30. アレクがデイジーの愛を得るためにした幾多のこと③
マイルズがいつになく真面目な様子だ。
「双頭のワシを呼ぶ神降ろしの踊りを、これから伝授する。夜会までに完璧に踊れるようになり、本番ではデイジーと神儀をしろ」
「いいのか? あれはリュベナー領主一族しか踊れないはずでは」
「父から遣いが来た。お前になら教えてやっていいってさ」
「よしっ」
思わず天井を向いて吠えてしまった。王子たちから頭や背中を叩かれる。
「調査は全部オレたちと最強の姉軍団に任せろ」
「アレクは踊りに集中しろよ。夜会の成功が、おれたちの婚約の成否を握ってるんだからな。頼むぜ」
「アレク、よかったな。お前ときたら、ファーストダンスはデイジーさんとって譲らないからさ。数々の夜会でも誰とも踊らず、壁に張りついてたもんな」
「アレクのファーストダンス相手って、オレじゃね」
「マイルズは数に入らないから。あれは練習だから」
「分かってる。いつまでも妹の代役をするのはオレもごめんだぜ。今回で最後だ。必ずデイジーと婚約して、次からはデイジーと踊るんだぞ」
「マイルズ」
胸が熱くなった。王子たちに後は任せて、マイルズと小屋を出る。
「嬉しいけど、でもなんで急に? 今までは何度頼んでも教えてくれなかったのに」
「領地の親父のところにな、遣いが来たんだってさ。誰からの遣いかは明かせない、文書でも渡せない、口頭のみこの場限りでお願いしますと。不肖の息子が長らくお世話になって感謝している。息子とご息女の縁はぜひ前向きに進めていただきたいところだが、立場上お願いはできない状況にある。息子にはとある問題を解決してからご息女にプロポーズせよと伝えている。なにとぞご理解いただきたい。だってさ」
「え、まさか」
マイルズに頭をつかまれ、髪をもみくちゃにされる。
「お互い、いい親を持ったもんだぜ。ついでについさっき、親父からの伝言がまた届いた。やべえ敵が出てきたんだって? お前、水臭いな。さっさと俺に相談に来ればいいのに」
「いや、まず解決の糸口をつかんでから報告しようかと思ってた。手ぶらで泣きつくのは違うだろうと。といっても、友人に泣きついたから情けないのは一緒なんだけど」
「お前のそういうとこ、デイジーとそっくり。グレン叔父貴が言ってた。いつ相談にくるんだって叔父貴とハーパーさんはじれじれしてたらしい」
いつもマイルズに助けられてばかりだ。借りばかりが増えて行く。どう返せばいいのだろう。俺の心を読んだように、マイルズが呆れたような口調で言う。
「お前のことは弟だと思ってる。やっと本当の弟になるんだろうが。しゃきっとしろ。兄が弟と妹を助けるのは当たり前だ。遠慮せずもっと頼れよ」
「マイルズ、ありがとう」
「おうよ、ビシビシしごくから、覚悟するように」
「いくらでもしごいてくれ」
屋敷で練習するとデイジーにバレてしまうので、屋敷近くの河原に行く。既に精鋭部隊がたき火を囲んで酒を飲んでる。
「いよっ、待ってました」
「我らのぼんが、ついに神降ろしの踊りを習うとは」
「胸アツ」
酔っ払いからはやしたてられる。
「ぼんは勘弁して」
「坊ちゃんの方がええかー」
「ぼんぼんって呼んでやろうかー」
「殿下って呼んだら怒ったよな、昔のぼん」
「おい、お前ら、騒ぐな。アレク、始めるぞ」
マイルズの後ろに立ち、動きを真似する。腕の角度、背中の反り具合、ステップ。一つひとつ確実に体に叩き込む。
まず男性パート、次に女性パートも覚えてから、マイルズとふたりで踊る。
「オレが男性パートやるから、アレクは女性パートな。その方がどうすればデイジーが踊りやすいかよく分かるからな」
マイルズのリードは的確で安定感がある。教え方も具体的で分かりやすい。
「ここで背中と腕をこんな風に支えると、体が反らしやすいだろ。大事なのは、デイジーが安心して踊れて、デイジーの体のラインがきれいに見えることだ。それを第一に考えればいい」
「分かった。デイジーをより一層輝かせることに集中する」
「夜会で美しく青きリュベナーのワルツを演奏させる。あれを踊ってる間に、デイジーの体とか体重に慣れろよ。オレより大分軽いからな。オレを回す力をデイジーに使うと、デイジーが飛んでいっちまう」
「気をつける」
やることがいっぱいだ。でも、こんなに楽しいことはない。待ち遠しい。デイジーと踊りたい。ずっと夢見たことだ。
