第八話 「世界の修正係は、だいたい“説明書を読まずに現実を運営している人類”にキレています」
深夜零時十二分。
高知県西部。
道の駅サニーランド。
潮風が少し強くなっていた。
海の音が近い。
いや。
正確には、“空間の奥行き”が薄くなっていた。
世界の境界が緩む時、音は妙に遠くから近づいてくる。
普通の人間は気づかない。
だが。
ノベェンタはラーメンを啜りながら気づいていた。
「……位相ノイズ増えてますね」
理沙が箸を止める。
「また厄介そうなの来た……」
「はい。しかも今回は、“観測同期率”側が崩れ始めてます」
鷺宮が眉をひそめる。
「その単語、毎回なんとなくで聞いてるからね?」
ノベェンタは真顔だった。
「人間って、“同じ現実を見てるつもり”で結構別物認識してるんですよ。脳って録画装置じゃなく、“辻褄合わせ型の物語生成器”なので。だから会議後の議事録確認で毎回軽く揉めるんです。あと金魚の記憶三秒説は俗説で、普通に数ヶ月単位で覚えます」
理沙が即座に返す。
「最後で脳の処理ズラすな!」
「認知負荷緩衝材です」
その瞬間。
カラン。
暖簾が揺れた。
だが。
誰も入ってきていない。
いや。
“入ってきたことになっていない”。
空気だけが変わった。
妙に整っている。
椅子の向き。
風向き。
湯気の揺れ方。
全部が綺麗すぎた。
ノベェンタが小さく呟く。
「……なるほど。“整え系”ですか」
理沙が嫌そうな顔をする。
「分類が美容家電みたいよ」
「世界って、“雑音込み”で安定してるんですよ。でも時々、“ノイズを全部消せばもっと美しくなる”って考える存在がいる」
その時。
店の奥。
さっきまで誰も座っていなかった席に。
“気づいたら座っていた”。
黒スーツ。
黒ネクタイ。
黒手袋。
年齢不詳。
性別不詳。
そして顔が覚えられない。
見た直後から輪郭が曖昧になる。
だが。
一番異常なのは。
そいつが普通にラーメンを食っていることだった。
ズルズル。
妙に綺麗な食べ方。
監査するように麺を啜っている。
「……鶏油層が〇・八ミリほど厚いですね。深夜帯湿度との相互作用を考えると、今日の香気保持率は通常比一三%前後向上している可能性があります。あと人類は温かい汁物を摂取すると副交感神経優位へ移行しやすいので、ラーメン屋で大規模暴動起きにくいんですよ。ちなみにペンギンは仲間を鳴き声で識別しています」
全員止まった。
理沙が呟く。
「増殖したぁ……」
鷺宮が肩を震わせる。
「相性良すぎるでしょこの二人」
ノベェンタだけが、少し嬉しそうだった。
「なるほど〜。あなた、“情報補完型”なんですね」
黒スーツがレンゲを置く。
「修正係です」
「正式名称は?」
「《観測整合維持局 第七補正執行室 統合現実監査官》」
ノベェンタが頷く。
「長いですね」
「あなたもです」
理沙が即座に返す。
「そこで意気投合すな!」
監査官は静かにノベェンタを見る。
だが視線が合わない。
焦点が存在しない。
「境界断ちのノベェンタ」
「はい」
「あなたの存在は現在、“現実整合率”を平均二・七%低下させています」
「意外と低いですね。もっと行ってるかと思ってました」
「一般人類の認識補正能力が優秀なので」
「日本人、“見なかったことにする能力”高いですからね。満員電車文化って、ある意味高度な認識遮断訓練ですし。あと町内会って実質ローカル位相維持装置ですよね。ゴミ出しルール崩れると地域空気悪化するので」
「回覧板システムは合理的です」
「ですよね」
理沙が頭を抱える。
「なんで町内会で盛り上がるの!?」
監査官は淡々と言う。
「我々は敵対を目的としていません」
「じゃあ何しに来たんです?」
「修正です」
「何を?」
監査官は当たり前のように答えた。
「あなたが“存在しなかったこと”になる方向へ」
空気が沈む。
鷺宮の目が細くなる。
理沙が一歩前へ出る。
だが。
ノベェンタだけは普通だった。
「あー、なるほど。観測履歴側から消すタイプですか。確かに効率いいですね。人間、“最初から存在しなかったもの”に対しては違和感持ちにくいので。あと冷蔵庫の奥で食材腐る現象って、視界から消えることで脳内優先順位落ちるかららしいです」
監査官が少し間を置く。
「最後の雑学必要ですか?」
理沙が即答する。
「そこは気になるんかい!」
「認知負荷緩衝材です」
監査官が静かに言う。
「あなたの会話構造、非常に非効率です」
「そう見えます?」
「はい」
ノベェンタは少し笑った。
