23. 直接対決
抱き上げられたままアレクと見つめ合っていたら、野太い声が聞こえた。
「うぉー、ブラボー」
「お嬢ー、お幸せにー」
声の方向を見ると、衛兵に化けた精鋭部隊たち。楽団たちも手を叩き、その中にはグレン叔父さまとハーパーさんも混じっている。号泣しているハーパーさんに、グレン叔父さまがハンカチを渡している。
辺境女子たちもイケメン婚約者と腕を組んで集まってきた。
「おめでとう」
「彼がアレクね」
「お似合いだよ」
アレクが一瞬デイジーをギュッと抱きしめてから、フワッと降ろしてくれた。完璧な王子仕草にデイジーはポーッとアレクを見上げる。
他の令嬢たちがそっと近寄ってきて、控えめに声をかけてくれた。
「デイジー様、素晴らしいダンスでしたわ」
「足さばきが見事でした。今度ダンスを教えてくださらないかしら」
「わたくしの夜会にも参加していただきたいですわ」
「まあ、ありがとうございます」
デイジーがにこやかに答えると、後ろの方で甘ったるい声が聞こえる。
「ねえ、ルークさまぁ。もういいでしょう?」
「ああ、そうだな」
「ええい、茶番はやめろ」
ホールに大きな声が響く。ルークがイライラした様子でデイジーたちをにらんでいた。
あら。デイジーは驚いて目を見開いた。ルークってこんなだったかしら。もっとキラキラ輝いた超美形だと思ってたけれど。オーラ、消えてない? もしかして、私もバラの呪いにかかっていたのかも?
対照的に、ルークの隣にいるピンク髪フィービーは今日もまぶしいくらいにかわいい。
髪より薄いピンク色のドレスは大輪のバラを模していて華やかだ。このドレスを着こなせるのは、フィービーだけだろう。悔しいけど、似合っている。バラの妖精ってこんなんだろうなって感じ。
フィービーを見ていると、かわいいは正義っていう言葉を思い知らされる。小首を傾げて、人差し指を唇に当てたキョトン顔のフィービー。こんなあざとい仕草も様になってる。私だったら恥ずかしくてできないような、ぶりっこポーズが絵になってる。
いいな。悔しいな。私はこの子に女として負けたんだな。
ルークの浮気を知ったあの日から、ざまあするために必死にがんばってきた。それって、女として勝てなかったフィービーへの意趣返しなんじゃないかな。私って、すごくみっともない。
偉そうに色々言ったけど、あれって負け惜しみだったんだ。ああいやだ。フィービーを見ると、自分のことが嫌いになってしまう。
うつむきそうになったとき、視線を感じた。
リコリス、ペティー、エリカが私を見ている。私のことを信じている目だ。私のダメなところも全部知った上で、ずっと親友でいてくれた仲間。
こんな私のことを支え続けてくれた辺境女子。あの日からあっという間だったね。
弱気になってる場合じゃない。こういうドロドロして醜い私だって、嫌わないでいてくれた友だちがいるんだもの。
親友と、辺境領地の未来をかけて、私は戦わなくてはならない。
失敗は許されない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
本当に?
