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婚約破棄までにしたい10のこと  作者: みねバイヤーン(石投げ令嬢フルカラー電子コミック③巻発売)


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3. 屋敷に潜入する

 さて、いよいよ屋敷潜入の当日である。今は、フィービー家の朝食時間。全員が起きていて、使用人が慌ただしくて、来客が来ない頃合いを見計らって集合した。


「ううー、緊張して吐きそう」

「二日酔いじゃね」


「あ、そうかも」

「こらこら」


 メイド服に身を包んだ三人は、下働きとして潜入済みのリコリスに手引きされ、フィービー家に入っていった。

 

 目的は証拠品の回収。ルークとフィービーの不貞を示す動かぬ証をかき集めるのだ。ついでにフィービーの一家がよからぬことに関わっていそうならそれも頂戴していこう。


 デイジーは足音を立てないように、自己暗示を唱えながら歩く。


「抜き足、差し足、忍び足」

「それ、口に出して言っちゃうんだ」


 ペティーが吹き出しそうになって口を押える。


「全員、眠ってもらってるから、そこまで静かにしなくてもいいよー」


 リコリスが魔女のような毒々しい笑顔を浮かべる。


「アタシの計算によると、一時間ぐらいは寝ているはず」


 眠り薬入りの茶葉とクッキーを作ったエリカが、禍々しい表情を見せた。

 フィービーと両親は食堂の机に突っ伏して寝息を立てている。使用人たちは台所で気持ちよさそうな寝顔を見せていた。


「よし、じゃあまずはピンクの髪を丸刈りにするか」

「いや、それ計画に入ってないから。デイジー、押さえて。どうどうどう」


 リコリスに羽交い締めされ、落ち着きを取り戻せた。深呼吸していると、あるものが目にとまった。


「ねえ、これってさあ」


 花瓶に生けられた大ぶりなピンクのバラ。あざとさがあふれ出てる感じが、誰かに似ている。

 リコリスがすかさず答えた。


「ああ、新種のバラ、フィービーね」

「おえー」


 近年王都で流行り始めたバラの品種だ。

 花に罪はないけど、婚約者を奪った女の名を冠するバラを素直に愛でる気持ちにはなれない。


 ところが、博識なエリカが疑義をはさんだ。


「ねえ、待って。これ、よく見ると似ているけどちがう品種だわ」

「え? どういうこと?フィービーの家に、フィービーじゃないバラがあるの? おかしくね?」

「おーい、わかんないことはあとまわし。時間がないよ」


 ペティーの声で、意識を切り替える。


 リコリスがエリカにカギ束を渡す。


「デイジーとエリカは書斎で重要書類を見つけるんだよ。エリカ、後は任せた。うちはピンクの部屋をあさってくるから。これ、書斎の色んなカギ。フィービー父が目を覚ます前に、ヤツのポケットに戻さなきゃならん。急いで」


「オッケー。デイジー、まずは金庫からね」


 エリカとふたりで書斎をあさる。金庫の中には宝石がざっくざく。鳥と同じでキラキラしたものに惹かれがちなデイジー、宝石に思わず手を伸ばす。


「おお、なんて美しい」

「金目のものは盗らないよ。書類だけ」


 エリカに言われ、そうだった我しっかりせいと頬を叩く。書類だけカバンに入れ、金庫を閉じる。金庫の次は机の引き出し。カギがかかっているところから優先し、書類を出してはサッと読み上げる。エリカが使えそうと思えばもらっていくのだ。