「でも人間って、“意味だけ”では長時間会話できないんですよ。雑談や脱線って、一見ノイズに見えて実際は“相互認識の位相調整”なんです。だから会議前に天気の話する文化が世界中にある。あと猫が人間へお尻向けるのって信頼表現らしいです」
監査官が少し反応する。
「……猫は液体です」
理沙が即座に返す。
「急にネットミーム入ってきた!」
「狭所通過能力が異常なので」
「確かに」
鷺宮が吹き出す。
「もうダメだこの空間」
監査官はレンゲを置く。
その瞬間。
空気が変わった。
駐車場の音が遠くなる。
存在密度が下がる。
「現在、“外側”が現実側を認識し始めています」
ノベェンタの目が細くなる。
「やっぱり」
「通常、世界は閉じています。しかし近年、人類全体の認識構造が不安定化している」
「情報過多ですね」
「はい」
監査官は頷く。
「SNS。短文刺激。陰謀論。終末論。高速感情拡散。人類は現在、“自分で自分の現実同期率を削っている状態”です」
ノベェンタが静かに言う。
「なるほど……つまり現代インターネット環境って、“集合的認識位相の常時振動状態”なんですね。本来、人間社会ってローカル共同体単位でゆっくり同期してたんですが、現在は世界規模で感情と情報がリアルタイム衝突してる。しかも人類の脳って石器時代仕様なので、地球裏側の炎上情報まで処理するよう設計されてないんですよ。あと鳩は意外と数学できます」
「鳩は確率判定能力が高いです」
「ですよね」
理沙が机を叩く。
「なんで鳩だけ理解速度速いの!?」
その時。
監査官の輪郭が少しブレる。
ノベェンタが気づく。
「……あなた、結構無理してますね」
「何がです」
「その存在固定。かなり薄い層から来てる」
監査官は少し沈黙した。
「観測されることに慣れていません」
「でしょうね」
「我々は通常、“認識されない側”なので」
ノベェンタは少し考える。
そして監査官のラーメンを見る。
スープは半分ほど減っていた。
「……どうです?」
監査官が止まる。
「何がです」
「ラーメン」
数秒の沈黙。
監査官は真顔で答えた。
「塩分濃度と脂質構成比が、人類疲労時の快楽閾値へ極めて効率的に作用しています。あと温かい汁物は“生存継続確認”として機能するため、文明圏における心理安定効果が高い。ちなみに味噌の発酵臭は地域共同体帰属感と結びつきやすい傾向があります」
理沙が即座に返す。
「感想まで論文形式なん!?」
ノベェンタの目が少し輝く。
「なるほど〜。やはり“食事”って単なる栄養摂取じゃなく、“現実への再接続行為”なんですよね。特に深夜ラーメンって、“今日はまだ世界側へ戻ってこれた”確認作業に近い。あと人類、鍋料理囲むと会話量増えるらしいです。共通容器による心理的境界緩和ですね」
「合理的です」
「ですよね」
理沙が遠い目をする。
「もうこの二人だけ別の同期してる……」
鷺宮が笑いながら言う。
「おもしろいねぇ。“世界の修正係”がラーメン食って現実肯定してるの」
監査官は静かにレンゲを置く。
「……業務上必要な観測です」
理沙が即座に返す。
「絶対ちょっとハマってるでしょ!」
「否定はしません」
「しないんだそこは!」
だが。
その瞬間だけ。
ほんの少しだけ。
監査官の“存在の輪郭”が、人間側へ近づいていた。
しかし。
外の海だけは。
静かに、“こちら”を見ていた。
ちなみにWeb小説文化における「ブックマーク」と「評価」という行為、人類史的にはかなり面白いんですよね。
昔の物語って、基本的に“王侯貴族か宗教組織のスポンサー付き”だったんです。つまり創作者、「面白い作品を書けば読まれる」以前に、“まず飯を食える環境”が必要だった。
ですが現代インターネット文明、人類はついに「好き」を直接数値化して作者へ投げるシステムを作ってしまった。
ブクマ。
感想。
評価。
レビュー。
これ全部、“面白かった”を可視化するための現代型焚き火なんですよ。
特にWeb小説作者、“更新通知”と“評価ポイント上昇”で寿命が数日延びる傾向あります。MMORPGでレアドロップ出た瞬間テンション上がるのとかなり近い。あと深夜二時に「ブクマ増えてる……」を見ると、脳内で謎の生存肯定感が発生するので。人類、意外と「読んでる人いるよ」の一言で頑張れてしまう生物なんです。
なので。
もし少しでも面白かったら、
ブックマークや評価を頂けると、
作者のHPとMPと現実接続率がだいぶ安定します。
ちなみに創作者、「次も書こう」と思える最大理由、“誰かが続きを待ってる”なんですよね。
では。
あなたの読書人生へ、
少しでも妙な彩りを追加できていたなら幸いです。