まだまだおぼつかないが、ひと通り踊れるようになったところで、練習を終える。
ビールを飲もうとたき火に近づくと、猛者たちが静かに泣いている。
「え、なに泣いてんの? なんで?」
「そりゃあ、だって、えぐっ」
「二年前はがりっがりのチビだったのに、すっかり大きくなって、ずずっ」
「お嬢と婚約できなくて、砂浜にちんまり座ってハラハラ泣いてたあのぼんが、あああ」
「あきらめません、俺をリュベナーの漁師にしてください、って直談判して、しょっちゅう修行に来たあの坊主が、うう」
「小舟に乗っちゃあ酔ってげえげえ吐いてたなあ」
「昼飯食おうとして、カモメにかっぱらわれてしょんぼりしてたっけ」
「それがどうだい。今や鳥にも一目置かれ、立派に舟を操り、漁もできる。立派なリュベナーの漢だよ、お前さんはよう」
「これが泣かずにいられるかって。お嬢と幸せになるんだぜ」
男たちがおいおい泣いている。今までみんなと過ごした日々を思い出して、目の奥が痛くなった。
日中は三王子たちと陰謀の解明に努め、夕方からは踊りの練習。毎日クタクタだけど充実している。ひとつだけ残念なのは、デイジーに会えないこと。
「帝国のスパイがどこで見張ってるか分からないからな。夜会までデイジーには会うな」
マイルズにそう言われた。すぐ近くにいるのに会えないのは苦痛だった。二年我慢したんだ、あと少しじゃないか。自分にそう言い聞かせて、踊りに打ち込んだ。
だから、夜会でデイジーに出会えたときは、デイジーしか目に入らなかった。世界にふたりだけ、そんな気分だった。
***
目を丸くして聞いているデイジー。風に揺られたおくれ毛が顔にかかっているのを、そっと指ではらってあげる。はにかむ顔がかわいくてヤバい。
「やっと会えて、本当に嬉しい。デイジー」
「思い出した。あのときの男の子? あれがアレクだったの? 私より年下の子だと思ってた」
「あのときは伸び悩んでたんだ。あれから急に背が伸びた」
「あれがアレクだったことにもびっくりだし、裏で色々動いてくれてたことも知らなかった。ありがとう」
「俺も、他の王子たちも、いいとこ見せたくて必死なんだ」
デイジーは笑いながら、俺の袖をちょっと引っ張る。
「それにしてもアレク、私の顔も知らずに思っててくれたんだ。会ってみて好みじゃなかったらどうするつもりだったの? 領地に私の姿絵とかあったでしょう。見ればよかったのに」
「姿絵ってさ、画家が忖度して実物よりかなり良く描くことがありがちじゃん。俺の姿絵も、すごいことになってる。だから、姿絵は見たくなかったんだ」
「そっかー。あのー、実物これだけど、大丈夫そう?」
冗談ぽく言ってるけど、目が真剣だ。俺もちゃんと答えなきゃ。
「こんなに美しい女性で驚いた。踊ってるときは凛として女神みたいで、素のときはかわいらしい。目が離せない。つい見過ぎてしまう。イヤだったら見ないようにするけど」
「イヤじゃない。恥ずかしくなる時もあるけどね」
「よかった。今まで見れなかった分、ずっと見ていたい。俺は大丈夫? こんなだけど」
「うん、すごくかっこいい。かっこよすぎてドキドキする」
「ありがとう。ホッとした。そうだ、ちゃんとプロポーズしてもいい?」
跪いてデイジーの手を取る。
「デイジー・リュベナー。君に助けられたときから、俺の気持ちは決まっていた。見知らぬ少年を助ける優しさ。大荒れの海に飛び込む勇気。嵐の海の中怖くてたまらなくても、自分を鼓舞し続ける気丈さ。好きな人に裏切られても、立ち向かう気骨。自分のためだけでなく、国全体を考えて策を立てられる慧眼。デイジー、君の強さ優しさ美しさ、全てが好きだ。どうか、俺の妻になってほしい。一生デイジーだけを変わらず愛すと誓う。デイジー、俺と結婚してください」
デイジーの目から涙がいくつもこぼれ落ちる。泣きながら、デイジーは笑う。
「なんて素敵なプロポーズ。最高の誉め言葉だわ。ありがとう、アレク。私も、一生あなただけを変わら
ず愛すと誓う。結婚しましょう、アレク」
「やった」
手に口づけし、立ち上がってデイジーを抱き上げる。軽々とリフトできる。羽根のように軽い。デイジーの顔が目の前にある。
「キスしていい?」
「うん」
デイジーの長いまつ毛が震えながら下がる。柔らかい唇を感じる。
待ち望んでいた。今まで生きてきた中で、最高の瞬間。
俺はついにデイジーの愛を得た。




