19. 真実を求める
デイジーの屋敷に久しぶりに辺境女子四人が揃った。
「キャー、久しぶりー」
四人は抱き合う。それぞれ、忙しく過ごしてきた。夜会までのやることリストを潰すのに必死だったのだ。
まずデイジーが成果を伝える。
「令嬢たちへの根回し、ほぼ終わりましたー」
「さすがデイジー」
「素晴らしい」
「お疲れー」
デイジーの次にリコリスが報告する。
「主要貴族に極上の馬を売りつけ、世話役の馬丁も潜入させましたー」
「リコちゃん最高」
「手際がよい」
「でかしたー」
次はペティー。
「王都の包囲を完了しました。もちろん潜伏してるのでバレておりませぬ」
「ええー、ペティーちゃーん」
「ペティーちゃんとこの戦闘力は超ド級」
「さすがプロ」
最後はエリカ。
「アタシはみんなに比べたら地味だけど。夜会の間、王宮中を眠らせるだけの薬は用意したよ」
「エリカすこい、全然地味じゃないー」
「信じてたよ」
「かっこよ」
お互いを褒め称え合った後、デイジーは厳かに告げた。
「朗報。我々、令嬢たちから素晴らしい四人を意味するファブフォーと呼ばれていた件」
「詳しく」
「ファブフォーっておいしいやつ?」
「チーズフォンデュ的な?」
「私と同じこと言ってる」
デイジーは苦笑しながら、令嬢たちから聞いたことを説明する。三人は懐疑的な表情のままだ。
「デイジー、騙されてないか? ファビュラスフォーじゃなくて、ハブられフォーじゃないんか?」
「誰がうまいこと言えと」
「ちょっとリコリスやめてよ。アタシらのぼっち王都生活を強調しないで。誰からもお茶会に誘われないアタシたち」
エリカがイタタタと胸を押さえる。
「朗報。令嬢たちは誘いたかったけど、王家から止められていたらしい件」
「それって、悲報じゃないかな」
「王家って誰? ルーク?」
「既に最低ヤローなのにもっと悪化するとは」
「それがさあ、色んな令嬢たちの話を聞いて総合的に判断すると、ローズ王妃かフローレンス王女のどっちかなんだよね。どういうつもりなんだろ。悪意があってのことなのかなあ。おふたりのことは未来の義母、義姉として慕ってたんだけどな」
ルークから女として見られていなかったのは仕方がない。人には好みってものがあって、私がルークのタイプじゃなかったってことだ。どうしようもない。
でも、それとこれとは話が違う。
婚約して家族になるというのに、家族ぐるみで私のことを社交界から排除していた?
どういう理由か知らないけど、私だけじゃなくリコリス、ペティー、エリカまでまとめて?
これが王家のやること? いったいどんな意味があってそんなことを?
