25. 語るに落ちる
よろよろと立ち上がったルークが命じるが、衛兵は誰ひとり動かない。とっくにデイジーとペティーの仲間に入れ替えられているからだ。邪魔が入らないよう、護衛や使用人たちも屋台の肉やチーズフォンデュに入れた薬で眠らされている。
「宰相! 宰相はどこにいる。話が違うではないか。父上のいない日を狙って夜会でデイジーに婚約破棄を突きつければ、余に有利な既成事実にしてくれる、お膳立ては万事すんでいる、そう申したであろう」
あーらら、語るに落ちすぎじゃない。人のせいにするのはいい加減にしなよ。
「ルーク殿下。私はここにございますが、殿下がおっしゃっていることは何のことやらさっぱりわかりません」
宰相がしれっとした顔で前に出てきた。隣には淑女の鑑と名高い奥様も。宰相は心を改めて若い愛人は全て手切れ金を払って別れ、奥様に土下座して謝ったらしい。猛者たちが言ってた。
奥様が私にチラッと視線を向け、かすかに微笑む。よしっ、奥様も味方についてくれたっぽい。
「貴様、余を裏切るのか?」
「裏切るもなにも、我がヴォルケン家は代々から永劫まで王家に忠誠を誓う身にございます。双頭のワシの瞳が見守りたまうこの国に、不正をゆるす余地などありようはずもなく」
いけしゃあしゃあとはこのことかしら。帝国に寝返る気まんまんだったくせに。すっごいな。
でもまあ、宰相の鉄面皮と政治のセンスは抜群らしいから。私の言うことを聞いてくれる限りはうまく使いましょう。この国のためには、宰相を生かしておく方がなにかと便利でしょうし。最終的には国王が宰相の進退を決めればいいしね。
「黙れ黙れ! 双頭のワシがなんだ。そんな古びた神話より、父上も示し給うた真実の愛のほうが大切なのだと、そう言ってフィービーをいっしょになって褒めそやしていたではないか!」
「フィービー様? はて、そんなどこの男爵令嬢とも知れぬ無知無教養なあばずれ小娘など、ルーク殿下にふさわしいとは思えませんな」
うーむ、手のひら返しもここまでくるといっそ清々しいな。宰相、悪ノリしてないか。まあ、おもしろ
いからいいけど。
「殿下。どうか目をお覚ましくださいませ。王家は双頭のワシの一族をこそ重用すべきなのです」
宰相はそう言ってデイジーに恭しく礼をした。
「可哀想なルーク。宰相閣下にハシゴをはずされたようね?」
「デイジー、貴様……。どうせお前が宰相をそそのかしたんだろ」
「いいえ。宰相閣下は愛国のお人です。ワシを呼べる者に正しく従う、ただそれだけですわ」
小鳥さえも呼べないあなたではなく、ね。
「ふざけるなよ! どいつもこいつも二言目にはワシ、ワシ、ワシ! そんなにワシが大事ならその力を見せてやろう!」
ルークは滝のような汗を手の甲でぬぐうと、給仕に向かって叫ぶ。
「誰か、あのワシの置物をここへ」
給仕はちらりとデイジーを見る。デイジーが頷いて見せると、数人の給仕が奥に飾られていた陶器のワシを運び、ルークが示したテーブルの上に載せた。
「ワシに振り回されるのはこれで終わりだ。私は、私の力で王になる」
ルークがワシをテーブルから落とす。ガシャーンと音を立てて割れたワシの中から、フワッと白い煙が舞う。
「は、ははは。どうだ、これでみんな私の言いなりだ。バラより効き目の強い薬だ。解毒薬を飲んでいる私には効かないがな」
令嬢たちが悲鳴を上げて口を押える。
バラより効き目の強い薬、ね。
ルーク、あなたはそれを知っていた側だったというわけね。
あーあ、そこまでは落ちないでいてほしかったわ。
「みんな、落ち着いて。大丈夫よ、中身は砂にすり替えているわ。無害よ」
デイジーの澄んだ声は広場の隅々まで通り、パニックになりかけていた貴族たちは落ち着きを取り戻す。
「ルーク、あなたという人は。いったいどこまで落ちるのです」
デイジーの合図で、衛兵に化けた仲間たちがルークに向かう。ルークは焦った様子で走りだし、別の場所に置いてあるワシの置物も床に落とした。
「無駄です。城門で怪しい荷物は全て調べましたから。まだお気づきでないようですが、ホールのバラも、無害なものしか置いてませんのよ」
「デイジー、貴様。どこまで私の邪魔をする」
「どこまでもですわ。あなたに王の資質があったなら、わたくしも支えるつもりでおりましたわ。残念ながら、あなたは王にはなれません」
「貴様ー!」
ルークが陶器のかけらを持ってデイジーをにらみつける。
アレクがさっとデイジーの前に立つ。
それなのに、我を失ったルークは止まらない。
立ちはだかるアレクにもひるまず、私をどうにかしよう、傷つけてやろうと、じりじり近づいてきた。ああ、馬鹿なルーク。アレクに敵うわけないのに。筋肉量が違うこと、見たら分かると思うんだけど。アレクは海の男だよ。竿も銛も剣も使えるんだよ。舟を扱える男に、王都でぬくぬく過ごしてきたヤサ男が対峙できるわけないじゃん。
「一発殴ってもいいだろう?」
「正当防衛ってことでいいんじゃないかな。やりすぎないでね」
アレクの問いに答えたその時、凛とした声が響いた。
「ルーク、おやめなさい。見苦しい」




