24. 外患誘致
四人の王子の出現に、たじろぐルーク。
「待て、情報が多すぎる。まず、フィービーが私の側近と火遊びとはどういう意味だ」
ルークはデイジーとフィービーを交互に見る。デイジーはまっすぐルークを見返し、フィービーは視線をそらした。
するとまたしてもピッタリのタイミングで、給仕が紙を運んできた。
「目撃情報を読み上げますわ。近衛騎士見習いがフィービーさんと湖でボートに乗っていた。キャッキャウフフとはこのことかと思った、とのこと」
リコリスが無表情で近衛騎士見習いを見る。男はさっとルークの後ろに隠れた。
「目撃情報ふたつめ。王都で人気の雑貨店で護衛見習いがフィービーさんとデート」
ペティーが護衛見習いをじっとりと見つめる。男は目を伏せた。
「目撃情報みっつめ、宰相補佐見習いがフィービーさんと舞台観劇。異様な距離の近さが気になったとのこと」
エリカが宰相補佐見習いに舌打ちする。男は目を閉じた。
「お盛んですわね、驚きます。ルーク殿下ときたらまあもうなんと懐の深い。真実の愛の相手を側近と共有なさるのですね。皆さん、殿下とフィービーと側近の皆さんの、真実の愛に拍手をお願いいたします」
デイジーが促すと、パラパラと拍手が起こり、徐々に耳が痛くなるほどの音になっていった。
「フィービー、本当か?」
「だってルーク、みんなと仲良くなれって言ったじゃない」
フィービーが口をとがらせて答える。
「そなたたち、どういうつもりだ」
「殿下、決して火遊びではありません。殿下とフィービーさんのデートの下見です」
「同じく。殿下とフィービーさんのデートの予行演習です」
「まさに。我々はただの練習台です。ご安心ください」
「そうか。なるほど、そういうことであったか」
いやいや、そんなわけあるかい。デイジーは突っ込もうかと思ったけど、ぐっとこらえた。まあ、彼らがそれでいいなら、ねえ。周りの貴族はドン引きだけど、ねえ。
「では、丸くおさまったところで、ルーク様。改めて、ふたつ目の理由を教えてくださいな」
「うむ、ふたつめはだな。いや、違う。違う違う、待て。東西南北の王子が我が国の辺境女子の婚約者になるとは、許しがたい。外患誘致で処刑であるな」
ルークの強い言葉に、ホールが静まり返った。
緊迫した空気の中、デイジーはルークが外患誘致なんて難しい言葉を知っていたことに感心していた。 へー、帝王教育さぼりまくってると思ってたけど、覚えてることもあるのね。あら、みんなが私を見てるわ。安心させてあげなくては。
「まあ、ルーク様。おもしろいことをおっしゃいますね。ホホホ。外患誘致だなんて。その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
デイジーは給仕から新しい紙を受け取る。
「夢王子の夢物語。皆さま、お聞きください」
デイジーは咳払いしてから、大きな声で読み上げる。
「この国を変えたい。四つの国に囲まれ、常に地政学的リスクにさらされている。隣国と対峙する四つの辺境領地の重要性は高止まりし、王家は辺境の顔色を窺い続けなければならない。もし王家が遠くの大国と手を組み、四つの隣国を亡ぼせば辺境領地の価値は下がり、王家の権威は増す。夢の実現に向けて、まずは辺境令嬢との婚約破棄。次に真に愛する人と結婚。バラの力で主要貴族を洗脳。大国と共に隣国を潰す」
貴族たちは凍りつく。
デイジーは給仕から受け取った一輪のバラをルークの足元に投げる。
「ルーク様がフィービーさんの名を冠したそちらのバラ。調べたところ、香りをかぎ続けると洗脳しやすくなるようですわね」
「なんのことだかさっぱりわからん」
当たり前だけど、ルークはしらばっくれる。
「そうですか。それはよかったですわ。遠くの大国がどこであれ、手を組むということは我が国が他国の傀儡政権になることとほぼ同義。遠くの大国から、ルーク様が妃を娶ることにもなるでしょう」
「えっ、うそ、やだ。ルーク、アタシがお姫さまでお嫁さんだよね?」
「も、もちろんだ」
涙目のフィービーと動揺するルーク。えっ、うそ、やだ、はこちらのセリフだ。遠くの大国がタダで助けてくれると、本気で思ってたのかしら、この王子とピンク。
