17. 味方を増やす③ 高嶺の花
アドラーベルグ王国の王都。
日が沈みかけた時、ひとりの男が仕事の準備を始める。男は夜警だ。
夜警の仕事は日没から夜明けまで。愛犬を連れて持ち回りの地区を巡回する。きつい仕事だ。給料もたいしてよくない。だが、人づき合いが苦手、人より犬の方が好きな変わり者には向いているかもしれない。
男は服を着て靴を履くと、足首、太もも、腰、背中に様々な短剣を仕込む。腰ベルトにカギ束と懐中時計をつけ、首から角笛をかけ、ポケットに拍子木を入れる。水入りの皮袋、ウィスキーの入った水筒、パンをふたつ、燻製肉を四つ、チーズひとつ、リンゴひとつをカバンに詰め込む。帽子をかぶり、コートを着て、最後に黒いマントを羽織る。
長い槍とランタンを持つと、愛犬に声をかけた。
「行こうか」
愛犬は尻尾を振って応える。扉を開けると、外には犬が三匹待ち構えていた。他の夜警の犬たちだ。
「またかよ」
男は舌打ちする。
「あいつら、いったいどうしちまったんだ。さぼりすぎだろうが」
ここのところ、こういうことがよくある。急病のときなんか、犬に他の夜警の家に行ってこいと命じれば、犬も心得たものでちゃんと行き、他の夜警の指示を受けて警備をする。犬は頭がいいからな。
「あいつら三人とも、マジでやる気ねえな。どうせ病気でもねえんだろ。だったらせめて犬連れてここまで来て、すまん代わりに警備してくれってお願いするべきだろうが。さぼった上に、犬だけ寄こしやがって。ふざけんな」
月に数回であれば、まあお互い様だから受け入れるが、週に数回は多すぎる。
「そろそろ上司に報告するか。気は進まねえけど」
滅多に会うことはない、犬子爵の渋面を思い浮かべげんなりした。
男は気を取り直して歩き出す。王都は広い。ひとりで四人分の地区を見るとなると、休憩なしで歩き続けなければならない。男は速足で一番近い東の城門に向かう。
東門をリュベナー家が守っていた頃が懐かしい。あいつらは気のいいやつらだった。いつのころからか、たしか王都にバラばかり咲くようになった一年前くらいか。犬子爵が全部の城門を管理することになってしまった。そこから、色んな事が悪くなる一方。
男は歩きながら両腕を伸ばし、深呼吸する。
今夜はそれほどバラの匂いがきつくないな。ありがてえ。バラは朝日が上がるころ匂いが強くなる。夜はあまり匂いがしないからマシだ。夜中の警備でよかった。バラの匂いの中で歩き回るのはごめんだ。想像しただけで頭がくらくらする。
王都がバラの香りに覆われる前は、犬子爵もまともだった。今ではろくに夜警の監督はしねえし、給料の支払いも遅れるもんだから、まともな夜警はやめちまった。おかげで今は怠け者しかいねえ。
王都を東西南北に分けて、四人で警備するはずが、今夜みたいに俺ひとりで歩き回る夜が増えてる。
王都は夜になると城門を閉じ、誰も出入りできない。四つの城門では数人の門番が夜通し見張りをしている。東門に近づくと、防御塔から男が三人降りてきた。珍しいな。いつもは防御塔の中でカード遊びをして飲んだくれてるのに。
「おう、久しぶりじゃねえか。元気そうだな」
ランタンを掲げると、懐かしい顔が三つ。
「あれ、どうしたんすか?」
「元に戻ったんだよ。東門は、これからはリュベナー一族が見張る。この一年、犬子爵家に門を任せたらろくなことがねえって、苦情が多かったらしい。お前さんにも苦労かけたな。ほい」
投げられた布袋を受け取る。ずっしりと重い。
「え、こんなにいいんすか?」
「いいんだよ。きっつい仕事で賃金も少ないんじゃやってられねえだろ。給金も遅れがちだったんだろう。しかもお前ここんとこ、四人分働いてたんだってな。その分、諸々上乗せしてる」
「知ってたんすか」
気づいている人がいることに驚いたし、正直嬉しかった。真面目に働いても意味ねえって思い始めたところだったから。
「ああそうそう。他の夜警はクビにしたんだ。酔っ払いには任せられねえ。後任が決まるまで、わりいけどひとりでやってくれるか? その代わり、お前さんは城壁に沿ってぐるっと回ってくれりゃあいい」
「え、それじゃあ街中は誰が」
「俺たちの仲間が警備する。任せとけって。今日だけは、東門、南門、西門、北門まで行ったら、またここに戻ってくれ。ここで他の夜警の犬を預かる。お前の家に犬四匹は狭いだろうからな」
「そうっすね。俺とこいつでいっぱいいっぱいなんで」
「そのうちもうちっと大きい部屋に住めるように手配してやるよ。待ってろ」
「マジすか」
「おお、マジマジ。うちのお嬢がお前さんのことを聞いてブチ切れててな。かわいそうじゃないのーって言ってた」
「マジすか」
よく分かんねえけど、マジか。お貴族様のお嬢様が、俺なんかのことを。マジか。
「あとこれ、プレゼントだ。一年間よく辞めずにとどまってくれたな」
「これは、笛?」
「ああ、やべーときに吹きな。誰かが助けにくる」
「ありがてえっす」
「ほい、あと焼き魚。歩きながら食いな」
門番が紙包みをくれる。まだホカホカだ。香ばしい匂いに犬たちがちぎれんばかりに尻尾を振っている。
「焦るな焦るな。お前らの分もある。お前らのは冷めてるからな。ガツガツ食っちまえ」
四匹の犬たちの前に焼き魚が投げられる。犬たちは夜警の合図を待ってから、魚にかじりつき、あっという間に食べ終わった。口の周りをペロペロさせている犬たちを見て、夜警は涙がでそうになる。
「あれだってな。この一年、差し入れもなかったんだって? あいつら、ひでえな」
門番に肩を叩かれ、夜警はうつむく。この一年、下に見られまくって、蔑まれてきた。夜警なんてくだらねえ仕事だって言われてるみたいだった。ふたつのパンを、自分と犬四匹で分けたこともあった。ずっと腹が減ってた。
「夜警や門番のおかげで、王都の民はぐっすり眠れるんだぜ。夜警がいなきゃ、窃盗と放火が野放しだぜ。それを忘れてるやつらがいるんだ。許せねえよな」
「お嬢がな、夜警の人数をもっと増やして、夜勤と日勤を交互にできるようにしたいってさ。体を慣らすのが大変だろうからさ、例えば夜勤二週間、一週間休み、次の二週間は日勤みたいな」
「マジすか。なんか、ちゃんとした仕事みたいじゃねえすか」
「なに言ってんだ。夜警はちゃんとした仕事だろ」
「ありがてえっす」
「おお、他門のやつらによろしく言ってくれ。一年前と同じく、西門はケルニー領、南門はマルコンニ領、北門はハイデルベア領が受け持つからな」
四匹の犬と共に南門に向かう。城壁の上に見える月はいつになくきれいだ。焼き魚は塩気がききまくっていた。もしかしたら、泣きながら食べたからかもしれねえ。
「高嶺の花過ぎて俺がそんな風に思うなんて失礼かもしれねえけど。デイジーお嬢様のために俺は王都を守る」
犬たちが尻尾を振る。犬は主人を見極める力があるからな。俺たちの主はデイジーお嬢様だよな。




