22. 夜会
仕立て屋が腕によりをかけて作ってくれた紺色のドレス。シンプルでかっこいい。
上半身はぴったりと体に沿い、白と水色のビーズでデイジーの花が刺繍されている。下半身はシフォンでふんわりしていて、デイジーが思いっきり足を回しても邪魔にならない。ダンスで回転するとふわりと揺れて華やかになりそうだ。
手首と腰に透け感のある大きな布がつながっている。フロートと呼ばれるこの布は、双頭のワシに捧げる神降ろしの踊りには欠かせない。デイジーが両腕を上げれば、優美に羽ばたいているように見える。
ルークの前ではいつも髪はおろしていた。長い髪は、唯一デイジーが女っぽいと思えるものだったから。
でも、今日はポニーテールにした。首回りがすっきりして、似合っていると思う。
エスコートはいない。辺境女子四人で腕を組み、自分の名前にちなんだ花束を持ち、堂々と会場に入っていく。
デイジーの仲間が給仕姿でひと口サイズのケーキを配っている。エリカ渾身の、自制心が弱くなり口が軽くなる薬が配合されたケーキだ。令嬢たちが給仕からの説明を聞き、目を輝かせる。
「パートナーと食べさせあいっこするんですって」
「キャッ、素敵」
「わたくしに二皿いただけて?」
令嬢たちがケーキを手にとり、エスコート相手とあーんをし合う。
会場の奥ではルークとフィービーがイチャイチャしながら、ケーキを食べさせ合っている。その周りに、辺境女子たちの婚約者も揃っていた。
ギリッと一瞬、奥歯がイヤな音を立てたけど、デイジーはすぐに笑顔を浮かべる。
ルークはちらりとデイジーを見て、表情を引き締めた。隣のフィービーは勝ち誇った顔をしている。
音楽が始まり、ルークとフィービーが踊り始めた。
周囲はざわめく。最初は婚約者と踊るのが普通だから。仲睦まじいふたりと、笑顔を張りつけるデイジーに注目が集まる。
ふたりのダンスが終わったとき、入口の方から歓声が上がる。耳のいいデイジーには女子たちのささやきが聞こえる。
「まあ、素敵な貴公子が。どなたかしら」
「かっこよすぎますわ。足が長いですわ」
「お近づきになりたいですわ」
「イケメンが四人も。どうしましょう」
来た。まだ会ってない婚約者たち。来てくれた。
デイジーたちはすました顔で新しい婚約者を待つ。
楽団が威風堂々とした行進曲を奏で始める。人垣が割れ、背の高い四人組がこちらに向かって歩いてくる。
デイジーは視線を感じた。まっすぐにデイジーだけを見つめる目。
鍛え抜かれた均整の取れた長身。
紺色のタキシードがピシッと決まっている。
ゆっくり静かに歩く姿は、大空を舞うイヌワシのように優美。
柔らかそうな黒髪は丁寧にかきあげられている。
日焼けした端正な顔立ちは近寄りがたい雰囲気があるけれど、まぶしそうにデイジーを見る瞳と笑みになりかけのカーブを描いた唇が、彼の少年ぽい純粋さを強く印象づけている。
流れるようにデイジーの前に立ち、少し身をかがめるとデイジーの右手を取って軽く口づけ、「デイジー」と言いながら見上げる。
目に浮かぶ熱情に、デイジーの世界から音が消えた。
「アレク?」
どうして?
アレクはすっと背筋を伸ばすとデイジーの左耳に口を寄せてささやく。
「父、ザルツシュタイン王の許可を取るのに時間がかかった。今まで言えなくてすまない。海で溺れているときに助けられてからずっと、デイジーが好きだった。今までもこれからも、デイジーだけを愛すと誓う。俺を信じてくれる?」
デイジーは頭が混乱して答えられない。
「ごめん、すぐには答えられないよね。焦らないから、ゆっくり考えて。そうだ、これ」
アレクがポケットから何かを取り出す。
「デイジーに似合いそうだなと思って」
「青い貝殻のネックレス。すごくきれい」
領地の海を思い出す。
「つけてもいい?」
「うん」
アレクがデイジーの首にネックレスをつけてくれる。ほんの一瞬、アレクの指が首に触れて、デイジーはビクッとした。
「よく似合う。今日のドレスにも合ってる」
アレクの笑顔が本当に嬉しそうで、デイジーは頬が赤くなるのを感じた。
「あと、これも。はい」
デイジーの花束。外側にはたくさんの鳥の羽根。
「こんなにたくさん?」
「実はもっといっぱいある。今日は厳選して持ってきた。アオサギ、ハヤブサ、カワセミ、ルリビタキ、ヒヨドリ」
アレクが一つひとつ説明してくれる。すごい。アレクは本当に鳥に詳しいんだ。こんな人、いるんだ。
「ありがとう。うれしい」
デイジーが照れながら微笑むと、アレクの目元がほんのり赤くなった。
「デイジー、俺と踊ってくれる?」
「うん」
楽団がワルツの曲を奏で始める。デイジーのよく知っている曲だ。
「美しく青きリュベナーか。俺たちのファーストダンスにぴったりだ」
「知ってるんだ」
「デイジーに関することは、調べられることは全部調べた」
「そっか」
涙が出そうになって、デイジーは少し上を向いた。アレクにここまで近づくのは初めて。胸がドキドキしすぎてうるさいぐらい。アレクに聞こえてないかな。
「アレクの目、黒いと思ってた。本当は深い青色なのね」
「アオサギの色だ。デイジー、俺のアオサギ」
アレクがすばやくデイジーの頬にキスをする。
キャーッと周りから声が上がった。デイジーは息が止まりそうになりながらも、クルクルと回る。時計回り、反時計回りを繰り返す。回っている間に、ちょっとだけ落ち着いた。
ふたりで踊るのは初めてなのに、とても踊りやすい。自然なリード、軽く腰を押されるタイミングが絶妙で、引き寄せるときの力の強さも完璧。
「アレク、王子だったんだ」
「隠しててごめん」
「踊りが上手ね」
「マイルズと練習したからな」
「マイルズ兄さんと?」
長身筋肉男子ふたりがワルツを踊っているのを想像して、デイジーは思わず吹き出す。
「デイジーの踊りを一番知ってるのはマイルズだから。マイルズには、デイジーになり切って踊ってもらった」
「おもしろすぎるんだけど」
笑っているデイジーをアレクが軽々と持ち上げて優しく左から右に降ろしてくれる。
「わー、リフトも上手。重くなかった?」
「マイルズの半分ぐらいじゃないか。羽根みたいに軽い」
アレクがいたずらっぽい顔をする。やばい。その顔はやばい。
「どうしよう」
「何が?」
「アレクに惹かれちゃダメってずっと気持ち抑えてたのに」
「マジで」
「だって平民だと思ってたから」
「第三王子だ。デイジーの両親と家族にも認めてもらった婚約者だ。あとは──」
アレクが素早くデイジーの手にキスをして、耳元でささやく。
「デイジーの気持ち次第」
「好きになっていいんだ」
「好きになってよ。俺はデイジーをずっと好きだ」
アレクにもう一度リフトされ、お姫さま抱っこみたいにされた。その状態でアレクが回りながらホールを大きく移動する。見ている人たちから拍手が起こる。
音楽が止まり、アレクと見つめ合う。
「信じていい?」
「この命にかけて。デイジーを千年でも愛すと誓う」
「アレクを信じる。アレクを好きな気持ちを止めない」
デイジーはアレクの頬にキスを返した。




