18. 味方を増やす④ 話に花を咲かせましょう
夜会当日まで残りわずか。デイジーは多忙を極めていた。やることが山積みで、睡眠時間を削りに削りまくっていた。
ルークのために王子妃教育を受け始めた当時を思い出す。でも、同じ忙しさでも今とあの頃とでは大違い。
三歩下がってルークを立てる、従順な淑女のふりはもうしない。
王都の色、王家の価値観に染まる、自我のない人形はもういない。
王都のいいところは受け入れつつも、領地で育んだ個性を無理に変えない。
前よりずっと強くなった。それが誇らしい。
今日は令嬢たちとお茶会を開いている。
いつもの辺境女子ではない。王都で生まれ育った、淑女中の淑女たちだ。
デイジーはちょっぴり緊張している。
だって女子は鋭いもの。私の企みを見抜いてしまうかもしれないもの。でも、婚約破棄イベントで華麗に返り討ちするには、女子を味方につけなければならない。
これまでに夜会当夜の食事、給仕、楽団、花屋、宰相派貴族、警備兵を懐柔してきた。
今までみたいにうまくいくかしら。ううん、きっと一筋縄ではいかない。お高くとまった都会女子の、一流の冷笑を浴びるのだろうか。それとも、完璧な笑顔で軽く受け流されるのかしら。話しているようで、中身はなにもない、ただ上辺だけのおしゃべりの時間が過ぎるのかしら。
どんなお茶会になろうと、なにかしら爪痕を残してやるわ。
デイジーは、やると決めたら何が何でもやりぬく不屈の女なのである。
今日のデイジーは新しく仕立てたワンピースを着ている。デイジーの肌色に近い象牙色のワンピース全体に花の刺繍が施されている。拳大の花は赤紫や水色のデイジー。例の服屋が全力を出した逸品である。店員さんたちは絶賛してくれたし、鏡を見てデイジーも我ながら似合っているわと思った。でも、都会的センスあふれる王都の令嬢たちはどう思うだろう。
なにはともあれ第一印象。ダサいと思われたら失敗よ。
いざ!
と、身構えていたのだけれど――
「まあ、デイジー様、なんて素敵なワンピース」
「お似合いですわ。花の妖精のようですわ」
あ、あれ? あららら?
「わたくしも似たようなワンピースがほしくなりましたわ。もしおイヤでなければ、仕立て屋をご紹介いただけないかしら」
都会女子、めっちゃ優しいんですけどー。どういうことー。
「もちろんですわ」
令嬢たちの表情にウソはないように思える。
デイジーはホッと胸を撫でおろす。よかった、ダサいと思われなかった。
令嬢は少し興奮したように、頬を赤くして手を胸に当てる。
「わたくしのお茶会にデイジー様が参加くださるなんて。驚きましたわ」
「わたくし、このお茶会に参加できてよかったですわ。デイジー様とお近づきになりたい令嬢たちがうらやましがると思いますわ」
「デイジー様は王子妃教育がお忙しいので、お茶会にはお誘いしないようにって王家から通達がありましたのよ。ですから、今までは遠慮しておりましたの」
「まあ、王家がそのような通達を? まさかルークが?」
「いいえ、殿下ではございません。当家に届いた通達では、その、もっと上の……」
まって――ルークより上?
