27. 神儀
どうしてアレクがいるのか分からなくて混乱する。
「アレク?」
「デイジー。俺も踊れる。俺を信じて」
アレクの声がまっすぐに届く。マイルズ兄さんも安心しろって風に拳を上げてる。領主一族しか踊れないはずなのに、どうして? 疑問に思ったけど、アレクとマイルズ兄さんが信じろって言うなら、大丈夫だ。
グレン叔父のギターが始まる。この人と思ったルークは違った。魂の半身はアレクだろうか。今度こそ、正しい相手を選べただろうか。
ハーパーさんのカスタネットがカタタンカタタンと鳴る。
「デイジー」アレクにそう呼ばれたように感じた。
両腕を広げると、アレクの気配を濃厚に感じる。引き寄せられるようにホールの中心に進むと、アレクの手が見えた。このダンスは激しいので、手袋ははめない。
ルークの手はすべすべで、爪の先までピカピカだった。
アレクの手は、船乗りの手だ。手の平と指のつけ根に分厚いたこがある。傷だらけだけど尊い手。領地のみんなと同じ手。アレクの手にそっと自分の手を重ねる。温かい。目が合う。深い海の色。
ギターのテンポが速くなる。グレン叔父さまが背中を全力で押してくれてるみたい。信じろ、いけ、そう言ってるみたい。
右足を高く蹴り上げ、右回転。アレクの背中側に。広い背中だ。本当に踊れるの? ルークが二年経っても踊れなかった神儀だよ。
アレクから離れて行くように回転していくと、アレクに腕をとられ簡単に引き寄せられる。押し出されて離れていき、また引き戻される。空で舞っているみたい。高速で回転していると、頭が空っぽになる。気持ちいい。
アレクの手を放し、カスタネットの音に合わせて顔の横で手を打ち、踵を高く鳴らしながらアレクの周りを回る。次は難しいわよ。大丈夫?
グレン叔父さまが棒を投げ、アレクが軽々と受け取る。赤い布がはらりと垂れさがる。赤旗が閃光のように空間を切り裂く。朝日が海を染め上げる。アレクが体の前や後ろで赤旗をはためかせる。激しく大胆で、でもとても優美。これが俺だ。俺を見て、デイジー。そう聞こえた気がした。
炎に誘われるように、少しずつアレクに近づく。
アレクの投げた旗で視界が真っ赤になる。アレクに手を強く握られる。強い。
もう放さない、アレクがささやく。俺のアオサギ。
つかまった、ちっともイヤじゃない。私のハヤブサ。
「デイジー、俺の半身」
「アレク、私の半身」
やっと見つけた。全身に鳥肌が立つ。羽根があったら、どこまでも高く飛べそう。
アレクに強く回され、足が床から離れ宙に浮く。飛び、着地し、ステップを踏んでまた飛ぶ。
ああ、もうすぐ終わってしまう。足が地に着いたとき、アレクの手が腰に当たる。ふわっと押され、体が自然と縦に回った。後方宙返り。初めてだ。簡単にできた。母さまが言ってた通りだ。本当に好きな人となら、横にも縦にも飛べるって。
アレクに支えられ頭が床につくぐらいにのけぞる。力強い手に支えられ、少しも怖くない。
「ああ、楽しかった」
「俺も。これからは毎日デイジーと踊れる」
「本当」
起き上がってアレクの頬に手を当て見つめ合う。
割れんばかりの拍手が起こったとき、バルコニーの扉が全開になり、突風が入ってくる。ロウソクの火が揺れて次々と消えていく。暗闇の中、月光だけが頼り。貴族たちは不安そうに身を寄せ合う。
急に月明かりも消えた。巨大な何かに遮られている。
「双頭のワシがお見えになりました。皆さん、跪きなさい」
フローレンス王女が静かに言い、貴族たちはすぐさま身をかがめた。