辺境に生まれるということは、そんなにも罪深いことだとでも言うのだろうか。
落ち込む私を、三人は代わる代わる抱きしめてくれる。
この三人がいてくれるなら、なんだってできる。
「決めた。ローズ王妃は今王都にいらっしゃらないから、フローレンス王女に直接聞いてみる。夜会に集中したいから、モヤモヤは先に解消しておきたい」
「一緒に行こうか?」
「黒い森の特殊工作員を派遣しようか?」
「自白剤いる?」
「ありがと。大丈夫、マイルズ兄さんと一緒に行く。兄さんめちゃ強いし、兄なら同行してもおかしくないし」
デイジーは真実に向き合う覚悟をした。
***
フローレンス王女は国民人気が高い。弟のルーク王子と同じく白銀の髪に紫色の瞳を持つ。王族らしい高貴な容姿だけど、愛嬌のある地に足の着いた性格で民から慕われている。ややフワフワしている弟がきちんと立太子するまで支えると、いまだ独身を貫いている点も信頼を置かれる理由だ。
丸い目でじっと話し相手を見つめ、核心を突いた発言をするところが、フクロウっぽいなとデイジーは思っている。フクロウは邪気をはらう聖なる鳥でもあり、王女の神秘的なたたずまいともよく似ていると思っていた。
その母、ローズ王妃殿下のこともデイジーは敬愛している。美しくて優しくて、完璧な王妃。この方のような王妃にならなければと、自然と思わせてくれる理想のモデル。
デイジーはふたりのことが大好きだった。ああ、過去形にしたくないのよ、デイジーは心から思う。どちらかなのか、どちらもなのか、それとも。
「兄さんはここで待ってて。フローレンス様と二人きりで話したいの」
「おう。誰も入らぬよう見張っていよう」
デイジーはふたりが己に悪意を持っていないことを心から願いながら、体調不良で寝込んでいるらしいフローレンス王女の私室に入っていく。
一歩足を踏み入れて、デイジーは一瞬息が詰まった。最高級の家具が揃う上品な部屋は、濃厚なバラの香りに包まれている。
ああ、これか。ここまで濃密であればさすがによく分かる。
アレクが言っていたバラの毒香を、デイジーは体内に入れないよう息を止めた。
「空気を入れ替えますわね」
窓を開け新鮮な空気を吸い込み、元凶のバラを花瓶から抜き窓の外から投げ捨てる。
「新しいお花をお持ちしましたのよ」
ブルーメン伯爵が喜んで作ってくれた花束。デイジーの花を中心に香りがあまり強くないものにしてもらった。
窓から呼びかけ、部屋にフクロウを招き入れる。夜行性のフクロウは真っ昼間に呼び出され不機嫌な様子だけど、デイジーとフローレンス王女のために景気よく羽ばたき、空気を浄化し、羽根を落としてくれる。
デイジーはフローレンス王女の額から鼻筋を羽根でなぞる。
「邪を払い、福を呼べ」
フローレンス王女の目に光が戻る。
「ああ、デイジー。よく来てくれたわね。羽根のおまじない、久しぶりだわ。なんだか気分がスッキリしたみたい」
「よかったですわ」
デイジーはベッドに寝ていたフローレンス王女を助け起こし、背中側にたくさんのクッションを置く。
フローレンス王女はデイジーをじっと見つめる。
「そういう服を着たデイジーは初めて見たわ」
「ピンクはもうやめました」
「そうなの? 白のシャツに紺のスカート。キリッとしてよく似合っているわ。デイジーは背が高いから、シンプルな服を着ると知的でかっこよく見えるのね。新しいデイジーも好きよ」
「ありがとうございます。実はこれ、スカートに見えますが、ズボンなのです。キュロットスカートですわ」
デイジーが片足を大きく横に振り上げて見せると、フローレンス王女は両手を合わせて「素敵」と感嘆の声を上げる。フローレンス王女のこういうところが好きだ。デイジーがちょっとお転婆な仕草をしても、咎めたりせずに受け止めてくれる。
「次の夜会は紺色のドレスにしようと思ってます」
「あら、本当にピンクはやめたのね。いいじゃないの。紺はあなたの色だわ。海の色だもの。リュベナー領の海、一度見たわ。深くて底が知れなくて、普段は穏やかだけれど荒れると恐ろしい海。デイジーそのものね」
「まあ」
