33. ペティーのデート
キス。
今日こそあたし、ペチュニア・マルコンニはキスをするんだろうか?
南の隣国の王子ポールは、なかなか手をだしてこなかった。
そもそもあたしたちがしているこれは、デートと言えるんだろうか?
新しい婚約者の戦闘力は超S級。あたしの見立てに間違いはないはず。
いい筋肉。素晴らしい体幹。凄まじい瞬発力と驚くべき持久力を持ち合わせているはず。
でも、王子なのに、なんでだろう。王子って普通、守られて後ろの方でそれっぽいこと指示するだけでいいんじゃないのかな。
「尾行練習のデートをしたいって本気?」
「うん。あたしがまかれてばっかりだったヒゲ男。ポールは最後までつけられたんだよね。あたしも尾行できるようになりたい」
正直言って、悔しい。黒い森育ちなのに。王子に負けるなんてさ。
「尾行に必要なのは虫の目、鳥の目、魚の目」
「虫の目?」
「近づいて様々な角度から注視する虫の目。高いところから俯瞰的に全体を見回す鳥の目。潮の流れを読むように、物事の流れや変化を察知する魚の目。ペティーはできてると思うけど。概念として、言語化して知っておくと行動原理がクリアになるかも」
「すごい、頭いいんだ」
「いや、教わったことをそのまま垂れ流してるだけ。受け売り。マジで、褒めないで、照れるから」
本当に恥ずかしいみたいで、両手で頭を抱えてワシワシしてる。きれいに撫でつけられてた髪が鳥の巣みたいになった。
「あとさ、あれだ。ペティーはひとりで尾行したろ。おれは仲間と手分けして尾行したから。それは大きな違いだ。魔物を追いかけるとき、ひとりで行かないだろ。それと一緒。人間は弱いけど、空気を読めるし知能が高いから、舐めちゃダメだ」
「そっか。負けるわけないから、ひとりで大丈夫って驕り高ぶってたかも」
王都に住む人に負けるわけないって、いい気になってた。反省。
「おれたちが尾行に成功したのは、ペティーが事前に調べてくれてたおかげでもあるし。どこでまかれたか、地図に詳細に書いてくれてただろう。あれで絞り込めた。魔物と違って人はさ、建物をうまく使う」
ポールが通りの向こうにある建物を指す。
「あれ商人ギルドの建物なんだ。不特定多数の人がひっきりなしに出入りするし、裏口もあるから、尾行をまくには最適」
「そっか。魔物は川を飛び越えて痕跡を消すけど、人は建物を使うんだね」
魔物と人は違う。当たり前だ。
「もうひとつ、人の追跡で気をつけることは、尾行仲間同士での目くばせ禁止ってこと。人は視線に敏感だからさ。仲間同士は絶対に目を合わせてはいけない」
「そうなの? そしたらどうやって協力するの?」
「事前にサインを決めておく。メインで尾行する人は対象の同じ通りでつけていく。通りの向こう側からサブがつける。ずっと同じ人がメインでつくと、バレやすいから、たまにメインとサブを切り替えたりするんだけど。例えばメインが上着のゴミを払ったら役割チェンジとかさ」
「へーそうなんだ。おもしろい。魔物相手だったら腕上げてあっちあっちって手で示すけど」
「人相手だとバレバレだから、もっと小さなサインの方がいいかな。耳たぶを触る。タバコを投げ捨てるとか」
「すごーい」
知らなかったことがいっぱい。ふたりで、適当に見つけた通りすがりの人を尾行してみる。
言うは易く行うは難しそのものだ。聞いて分かったつもりになっていたけど、そんな簡単ではない。追跡相手を見るともなく見ながら、ポールのことも視界に納めなければいけない。何度もポールのサインを見逃したし、尾行してる相手から不審な目を向けられて追跡を中止した。
