29. アレクがデイジーの愛を得るためにした幾多のこと②
デイジーの理想の男になろうと決意したとき、父からの遣いが来た。
「殿下、陛下からのご伝言です」
衝撃を受けた。ピンク髪フィービー父の後ろに帝国の糸がついているだと。そうなると、この婚約破棄イベントは違う意味を持ってくる。帝国がアドラーベルグ王国を傀儡にしようとしているのか?
「帝国と事を構えることなきよう、うまく処理せよ、とのことでございます。それができぬならば、デイジー嬢との婚約は認めない、とも」
「父上、あいかわらず──」
無茶を言う、と思ったがその言葉は呑み込んだ。やってやろうじゃねえか。デイジーの愛を得るためなら、俺はなんだってする。覚悟はとうにできている。
「デイジーの策を壊さず、デイジーの見せ場を潰さず、デイジーを支えながら、帝国の企みを封じる。俺ひとりでは無理だ。王子たちを引き込むか」
あいつらが辺境女子たちの新しい婚約者になるのは知っている。蛇の道は蛇。王子のことは王子が最も詳しい。
多分ここだろうなというところに向かう。南側にある屋敷に近づくと、すぐ声がかけられた。
「こちらにどうぞ」
「助かる」
裏門から入ると小さな小屋に案内される。中に入ると、三王子が既にくつろいでいた。
「よう」
「おう、来たか」
順々に拳を打ち合わせ、肩を叩く。
「で? 実際に会った感想は?」
「あー、いやー、ヤバい」
顔が際限なくゆるみそうになり、手で口元を隠し咳払いでごまかした。三人はニッと笑う。
「そうか、よかったな」
「その顔見れば、大体は分かるぜ」
「さあ、飲もう」
ビールグラスが回され、乾杯する。飲みながら、がんがん背中を叩かれた。
「よかったんだが。帝国が関わってるから、ちょっと面倒」
「マジ?」
「なにすりゃいい? どうせおれたちも、夜会まで姫と会うなって言われてるからさ。暇を持て余してる」
「僕たち王子は切り札だから、絶対ルークに存在を気づかれるなって、姫の姉たちからきつく言われてる」
「そうだな、俺もデイジーにまだ身分は明かすなと父から言われた。三人が手伝ってくれると助かる」
三王子が気軽に引き受けてくれたので、肩の荷が少し降りた。
「マイルズに聞いたんだが、スパイっぽい男がいるらしい。ペチュニアさんが尾行したが、いつもまかれたんだと」
「ペチュニアさん? ああ、おれの婚約者ペティーか。マジか。黒い森育ちで潜伏も追跡もお手の物と聞いていたぞ」
「お前のいいところを見せるチャンスじゃないか、これ」
「やるしかないな」
南の王子がやる気をみなぎらせている。
「どう進めるかな。王都の地図がいるな」
「持って来た」
テーブルを片付けて地図を広げる。
「お、もう印ついてるじゃん」
「ペティーさんがつけてくれたらしい。ここがピンク髪フィービーの家。スパイは馬車に乗って帰り、気づいたらここで馬車が空だったらしい。別の日は、馬車から降りてこの店に入ったところで待ってたけど出てこなかったと」
「なるほどね。プロのスパイだから、点検と解毒をしてるんだな」
西の王子が言って、南と北が頷いてる。
「点検と解毒? なんだそれ」
「スパイ用語。尾行がついてないか点検し、ついている尾行を振り払うことを解毒と言うんだ」
「ちなみに、尾行の気配があろうがなかろうが、普段からやる。だから、必ずしもペティーの尾行がバレてたとは限らない。ペティーの戦闘力からすると、バレてないと思う」
「あれだよな、裏口が使いやすい建物をいくつかおさえてるんだろうな。まきやすい建物ってあるから」
「おいおい、なんか俺だけずぶの素人みたいでかっこ悪いんだけど」
王子たちが肩をすくめたり、両手を上げたりする。
「そりゃあ、この子と結婚したいってまっしぐらな、第三王子のアレクに比べたらさ。オレなんてしがない第四王子だから、どの国に婿入りさせられるか分からん生まれじゃん。他国でスパイすること前提で育てられたからなあ」
「同じく。第五王子で、魔物だらけの国だから、嫁に来てくれる子はいないはず、いずれ他国に婿入り、ついでに情報もとってこいって育てられた」
「第六王子だけど僕は婿入り前提じゃなかったな。スパイのことは知識として知ってるだけだから、実践能力はないよ」
「そうか。俺だけ知らなくてヤバって思った」
