2. 敵を知る
「ほうほう、いい眺めねえ」
デイジーはとある屋敷の木に登って、葉っぱの陰から望遠鏡で観察している。
レンズの先は、憎きピンク髪令嬢フィービーの屋敷だ。
我ら辺境女子。化粧を落として、カツラをかぶって、男物の服を着れば、どこにでも溶け込める。デイジーは日の出前からピンク髪の屋敷付近で潜入調査中だ。屋敷の木に登って、葉っぱの陰から望遠鏡で観察している。デイジーの『婚約破棄までにしたい10のこと』ふたつ目「敵を知る」を実行するためだ。
お日様が出てしばらくすると泊りの使用人が起床し窓を開け、その後に通いの使用人がやって来る。屋敷の上の階の窓が開き、フィービーの両親が起きたことが分かる。人の動きが増え、物音が大きくなる。行商人や客も訪れる。
毎日観察することで、侵入しやすい時間や場所などが分かってきた。燃え盛る炎のようにたぎっていたデイジーも冷静になれる。
連日の調査――もとい監視で屋敷に出入りする人間の似顔絵も数がそろってきている。
「よかった、腕は衰えてない」
東の領地にいるときは、静かに観察するのが常だった。湿地帯と海があり、漁業が盛んな土地。気配を消し、息をこらし、自然と同化しないと魚影は探せない。
「チチッチチッ」
「チッチッツィーツィー」
近くにやってきた鳥にさえずられ、デイジーも返す。鳥は木の下に降り立ち、穀物をついばみ始める。木に登る前はいつも下に鳥が喜ぶものをまいておく。そうすれば、鳥がやってきて、デイジーの気配をごまかしてくれる。
領地にいたときから、鳥とは仲良しだった。ともに魚を追い、食らう一族だからだろうか。魚トモダチとお互い思っているのかもしれない。デイジーだけでなく、領地の人たちはほぼ全員、鳥語がなんとなく使える。とはいっても、「魚だ」「ヘビだ、気をつけろ」「ごはんみつけた」ぐらいの簡単なさえずりだけども。
デイジーは才能があるらしく、複雑なさえずりもできる。「ピチュピチュジージージー」みんな来てー、ごはんがあるよーと鳴くと、たくさんの鳥が飛んできた。ポケットからヒマワリの種を出して投げる。鳥の羽ばたきと鳴き声で人の注意をそらして、デイジーはこっそり木から降りた。
「今日の偵察は終了っと。みんなに報告しなきゃ」
夕暮れ時にはデイジーの家に集合し、打ち合わせをしているのだ。
家に帰ると、三人は既にデイジーの部屋で待っていた。
「お疲れ、かんぱーい」
偵察の後のビールは最高。一気飲みし、二杯目からは味わって飲む。
「じゃあ、報告するね。今日は行商人が四人と、お客さんが三人で、新しい似顔絵はこれ」
デイジーは木の上で描いた似顔絵を見せる。鉛筆での簡単な素描だけど、特徴はとらえていると思う。
「おお、さすがデイジー。絵が上手」
「今までは鳥の絵ばっかり描いてたんだけどね。人も描けるもんだね」
「行商人はうちが調べる」
西方女子リコリスが行商人の似顔絵を取った。
「あ、ちなみにこのイケてる美人の行商人は誰でしょーか?答えは自分で言っちゃうけど、これはうちの変装でーす」
リコリスはひとつの似顔絵を自分の顔の横に掲げる。
「え? これリコの変装だったの? 気づかなかったー。リコちゃんすっごーい」
「フッフッフ、うちの変装技術を見くびらないでくれたまえよ」
「それで、それで、なにがあった?」
辺境女子たちでリコリスに詰め寄る。
「この前もらった行商人の似顔絵を元に調べたら、高級菓子屋が入っててさ。クッキー買って、店員のフリしてお届けに行ってきたってわけ」
「天才か」
「度胸ありすぎ」
「とある、例のやんごとなき殿方から、フィービー様へのプレゼントって言ったら、使用人が普通に受け取ったわ。全然驚かんかった」
「それってどういうこと?」と、ペティー。
「あれは、もらいなれてるね。ルークはしょっちゅう贈り物してたってこと」
「なんですとー、わ、わだじなんて、ほとんどプレゼントもらったことないのに」
「クッキー、多めに買ってきたから、まあ食べよし」
リコリスがそっと渡したクッキーを、デイジーは泣きながら食べた。
「お、おいしい。お高い味がするー」
「たんと食べて、たんとお泣きよ」
リコリスがデイジーの頭をよしよしと撫でる。
「でさ、ついでにメイドに聞いてみたのよ。転職考えててー、最近はぶりがよさそうなこのお屋敷でメイドとかしたいなーなんてー。募集してませんかーって」
「ほうほう、それで」
「下働きなら募集中ってことで、明日から午前中だけ働くことになりましたー」
「リコちゃん、あんたは神」
「そんなあっさり潜り込めるとは」
「紹介状持っていかなきゃならんけどな。エリカ、なんかいい感じの紹介状作っておくれや」
「オッケー。使用人の出入りが激しい貴族の名前で作ってみるね」
飛びぬけて頭のいい北方女子エリカが敬礼する。
「くっ、みんながすっごい中、悪いお知らせでなんなんだけど。尾行に失敗しました。すまぬ」
南方女子ペティーが頭を下げた。
「なんとっ、気配を消すことにかけては私と同等かそれ以上のペティーが? 何があった?」
「フィービー家によく来る男いるじゃん、ヒゲのおっちゃん。えーっと、ああこの人」
ペティーが似顔絵を指でつつく。
「フィービー家の近くで待ち伏せして、来客が帰っていくときに後をつけてんのよ。毎回、ヒゲおじにだけは途中でまかれるんだよね。他の似顔絵の人は屋敷まで尾行できたんだけどさ」
ペティー以外の顔色が悪くなる。これ、あかんやつや。だって我ら、ペティーの尾行能力の高さは熟知しておる。
そういえば似顔絵を描いてる時、望遠鏡ごしにこちらの気配に気づいていたふしがあった。慌てて鳥に擬態したからバレてはいないと思うけれども。うん、このヒゲおじはヤバイ。要注意だ。
「ペティーちゃんや、ヒゲおぢはもうやめよう」
「んだんだ、深追いはよくないぞ」
「魔物狩りで鍛えたペティーが追跡できないなんて、きっとヤバいやつだよ」
三人に言われて、ペティーは唇をかみしめる。
「そだね。もう尾行はやめておくよ。じゃあさ、他の似顔絵の人たちの調査はエリカに任せちゃっていい?」
「いいよー、任せて。どこ住みか分かってれば、そこから経歴調べるのはなんとかなるから」
「ありがとー」
ペティーがエリカに抱きつく。
「なんか、エリカが忙しくなっちゃうけど、大丈夫?」
「平気平気。アタシはみんなと違って偵察も変装も尾行もできないからさー。偽造書類とか頭使う系はどんどん回して」
「エリカ、かっけー」
「我々、補い合える最強の仲間だよね」
「ナカーマ」
「カンパーイ」
自分の危機に仲間がかけつけ、能力を最大限に発揮してくれる。なんて尊いことだろうか。男運はダメダメだったけど、友情には恵まれた。デイジーは酔っぱらいながら、しみじみと思った。
「みんな、大好きだぞ」
「知ってるぞ」
「同じくだぞ」
「禿同だぞ」
「ちょ、やめ、ウケる」
デイジーは泣きながら笑った。