「ダメだー。全然ダメ」
「初回にしては十分だろ」
「今日はありがとう。楽しかった」
「どういたしまして。尾行デートがしたいって言われたときはたまげたけど、おれも楽しかった。ははは」
ポールは紳士的に屋敷まで送ってくれて、自分は敷地内の離れに行く。あの辺りの小屋で王子たちは男子会をよくやってるらしい。
ペティーは部屋に入って、鏡を見ながら考え込む。
「キス、されなかったな」
デイジーは夜会のバルコニーで、リコリスは初デートの草原で、おすませになったというのに。なんというていたらく。
「あたしがかわいくないからかな」
王都に来て一番驚いたことは、自分がそんなにかわいいわけではないってこと。領地にいたときは、領主の末娘ということで、もう、それはもう、みんなからかわいいかわいいと言われて育ってきた。
家族からはうちのかわいこちゃんって呼ばれるし、領地の戦士たちからは麗しの姫って言われてた。自分は妖精のようにかわいいと信じて疑わなかった。
ところがです。王都に来たら、街を歩いても誰からも振り向かれないし、声もかけられない。領地の家族は「ああ、こんなかわいいペティーが王都に行ったら、すぐにさらわれてしまうんじゃないか」って心配してたというのに。
戦士たちからは「いいですか、ペティー様。男はみんな魔物です。すきあらばペティー様を手に入れようと虎視眈々と狙ってきます。絶対に気を抜いてはいけませんよ」って懇願されてきた。
なーんも起こらなかった。まったくもって、勘違い。あたしは芋っ子だったのです。
「デイジーみたいに優美じゃないしさ、リコリスみたいに胸が大きくないしさ、エリカみたいに可憐じゃないしさ。本当の妖精は、エリカみたいな子のことを言うんだもんね」
ああ、エリカみたいな外見に生まれたかった。
エリカだったら、パフスリーブとかドルマンスリーブとかふわふわフリフリ女の子っぽいかわいい服が似合ったんだろうな。
もう着ないって決めた、小花柄のパフスリーブワンピースを衣装棚から取り出す。王都に着て、ひとめぼれしたワンピース。黒い森の春みたいなんだ。小さな水色の花がたくさんなの。
「最後にもう一回だけ着てみよう」
首元がつまりぎみで、肩が大きく見える。服屋のお姉さんたちが言ってたように、あたしには向いてないワンピース。
「髪をまとめてみたら、少しはましかもしれない」
おろしてた髪を頭のてっぺんでおだんごにする。首筋がすっきり見えて、よくなった気がする。
窓を開けて外を見ると、遠くに男子会をよくやってるらしい小屋が見える。
「本音が知りたい」
気づいたら、窓から飛び降りてた。音も立てずに疾走し、小屋に近づく。気配を消して、ちょっとずつ。
「初デート、どうだった?」
「うん、よかった」
「そうか、おめでとう」
「おう」
乾杯してビールを飲んでるみたい。誰もしゃべらない。
え、それだけ? もっとないの? あたしらの女子会だったら、何着て、どこ行って、何食べて、彼とどんな会話して、彼のどこがかっこよくて、いい匂いがして、目が素敵だった、声が低くてうっとりした、エスコートしてくれたときの手が大きくてドキドキした、彼の笑顔にしびれた、指が細くて長くてゾクゾクした、見つめられると体がとけちゃいそうだった、どうしようねえ、どうしたらいいってひととおり、ぜーんぶ報告したあと。
「キス、しちゃったんだ。あ、でも感激が消えちゃいそうだから、詳細は言いませーん」
みたいな感じなんだけど。どういうこと? 男子って報告し合わないの? え、なぜなの?