もっと幅広く学ばないといけないなと、気を引き締める。
「そんなことで焦らなくていいっしょ。オレはアレクを尊敬する。好きな子と出会って、デイジーさんの幸せと、リュベナー領地とザルツシュタイン王国の関係強化の両方目指して、ずっとごりごりやってたじゃん」
「そう、外交もがんばってただろ。おれたちが仲良くなったのもアレクきっかけだからな」
「アレクが一途に突っ走ってくれたおかげで、僕にもついに理想の婚約者ができそう。やっと、やっとだ。長かった。第六王子という売れ筋からかけ離れた僕に、エリカという女神が。だからさ、アレク、これからも協力してやってこう。お前がひとりで全部背負う必要はない」
「なんだよ、やめろよ。照れるだろ、そういうの」
まっすぐ褒められ、感謝され、顔が熱くなる。ビールグラスを額に当てるとひんやりして気持ちいい。
「そうなんだよな。ひとりでなんでもやらなくていい。特にオレたちは王子だからな。うまく人材を使うのもオレたちの役目だ。ということで、スパイの追跡は任せた」
西の王子が南の王子の肩を叩く。北の王子も同意する。
「そうだな、適材適所。僕が尾行したら一瞬でバレるし」
「おお、任せろ。おれの部下とペティーの魔狼軍団で調べる。頭脳戦はそっちに任せた」
尾行は複数人でする方が成功するらしい。経験豊富な南の王子に一任することになった。
「デイジーたちが困ってるのが、犬子爵の家族にまつわる記録がどう陰謀に関わってるのか分からないそうだ。家系図の写し、借りてきた」
「見せて」
西の王子が家系図を見ながら考えこんでいる。
「なにか分かりそう?」
「うーん、これだけではなんとも。これ、ちょっと借りてもいいか? 心当たりを調べてみる」
「頼む」
もう二件、さばけてしまった。友人たちの有能さが怖いぐらいだ。
北の王子が人差し指を上げて催促する。
「アレク、僕にも案件くれよ」
「ある。バラの件だ。エリカさんが、バラに洗脳効果がありそうとまでは突き止めたが、解毒薬と対抗薬を作るのに苦労してるらしい」
「まさに僕向けじゃないか。任せてくれたまえ。エリカに会うことはできないが、こっそり裏から姫を支えよう。いい、実にいい」
北の王子がにやにやしている。イケメンじゃなかったら気持ち悪いと思われかねない笑顔だ。
「その顔、エリカさんには見せない方がいいぞ」
「お、ヤベ」
北の王子が頬を軽く叩いて、知的イケメンに戻った。
「あと一個、ラブレターの案件は、じゃあ俺がやるか」
ラブレターの写しを見てると、南の王子に聞かれた。
「アレク、どうやって調べるつもりだ」
「送り手と受け取り手の身元調査をするつもりだけど。なんで?」
「ちょい、見せてみ」
南の王子がラブレターを手早く読む。
「侍女だらけじゃねえか。これ、調べるとなると、侍女に直接会って鎌かけることも必要だろうな。やめとけ。デイジーさんがいやがるぞ」
「正しい。デイジーさん、婚約者に浮気されて傷心中だろ。新しい婚約者が他の女と会うのはダメだろ。って、似たようなことをリコリスの姉から言われた。他の女に会うのも、街中ですれちがった女をチラ見するのも、許さないってさ。馬に踏ませるか、市中引き回しだって」
「僕もエリカの姉から、それっぽいこと言われたな。もし貴様も浮気したら、じわじわと毒殺してやるって、遠まわしに言われた。僕、これでも王子だからさ。脅されたの初めてで新鮮だった」
「おい、喜ぶなよ。でもまあ、その通りだ。いくら陰謀を暴くためでも、誤解を招くような行動は慎めよ。そういえば、おれもペティーの姉から、妹を傷つける男は生きたまま切り刻んで魔物に食わせるって言われた」
「おいおいおい、辺境女子の姉たち、物騒すぎないか」
「デイジーさんの兄も荒ぶってるだろう」
「おう。マイルズだけじゃない。俺だってヤツを細切れにして魚の餌にしたいと思ってる」
「ほらー、そうなるだろ。ラブレターは辺境女子の姉たちに任せよう。オレの勘では、姉たちが適任」
「じゃあそうするか」
「おれからペティーの姉に渡しておくよ」
「頼む。君たちがシゴデキすぎて、俺のすることがなくなってしまった」
どうしよう。
「アレク、お前には最重要任務がある」
後ろから声をかけられ、振り返ると扉のところにマイルズが立っている。