こういうところだ。デイジーがフローレンス王女に畏敬の念を抱くのは。デイジーが隠している性質を易々と見抜く洞察力。この人が敵側だったとして、戦えるだろうか。勝てるだろうか。
ひとりでなら無理だ。でも、親友と家族がいる。
「ルークとはうまくいっているの? あの子ったら、反抗期みたいでわたくしを避けているのよ。困った子」
「そうですね」
あなたの最愛の弟とその側近たちは辺境四領地を敵に回し、王権の維持と王都の安全を風前の灯火となさいましたわ。彼の本質を見抜けなかった自らの不明は恥じているところですが、王族の皆々様の目も曇っていたのではないかしら。なんて言葉はもちろん口に出さない。
「わたくし、辺境女子だけでなく、最近は色んな令嬢のお茶会に参加していますの」
「友人が増えるのはいいことよ、デイジー」
「わたくしもそう思います。ただ、令嬢たちが少し気になることを。わたくしは王子妃教育で忙しいから、お茶会には誘わないようにと、王家から通達があったそうですわ。いったいどなたかしらと」
「ああ、それね。わたくしよ。お母さまと話し合って決めたの」
「まあ」
デイジーは床が揺れたような気がして少しよろめいた。フクロウが飛んできてデイジーの肩にとまる。フクロウの翼がデイジーの頬をくすぐった。
「デイジー、あなたが王都に来た頃、顔色がとても優れなかったわ。調子が戻るまでのあいだ、みなさん興味をお控えになってね、と前のめりな貴族たちをけん制したの」
そうだったんだ。グレン叔父様の家で時間をかけて王都の生活に慣れていけたのは、フローレンス様のお心遣いがあったからだったのね。
「でも、確か半年後ぐらいには解除通知を出したはずよ。デイジーが王都に慣れて、顔色が元に戻って笑顔がよく見えるようになった頃かしら」
「そうですの」
おかしい。でも王女が嘘をついているようにはとても見えない。
だとしたら、解除通知を揉み消した誰がいる?
フクロウがデイジーの肩から飛び、フローレンス王女のベッドの上に降り立った。ちょんちょんとベッドの上をジャンプして探索している。
「なんてかわいいの」
フローレンス王女が伸ばした手に、フクロウが羽根を載せる。
「よかったですわ」
デイジーは心から言った。フクロウがここまで好意的なのだ。フローレンス王女は敵ではない。森の叡智と呼ばれるフクロウは、デイジーの敵を見過ごさない。
さて、フローレンス王女はルークと私、どちら側に立つだろうか。見極めなければ。デイジーはフローレンス王女の丸い目をそっと見た。フクロウによく似た、丸い目を。
しばらくして王女の部屋を出ると、マイルズが廊下の向こうの方で侍女を拘束していた。
「マイルズ兄さん、何してるの!?」
「ああ、なんかヤバいバラを運び入れようとしていたんでな」
侍女の手には、デイジーがさっき投げ捨てたフィービーローズの花束。侍女はキッとした表情でマイルズをにらむ。
「殿下つきの侍女にこのようなことをして、許されるとお思いですか」
「証拠がこれだけあれば許されるだろうよ」
そういうと、マイルズは花束の中から薬瓶を取り上げる。
「あ、それは」
「これはこれは。話は別の場所でゆっくり聞かせてもらおうか?」
侍女が青ざめ口をつぐむ。
「すごい、マイルズ兄さん。大手柄じゃん」
「まあなあ。ついてた。これがカモ葱ってやつだな。証拠つきで怪しい奴が手の中に飛び込んできたぜ」
マイルズが得意そうに言いながら、薬瓶を眺め、眉をひそめた。
「おいデイジー。ことは俺たちが思っているよりだいぶデカい話かもしれねえな」
薬瓶の蓋に刻まれた紋章を見せてくる。
「見ろ。これは、アドラーベルグのものじゃねえ」
「この国のものじゃない? どういうこと?」
「帝国だ。息のかかったものが、王国に入り込んでいるってことかもな」
まさか、そんな大物が出てくるなんて。
「まあ、これでいろいろつながったか? 宰相のジジイが密かに通じて売国活動に勤しんでいた取引先が、ようやく絞り込めそうだぜ」
マイルズがにんまりし、侍女は小刻みに震えている。
「夜会イベントがどんどん派手になりそうだわ」
「そうだな。お前ならいける。ぶちかませ」
デイジーはマイルズの掲げた手に拳を当てる。




