21. よく眠る
張り切って味方づくりをしているうちに、帝国の陰謀を明らかにしたデイジー。疲労困憊である。
「いよいよ明日が本番。できることは全部やった。がんばろう」
とはいえ、ひとつだけまだ問題が残っている。
「マイルズ兄さん、私の婚約者って明日本当に来る?」
「来る」
即答されホッとする。でも、でもでもさー。
「ねえ、どんな人?」
「お前の希望する10項目を満たした男だ」
「うっそー、そんな人いるー?」
「あれだろ。ありのままのお前を一生愛してくれて、鳥の話ができるイケメン王子だろ。いるいる」
あまりに簡単に言われるとかえって不安が募るんですけど。
「夜会までにどうしても処理しないといけない問題があるらしい。だから、夜会の場で会うことになる。でも、心配すんな。お前、アレクのこと信じるだろ?」
「え? う、うん。信じるけど」
急にアレクの名前が出てドギマギする。
「王子は必ず来るから信じて待っててほしいって、アレクが言ってた」
「ザルツシュタイン王国の第三王子だよね? 前に私との婚約を打診したとかいう」
「そうだ。ルークとの婚約が先に決まってたから断ったけどな。諦めきれずにずっとお前を思ってくれていたんだと」
「なんで? 会ったこともないのに?」
「うーん、まあ、それは。明日本人に直接聞いてくれ。オレの口から言うのはちょっとなあ。自分で言いたいだろうからな。まあ、とにかく大丈夫だから」
「はーい」
どうしよう。ドキドキとハラハラとヒヤヒヤで感情がぐっちゃぐちゃだ。
「あ、忘れるとこだった。念のため、神降ろしの踊りを練習しておくか」
「ああ、そうね。明日もしかしたら夜会の場で踊るかもだもんね。わー、兄さんと踊るの久しぶり」
「場所作るか」
マイルズはそう言うと、ソファーや机を壁際に移動する。
「グレン叔父さまとハーパーさん呼んでくるね」
デイジーが頼むと、ふたりはギターとカスタネットを持って来てくれた。
デイジーとマイルズはそれぞれ対角線の隅に立ち、下を向く。グレン叔父のギターが物悲しいゆっくりとしたメロディーを奏でる。魂の半身を探すワシの焦がれる思い。
ハーパーさんの右手のカスタネットが高い音、左手が低い音を出す。メスとオス、相手を呼ぶ澄んだ声が空を割る。
デイジーとマイルズは両腕を広げ、お互いに向かって近寄る。二人の手が合わさり、目が合うと、ギターのテンポが速くなる。
オスの求愛をはねつけるように、デイジーが右足を高く蹴り上げ、右回転してマイルズの後方に回る。おのれなど、我の片割れではない。
離れて行こうとするデイジーをマイルズがとらえる。二羽のワシが空を旋回する。
ふたりの手が離れる。カスタネットの音に合わせて、デイジーが顔の横で手を打ち、踵を鳴らす。お前の価値を見せてみろ。メスはオスの周りを旋回する。
グレン叔父が棒を投げ、マイルズが受け取る。マイルズが力強く棒を振ると、巻かれていた赤い布が解け、赤い旗になった。情熱的なギターに合わせ、マイルズが赤旗をひるがえす。炎をまとい、オレを見てと鳴く。
風に舞う赤い布を見つめながら、デイジーは少しずつマイルズに近づく。
マイルズが旗を高く投げ上げる。赤い布でデイジーの視界が遮られた。次の瞬間マイルズが再びデイジーの手を握る。そう、あなただ。私の半身。デイジーがマイルズを認める。
マイルズがデイジーの両手を持ち、強く回す。デイジーの両足が床から離れ、宙に浮く。
ワシが魚をとらえるときのように鋭いステップ、再会を喜ぶように回転、互いの力を確認し合うように何度もデイジーは宙に浮く。
デイジーがマイルズに支えられ頭が床につくぐらいにのけぞる。信頼した相手でないとできないポーズ。
音楽が止むと同時に、ブラボーという言葉が何度も響いた。
マイルズに支えられて起き上がると、いつの間に来たのか、精鋭部隊たちが部屋をのぞきこんでいる。
「お、お嬢、ブラボーです」
「最高でした。お嬢、素晴らしいっす」
みんな泣いている。
「なんで泣いてるの?」
周りの熱狂ぶりにデイジーはたじろいだ。
「そりゃだってお嬢。あれでしょ、どうせルークは踊れないんでしょ?」
「まあね、ルークはほら、ワルツ専門だから。こんな速くて激しいのは下品だって」
「ふざけんな、あいつ」
「処す」
廊下や窓の外で精鋭部隊や使用人たちが吠えている。
「お嬢はたったひとりで、練習を続けていたんですよねえ。あのステップを見れば分かりやすよ」
「一日も欠かさず踊らないと、あの体の切れは出ないっすよ、お嬢」
「それは、領主一族は全員そうしてるから。当たり前じゃないの。神降ろしのダンスだもん。神儀だもん」
「ご立派です」
「ついていきやす」
「みんな大げさ」
照れ笑いするデイジーの肩を、マイルズが抱く。
「いい踊りだった。これなら双頭のワシも喜ぶだろう。明日は王都の貴族たちの度肝を抜いてやろうぜ」
「う、うん。踊ることになったらね」
「お嬢よかったっすねえ。長年の努力がいよいよ明日報われるんすねえ」
「俺たち、ちゃんと会場にもぐりこんで手拍子足拍子で盛り上げますんで」
「お嬢、明日こそ幸せをつかんでくださいよ。俺たち見てますんで」
「お嬢、世の中にはね、お嬢のために必死に踊りを覚える男だっているんですからね」
「おい、お前ら。もういいから散れ」
マイルズがみんなを追い払う。
「なんだったんだ」
「それだけお前の踊りがよかったってことだろ。今日はよく寝ろ。ほら、これ。領地から今日届いた」
「えーなにこれ。わー、寝巻きだ。色んな鳥の刺繍がびっしり」
「領地の女性たちが少しずつ刺繍してくれたらしい。お前のやりたいこと10個目を応援したいってさ」
「うう、みんなが優しい」
「お前のがんばりは、みんな知ってる。傷ついたのも分かってる。今度こそ幸せになってほしいんだよ。ゆっくり寝ろ」
マイルズはデイジーの頭を軽く叩くと、伸びをしながら部屋を出て行った。
デイジーは私室に入ると、もらった寝巻きを広げてじっくり見る。柔らかな白い木綿のワンピースに、色とりどりの鳥たち。
領地の女性たちの優しさに胸が温かくなる。
着替えてベッドに入って目をつむると、刺繍の鳥が飛んでいく。
「タシギが一羽、コウノトリが一羽、シュバシコウが一羽、海ワシが一羽、アオサギが一羽、ハヤブサが一羽」
なかなか眠れない日々を過ごしていたデイジー。鳥を数えている内にいつの間にかぐっすりと眠りに落ちた。
ルークとフィービーの抱き合ってる夢も見ず、朝まで熟睡できた。
目覚めたとき、頬が涙で濡れているということもなかった。
久しぶりに、目の下のクマが消えた。
みんなの愛で「婚約破棄までにしたい10のこと」10個目、「よく寝る」が実現できたのであった。
「よし、やるぞ」
デイジーは、夜会に向けて最後の仕上げをしていく。