驚きのあまり、よろめいて、木の枝を踏んでしまった。パキッと音がした。
しまった。そーっと、後ずさりして、逃げ出そうとしたとき、声をかけられた。
「ペティー? なにしてんだい?」
「ぎゃっ、ポール。あわわ、あのーあのあの、えーっと」
ポールが近づいてきて、さりげなくエスコートされる。小屋から離れたところでポールと向かい合う。
「何か言い忘れたことでもあった?」
「言い忘れたことは別にないんだけど」
どうしようどうしようどうしよう。なんて言えばいいかな。
「そのドレス、かわいいね。花の妖精みたいだ」
ポールの言葉にウソはない。だって、目が領地のみんなと同じだもん。かわいいなーって気持ちがあふれてる。
「あたしには、こういうふんわり袖が似合わないんだって」
「いや、そんなことない。めちゃくちゃかわいい」
「あっ」
もしかして、もしかしたら、あたしのせいなんじゃ。
「今日は尾行デートだから、男装したから? そうだよね、男の恰好してる女にキスなんてしたくないよね」
ポールが目を丸くする。あたしは、自分の失言に気がついた。これじゃあまるで、キスしてほしかったみたいじゃないのよー。
ポールが真っ赤になる。あたしも、湯気が出そうなぐらい赤くなってる気がする。
「さよなら」
恥ずかしくて、消えてしまいたい。猛スピードで駆けていくと、屋敷の前で回り込まれた。
「待って、待って、マジで、待って」
え、追いつかれた? あたしより足速いんじゃ。
「服装がどうとかは関係ない。したかったけど、ちゃんと時間をかけた方がいいと思って。おれは、一生ずっとそばにいたいって思った人としかしない。で、もしかしたらペティーもそうなんじゃないかと」
「う」
あたしのこと、一生そばにいたいと思えなかったってことじゃん。
「おれの気持ちはもう固まってる。ペティーと一生夫婦でいたい。添い遂げたい。でも、会ったばっかりだろう。ペティーはまだそこまでの気持ちじゃないかもしれないじゃないか。せかしたくないから、ゆっくりペティーがおれのこと好きになってくれる日まで待つつもりで」
「そうなの? あたしのこと、もうそんなに好きなの? なんで?」
「そりゃあ、初めて会った夜会のときにひとめぼれしたし。こんなにかわいくて、その上めちゃくちゃ強くて速いなんて、理想の女性だ」
よ、よかったー。あたしのこと、かわいいと思ってくれてるー。しかも、めっちゃ優しい。あたしのこと待ってくれてたんだ。感激だ。
「次のデートさ、その服を着てくれない? おれも、かっこいい服で行くから」
「そうする」
わーいわーい。有頂天のあたしを、ポールは屋敷の入口まで送り届けてくれた。
「頬ならいいでしょうか」
「は、はい。お願いします」
「では、失礼します」
ポールが左頬にかすめるようなキスをしてくれる。葉っぱが頬に当たったぐらいのあっさりさ。ものたりなくて、ポールの袖をつかんでしまった。
「そんな顔されると、止まらなくなるからやめてください」
「は、はい。ごめんなさい」
慌てて袖から手を放す。
「次回のデートで口にしてもいいでしょうか」
「は、はい。ぜひお願いします」
「やった。じゃあ、明日、朝日が昇ったら迎えにくる」
「は、はい。お願いします」
ポールが子犬みたいにはしゃぎながら走っていくのをずっと見ていた。かわいすぎやしないか、あの王子。
屋敷中の人からニヤニヤされながら見られるので、その後はずっと部屋にこもった。
興奮しすぎてとても寝られやしないと思ったけど、左の頬を手で押さえているといつの間にか眠れたらしい。
翌朝、王子らしいスマートなスーツで現れたポール。屋敷中の人から期待に満ちた目で見送られる。あああ、あんな屋敷の真ん前であんなことを言ったら、みんな聞いてたに決まってるよね。
きまりが悪すぎて穴の中に入りたい。やってしまったっていうのと、いったいいつっていうのが気になりすぎて、そわそわしちゃう。ポールが馬車の中であたしの手を握る。え、ここ? 今?
あ、違った。手を握ってるだけだ。はあああ、緊張する。
馬車が丘の上に着いた。花がたくさん咲いてロマンチック。いよいよここなんだわ。うわー、どうしよう。どんな顔すればいいんだろう。手はどこに置けば? ああ、もっとデイジーとリコリスに聞いておけばよかった。
「もう、そのことしか考えられなくて。ムードもへったくれもなくて。本当にごめん」
「ううん。いいの」
そんなこたあ、もうどうでもいい。花が咲いてる。日が昇ってる。完璧だ。
花畑の中でポールが跪き、あたしの手を取って手の甲にキスをする。うわっ、これ、物語で読んだやつー。
「ペティー、かわいくて強くて速くて素直で優しい君が大好きだ。おれと一生いっしょにいてください」
「はい、お願いします」
嬉しすぎて叫んでしまった。驚いた鳥たちが飛び立っていく。
「では、失礼します。本当にいい?」
「はい、お願いします」
もう、それしか言葉が出てこない。
ポールが優しくそーっとキスしてくれた。
ポールの顔が離れていく。思わずポールの顔を両手で持っちゃった。
「もっとしてもいい?」
「はい、お願いします」
よかった。分かってくれた。言わなくても、伝わった。
ああ、そういうことか。この感じ。いくら大好きな友だちでも、話したくないかもしれない。
今日のこと、一生忘れないと思う。




