「困ったときはお互いさまー」
「ちゃーんと返してもらったからなんも気にしなくていいんよ」
「そうそう。金の切れ目が縁の切れ目にならないように、アタシらはちゃんと友情をはぐくんでいこう」
三人の言葉にデイジーは感激し、一人ひとりを順番に抱きしめた。
「ありがとう、ありがとう。君たちあっての、デイジー・リュベナーだよ。リュベナー領地一同だけでなく、鳥たちも感謝してる」
「やだー、照れる」
モジモジしながら、友情の尊さを再確認する四人であった。