「大国は、遠く離れているならそれほど怖くはありません。ですが、大国と組んで隣国を滅ぼした場合、すぐ隣に大国がきてしまいます。隣国という緩衝地帯を失ったら、いつでも攻め込まれますわ。遅かれ早かれアドラーベルク王国は滅ぶことになるでしょう」
「そんなことはない」
「王都という安全圏にいると、実感がわきにくいのかもしれませんわね。でも、我々辺境に住む者は、国境を守ることの重みを知っています。幸い、リュベナー領は東の隣国と良好な関係を築いておりますの。自国の王都より、隣国の王都の方が距離的に近く、なんなら心理的にも」
「なにが言いたい」
ルークが低い声で問う。
「夢王子の夢物語。現実が見えておりませんわ。大国と共に隣国に攻め込む、ですか。辺境が協力すると本気で思っているのでしょうか? 辺境が隣国側につく可能性は検討しないのかしら? 見通しが甘くて驚きますわ」
「王家にたてつくということか」
「二代続けて婚約をないがしろにされ、名誉を傷つけられてなお、リュベナー領に王家への忠誠をお求めに? 王家のために隣国と戦い、血を流せと? 踏みつけられても尚、唯々諾々と従えと? 我ら、奴隷ではございません」
デイジーはルークを静かに見る。ふたりの間に冷たい火花が散った。先に視線をはずしたのは、ルークだった。
「それとも、婚約破棄をしたあと、わたくしを捕え、わたくしの命を盾にリュベナー領を従わせるおつもりでしたか?」
ルークは答えない。もしやと思って鎌をかけたけれど、図星だったようだ。最低だ。人の心ないんか。
デイジーの中に砂粒ほど残っていたルークへの思いが、完全に消え去った。いっそ、清々しいくらいだ。
「ええ、婚約破棄をいたしましょう。わたくし、殿下とフィービーさんと愉快な仲間たちのひとりになるつもりはございません。奴隷にも、人質にもなりません。わたくしは、わたくしだけを愛してくれる人と共に、幸せに生きていきます」
デイジーはアレクと目を合わせた。
「デイジーを一生愛し、リュベナー領とザルツシュタイン王国のかけはしになる。リュベナー領の敵は我が国の敵とみなす」
アレクが言うと、他の王子も続いた。
「同じく。私の心は常にリコリスと共に。我が国はリコリスの領地を守ろう」
「黒い森と共に戦う同志として誓おう。魔物だろうが人だろうが、ペティーとペティーの領地を害する者には容赦しない」
「エリカと共に作戦を立てよう。四つの辺境と隣国の強みと弱みを組み合わせ、最強の布陣を作ってみせようではないか」
四人の王子の頼もしい言葉に、辺境女子四人はしびれた。我々をないがしろにせず、尊重してくれ、信頼できる新しい婚約者。そんな基本的なことすら、前の婚約者からは感じられなかったことだ。
デイジーは朗らかにルークに告げる。
「わたくしたち辺境女子をコケになさったことの重み、思い知っていただけましたかしら。実は、我が領地は、アレクのお父上から国替えしないかと打診されてますのよ」
「わたくしの領地も、西の国からお話をされました」
「同様に南の国から、ええ」
「同じく北の国から、ほほほ」
東西南北、それぞれの辺境領地が隣国に国替えすると、アドラーベルグ王国の領土は劇的に小さくなる。
ルークがいかにアホの子でも、それぐらいは分かったのだろう。ルークはぺたんと床にへたりこんだ。
「でもねえ、わたくしたち辺境女子、愛国心は人一倍に強いのです。そして、わたくしたち親友なのです。ですから国は替えたくないのですわ」
「ね」
四人の辺境女子が仲良くうなずきあう。
「ですから、わたくしたち、新しい婚約者とこのまま王都で暮らすことにいたしました」
「ええ、王家がおいたをしないよう、きっちり監視させていただきますわ」
「我が国の王族が忠誠を誓う貴族をないがしろにしたり、民を虐げたりしたら、どうしようかしら」
「婚約者と未来の義父に相談するのがいいと思いますわ、ねえ」
四人の辺境女子と隣国の王子たちは、アハハウフフと笑いあう。楽団が春の訪れのような華やかな曲を奏でた。会場からぱらぱらと拍手が起こり、徐々に大きくなっていく。
拍手と靴音と熱気でロウソクの火がゆらめく。
拍手の嵐を切り裂くようにルークが叫ぶ。
「衛兵、あの辺境女子四人を捕えよ。外患誘致と王族への不敬は許さぬ」