デイジーとアレク、フローレンス王女とマイルズがバルコニーに出る。巨大なワシが手すりにとまっていた。四人が跪くと、ワシは翼をたたむ。
「ワシ神さま、お越しいただき誠にありがとうございます。わたくしの伴侶となるアレクです」
ワシはアレクを四つの目で見つめたあと、羽根を一本抜いてデイジーに渡してくれた。
「ありがとうございます。ワシ神さま、こちらが次の女王、フローレンス王女。そしてその伴侶となるマイルズです」
ワシはフローレンス王女を長い間見つめ、マイルズに羽根を渡した。
「ありがとうございます」
デイジーとマイルズは立ち上がり、将来の伴侶に羽根を渡す。
厳かな空気が流れる中、リュベナー領の精鋭部隊が大きな水桶を運んでくる。
「ワシ神さま、取れたての魚でございます」
精鋭部隊が魚をふたつ、ワシに向かって投げる。ワシがふたつのくちばしで魚を受け取り、丸のみした。ワシは満足そうに小さくカッカッと鳴くと、大きな翼を広げ悠々と飛び上がる。ホールのガラス窓がカタカタと音を立てて震える。ワシはしばらくバルコニーの上を旋回し、手を振る四人をじっと見た後、空高く上り、やがて消えていく。
その様子をしっかり見届けたあと、デイジーは感激してアレクに抱きついた。
「アレク! アレク! アレク! すごい、あなた、本当にワシ神さまを呼べた!」
一族じゃないのに。一族誰でもが呼べるわけでもないのに。
信じて良かった。アレク、この人だったんだ。
しきたりを超えるほどのダンスなんて、いったいどれほど練習したんだろう。
アレクは、不可能を可能に変えちゃったんだね。
「デイジーからもらった羽根、大切にする」
「うん。ワシ神さま、アレクのこと気に入ったと思うよ」
「マジ? よかった。マイルズと踊りの練習した甲斐があったよ。マイルズ、ありがとうな」
「おう、デイジーの真似をするのは骨が折れたけど、報われた」
アレクとマイルズが拳を打ち合わせる。
「デイジー、アレク、素晴らしい踊りだったわ。ありがとう。わたくしも毎日練習するわ。マイルズ、教えてくれる?」
「もちろん」
フローレンス王女が羽根を誇らしげに胸元に飾り、マイルズに手を伸ばす。マイルズにエスコートされ、フローレンス王女は堂々とホールに戻る。
「皆が目にした通り、ワシ神さまのお許しを得ました。わたくしは、次期女王となるべく誠心誠意励みます。この国の膿を全て出し、隣国との関係を強化、そしてここにいる貴族の皆と協力し、よりよい国にしたいと思います。皆の力が必要です。助けてくれますか」
「御意」
「殿下の御心のままに」
貴族たちが感極まった様子で応える。双頭のワシを初めて見た人たちがほとんどだろう。この威光を目にして畏敬の念を抱かない人はいない。
扉付近にいたルークとフィービー、側近たちは腰を抜かしている。衛兵たちがすみやかにホールから連れ出した。
「夜はまだ長い。皆、踊りましょう」
給仕たちが手分けしてロウソクに火を灯していく。楽団がゆったりとしたワルツを奏でる。
「踊る?」
「うーん、ちょっと休憩したい。喉が渇いちゃった」
「そうだね。何か飲もう」
アレクと腕を組み、白ワインの入ったグラスを持ってバルコニーに行く。爽やかな風が、ほてった頬を心地よく冷ましてくれる。
「乾杯」
白ワインを飲みながら、風に吹かれるアレクの横顔を眺める。
アレクと目が合う。まぶしそうに、少し恥ずかしそうに私を見る目。すごく好きだ。好きな人が自分を好きって、なんて素敵なんだろう。生まれて初めての両想い。その甘美さにデイジーは心から幸せを感じた。
「ねえ、私たち、いつ会ったっけ?」
「ああ、その話。説明するよ」