それってもう王妃のローズ殿下か、ルークの姉フローレンス王女殿下しか思い当たらないんですけど。
「知りませんでしたわ。わたくしは皆さんとお話したかったですのに」
誰か知らんけど、どういうこっちゃー、なに勝手なこと言ってくれちゃってんの。デイジーの心の中は荒れ狂った。デイジーはお茶をゆっくりと飲み、怒りを抑える。
「わたくしてっきり、辺境から来た田舎者は王都では受け入れられないと思っておりました。都会の流行は分かりませんし」
「あら、デイジー様がそんなことを思っていらっしゃったなんて。今日は驚いてばかりですわ」
「わたくしたちこそ、辺境の尊き四人とはとてもお近づきになれないと恐れおののいておりましたわ」
「アドラーベルグ王国のファブフォーですものね。まぶしすぎて直視するのも恐れ多いです」
令嬢が両手を顔に当て、指のすきまから恥ずかしそうにデイジーを見る。
「ファブフォーってなんですか?」
初めて聞いた言葉だ。ファブフォー、チーズフォンデュの亜流かしら。
「異国の言葉ですわ。ファビュラスフォー、素晴らしき四人という意味ですの」
「まあ、そんな」
そんなまさかまさか。我ら辺境女子、田舎者のハミ子だと思ってたのに。まさかの憧れの的だったらしい。にわかに信じがたい。騙されてるんじゃなかろうか。そんな虫のいい話があるかね。
デイジーは冷静になろうとお茶を飲む。お腹がタプタプしてきたけれど、気にしている場合ではない。今日の目的をきちんと説明しなくては。
でもまあ、こんなに人気なら話は早そうね。
「実は、本日は次回の夜会の新しいドレスコードをお持ちいたしましたの。重要な変更点はふたつですわ。お好きな色をお召しになってください。そして、皆さんのお名前にちなんだ花束をお持ちください」
デイジーが誠意を込めて言うと、令嬢たちは感極まった様子で拍手する。
「素晴らしいですわ。ありがとうございます」
「デイジー様、さすがでございます」
「聖女の顔も三度までと申しますものね。デイジー様、よく今まで我慢なさいましたわね」
予想よりも熱狂的な反応にデイジーは面食らった。
「あ、あら、そんなにご賛同いただけるとは、予想外でしたわ」
「だって、もううんざりでしたもの」
「ええ、もういい加減にしてくださいなって思ってましたわ」
「なんとかのひとつ覚えのように、ピンクピンクピンク」
令嬢たちが深々とため息を吐く。
「そういえば、ピンクでしたわね。ルークがピンク好きだったからでしょうね」
恋に目がくらんでいて深く考えたことがなかったデイジーであった。
「わたくし、郷に入っては郷に従えで、特に疑問も持たずピンクを着ておりましたわ。王都ではピンクを着るのがルールなのだと思っておりました」
「大きな声では言えませんが。毎回ドレスコードにピンクを指定するのはやりすぎだと思いますわ」
「いくら殿下でも、全令嬢にご自分の趣味を強要するのは美しくありませんわ」
「空気を読むのが得意なわたくしたちでも、限度というものがございますわ」
令嬢たちは小さな声でささやいた。令嬢たちとの距離がグッと縮まったような気がして、デイジーは胸がいっぱいになる。
令嬢たちは手を合わせて夢見るような表情を見せる。
「やっとピンクからおさらばですわあ」
「ああ嬉しい。何色のドレスにしようかしら」
「デイジー様は何色になさいますの?」
令嬢たちが興味津々な様子でデイジーを見つめる。
「多分、紺色にすると思いますわ。地味かしら?」
「デイジー様は紺色がお似合いだと思いますわ」
「デイジー様の美肌が引き立つのではないかしら」
「デイジー様の大きな瞳がより一層映えるに違いありませんわ」
令嬢たちに力強く肯定され、デイジーは心が軽くなった。王都で生まれ育った流行に詳しい令嬢たちが言うなら間違いないではないか。
デイジーは勇気づけられ、もうひとつ大事なことを告げることにした。
「夜会でおもしろいイベントが起こると思いますの。詳しくは言えませんが、ぜひ楽しんでいただけると嬉しいですわ」
令嬢たちは目を丸くし、その後ニッコリと微笑んだ。
「お任せくださいませ。寄らば大樹の陰がモットーのわたくしですが、デイジー様のおひざ元でなら全力で盛り上げますわ」
「楽しみですわあ。長い物には巻かれまくるわたくしですが、デイジー様にだったら喜んで巻かれますわ。グルグルですわ」
「高速手のひら返しが得意技なわたくしですが、デイジー様のことは裏切りませんわ。誓いますわ」
「まあ、皆さん、ありがとうございます」
令嬢たちの大げさで全開な媚びは、ちっともイヤじゃなかった。ツンとすまして見える都会の令嬢たちも、中身はかわいいものやおもしろいことが大好きな女の子だって分かったから。
「もっと早く、こういう機会を持っていられればよかったですわ」
「ウフフ、そうですわね。でも仲良くなるのに遅すぎるなんてありませんわ」
「ええ、これからたくさんお茶会で話に花を咲かせましょう」
「次回はファブフォー全員集合でお願いいたしますわ」
令嬢たちへの根回しはこうして着々と進んだのであった。