足が震えた。ダメ、ひよっちゃダメ。
その時、アレクのささやき声が聞こえた。
「デイジー。大丈夫だ。俺がいる。ひょっとして、ピンクに負けたって思ってない? 違うから。ヤツの好みがピンクだっただけだから。俺の一番星はデイジーだ。一番であり、俺の唯一。強くて美しい俺の女神」
アレクが腰に手を回し、グッと引き寄せる。触れ合っている側の体が温かくなった。
ちらりと見上げると彫刻のようなあごの線に目が吸い寄せられる。目が合うとアレクはウィンクした。
か、かっこいい。うあああああ。ウィンクされちゃったあああああ。勇気がわいてきちゃうううう。私、がんばれそううおぉぉぉ。
「聞いているのか、デイジー」
ルークの声で我にかえる。聞いてなかった、まずいまずい。真剣にやろう。
「聞いておりましたわ。茶番をやめろと仰せでしたわね」
「そうだ。デイジー・リュベナー、そなたとの婚約は破棄する」
「理由は?」
デイジーは間髪を入れず確かめる。大事なところだから、みんなちゃんと聞いてね。お茶会でお願いした通りに、貴族たちはじりじりとルークやデイジーの周りを取り囲む。ひと言も聞き漏らすまいという、貴族たちの強い意志を感じた。
「理由は三つある」
「まあ、三つもございますか」
どうせあれだろ。王子妃教育でならったやつ。意見を求められたら、とりあえず三つと最初に言い、ひとつ目を話しながら、残りふたつをひねり出すって手法。さあ、ルークは何を思いつくのかしらねえ。それとも、前もって考えてきたのかしら? ルークにそんな知恵があるかは疑問だ。
「ひとつ目の理由は、真実の愛をみつけたからだ。このフィービーと」
「つまり、浮気ですわね」
デイジーがすぐさま突っ込むと、周囲の令嬢たちが深く頷く。
「う、浮気? それを言うならそなたこそ。そんなどこの馬の骨とも分からぬ男とイチャイチャしおって」
今度は周りの令息たちが「確かに」とつぶやく。
「わたくしが彼との新たな婚約を模索し始めたのは、あることがきっかけですのよ。ひと月ほど前、バラが咲き誇る王宮庭園で、わたくしルーク様とフィービーさんの会話を漏れ聞きましたの。ルーク様、こうおっしゃいましたわ」
デイジーはさりげなくそばに来た給仕の手から紙を受け取り読み上げる。
「フィービー、もう少しだけ待ってくれ。次の夜会でデイジーに婚約破棄を伝えるから。そうすれば、次はフィービーが正式な婚約者だ。そうおっしゃっていましたわ。そうですわよね、フィービーさん」
「はい」
フィービー頬を染め、嬉しそうに頷く。
「あ、認めちゃった」
誰かの声が割と大きく響き、それに続いて、「ひどいですわ」「浮気ですわ」と令嬢たちがささやき合う。
「し、しかし、あの時は人払いをした。誰もいなかったはず」
「あ、殿下まで認めちゃった」
誰かがまたしても大きめのひとり言をこぼす。令息たちは深いため息を吐いた。もうかばいきれないと思ったのかもしれない。
「バラ園の近くにあるリンゴの木。わたくしの定位置ですの。王子妃教育に疲れたら、リンゴの木に登って息抜きしていたのですわ。わたくし、ショックでした。ですから、両親と相談して、新しい婚約者を探したのです。だって、エスコート相手なしで夜会に出て、婚約破棄されるなんて、辛すぎますもの」
デイジーが悲しそうに言うと、令嬢たちから同情の視線が集まる。
「ええい、そんなわけがあるか。ひと月前から探してみつかった男とそのようにベタベタするなど、破廉恥極まりない。もっと前から浮気していたのであろう」
「あらまあ。ご自分のことは棚に上げて、わたくしを糾弾なさるのですか? それでは、民意を問うてみましょう。皆さま、わたくしとこの彼が、ひと月よりもっと前から会っているところを見たことがございますか?」
たくさんの人が首を横に振る。当たり前だ、だって会ってないもん。
「ご協力ありがとうございます。それではルーク様とフィービーさんがひと月よりもっと前からいちゃついているのを目撃した方はいらっしゃいますか? 見た方は、こっそり靴で床を叩いてくださいな」
最初は遠慮がちだった靴音が、徐々に大きくなっていく。たくさんのコツコツカタカタという音がホールを埋め尽くした。
「わたくしの無実と、ルーク様とフィービーさんの浮気が明らかになりましたわね。ホーホホホ」
デイジーが高笑いすると、呼応するかのように靴音が響き、楽団がジャジャーンとかっこいい音を鳴らしてくれた。デイジーはたたみかけるように問いかける。
「では、ルーク様。ふたつ目の理由を教えてくださいな」
さあ、なにか思いついたかな?
「いや、その前に。その男は誰だ。見知らぬ顔だが。その上、他の辺境女子も新しい男連れではないか。どういうことだ」
「ルーク様の側近、近衛騎士見習い、護衛見習い、宰相補佐見習いのお三方も、フィービーさんと火遊びされていらっしゃいましたので。ええ、新しい婚約者のお披露目ですわ。ホホホ」
「東の国の第三王子、アレクだ」
「なっ」
アレクの言葉にルークが一歩下がる。
「私は西の国の第四王子」
「南の国の第五王子」
「そして、北の国の第六王子」
新しいパートナーたちのオーラが急に大きくなる。圧倒的な存在感。周囲の女子たちの目がハートになった。