「花伯爵との商談の覚書き、だって」

「もらう」


「犬子爵の家族にまつわる記録、だって」

「もらう」


「夢王子の夢物語、だって」

「もらう」


「全部もらっていこうか」

「そだね」


 デイジーは全ての書類をカバンに入れた。


「次は書棚か」


 エリカが、肉を前にした犬のような顔をしながら本を眺めていると、ペティーが駆けこんできた。


「メイドのひとりが目を覚ましそう」

「げっ、薬の量が足りなかったかな」


「気絶させちゃっていいよね」

「できるの?」


「頸動脈おさえればいける」

「念のため、眠り薬が入った吹き矢も渡しておくね」

「ありがと、いってくるー」


 ペティーはエリカから吹き矢を受け取り戻っていった。


「ペティー、つえぇぇー」

「それな。アタシは対人も対魔も、離れたとこからしか攻撃できないわ。だって怖いじゃん」


「分かるー、私も釣り竿越しがいいよ」

「だよねー」


 エリカは同意しながら本棚に近づくと、いくつかの本を少し引っ張った。


「この辺りの本が、本棚の中で浮いてる。中になんか隠されてるかも。順番に見ていって」

「はーい」


 本をとってパラパラとめくると、中から手紙が落ちてきた。


「山男爵令嬢への恋文、だって。これはいらないか」

「もらう」


「え? こんなものがなにか役に立つの?」

「役に立つかどうかは、無事にここを脱出できた後にゆっくり考えればいいのよ」


 エリカが指定した本からは、色んな恋文が出てきた。エリカの指示通り、全てカバンに入れる。


「こっちはめぼしいものは全部回収したけど、手伝おうか?」


 フィービーの私室を探り終わったリコリスが、はち切れそうなカバンを持ってやってきた。


「こっちもそろそろ終わる。撤収しようか」

「そだね。みんなが起きる前に出て行こう」


 カバンをよいせっとかついだとき、チリンチリンと音が鳴る。


「玄関の呼び鈴じゃん」

「こんな時間に? 誰よ、非常識な」

「こっそり見にいこう」


 玄関が見える窓まで行ってこっそりのぞく。


「うわ、最悪。ルークじゃん」


 バラの花束をかかえたルーク。お忍びの服装だけど、高貴なオーラが全然隠せていない。朝日に照らされて光輝いている。


「やばい、どうする?」

「使用人出口からずらかろう」


 台所のペティーと合流し、勝手口のドアを開ける。


「やあ、すまない。誰も出てこないから、こちらに来てしまった。フィービーは在宅かい?」

「ぎゃっ」


 おつきの人を従えたルークがドアの向こうに立っていた。話しかけているのがメイドに変装した婚約者デイジーであることを、まったく気づいていないっぽい。抜け作か。いや、私の変装技術が高いおかげね。いやいや、そんなこと考えている場合じゃない。なんとかしなくっちゃ。


 後ろにいる三人と一瞬目を合わせ、デイジーはドアの向こうに出ると、後ろ手でドアを閉めた。


「申し訳ございません。ご足労をおかけいたしますが、なにとぞ表玄関までお戻りいただけますでしょうか」


「もちろんだよ。君、緊張しなくてもよい」

「は、ははー、ありがたきお言葉でございます」


 まじかよ、ルーク。私の声を聞いてもまだピンとこないわけ。いや、こなくていいんだけどさ。でもさ、仮にも婚約者だよ。どうなんそれ。デイジーの腹の中がふつふつと煮えくり返る。ええ、そうですよね。私の声なんて、まともに聞いてなかったんですよね。分かりますとも。


 ていうかさ、ルークよ。私の屋敷に来たことなくね。え、ないよね。ひどくね。なんなん。


 怒りと悲しみでデイジーの心は大嵐。難破しそうな体を必死に立て直し、無事にルークたちを表玄関に連れ戻した。ドアは開いており、リコリスが慎ましやかな表情で待っている。


「客間にご案内いたします」


 ルークがソファーに座ると、リコリスが静かに告げた。


「誠に申し訳ございません。フィービーお嬢様のお仕度がまだ整っておりません。もうしばしお待ちいただけますでしょうか」


「ああ、問題ない。突然来たこちらが悪いからね。フィービーに焦らなくていいと伝えてくれるかい?」

「はい、かしこまりました。失礼いたします」


 リコリスは客間から出て扉を閉じる。待ち構えていたデイジーたちは、小声で話し合う。


「どうする?」

「眠らせるしかなくね」

「吹き矢?」


「王子に吹き矢はまずくね」

「結果は同じだけど、お茶とクッキーの方が聞こえはいいか」


「聞こえはどっちにしても最悪だけどな」

「王子に眠り薬を盛るって反逆罪で縛り首なはず」


「私がやるから。だって、私、これでも婚約者だもん。嫉妬にかられて眠り薬のませちゃいました、テヘッで許されるよ」


「絶対に許されねーけどな。どっちみち、ここに忍び込んでる時点でうちらの運命は一蓮托生」

「一緒にパーッと散ろう」


「いやいや、まだ散らないよ。諦めないよ」

「じゃ、行ってくるわ」


 デイジーは三人に応援されながら、お茶セットとクッキーが載った台車を押し、客間に入る。


「フィービーお嬢様が、お待たせすることに心を痛めていらっしゃいます。ぜひ、ルーク様とおつきの方にお茶とクッキーをと仰せつかっております」


「そうかい、でも僕は外では何も口にしないことにしているから、気持ちだけもらっておくね」

「はっ」


 そうだったー。ルーク、王子だから王宮以外では飲食しないんだったー。しまったー。


 どうする、吹き矢か? それとも首を絞めて気絶させるか。いや、ペティーじゃあるまいし、私には無理。詰んだー。


 じわりとデイジーの目に涙がにじむ。

「こ、このクッキーは、フィービーお嬢様が好きな人に食べてもらいたいと、心を込めて作られたものです。茶葉には、好きな人に健康でいてもらいたいと、フィービーお嬢様が祈りを込められました。そ、それなのに、それなのに、ううう」


「そういうことなら、いただこう」

「へっ、は、はい」


 うそー、ちょろーい。こんな嘘八百に転がされちゃうんだ。こんなチョロ王子じゃ、我が国の未来は真っ暗だな。お茶とクッキーを王子とおつきの人の前に渡しながら、心の中で毒づく。


「フィービーは優しいな。そういうところが好きなんだ」


 デイジーが聞いたことのない、ルークの甘い声。デイジーは全身が震えそうになるのを必死にこらえた。私には一度だって、言ってくれなかった、好きという言葉。フィービーのことなら、メイドにだって垂れ流しちゃえるのね。我が人生、これほどの屈辱があろうか。デイジーの中にまだくすぶっていたルークへの恋心は、粉々に砕けた。


 ルークとおつきの人がお茶を飲み、クッキーを食べ、眠りにつくまで、デイジーは静かに見届けた。手加減なんて、してやらない。許さない。デイジーは決意を深めた。




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