第六話 「人類は“半額”という概念に対して、あまりにも無防備です」
午後七時十二分。
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地方都市。
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駅前スーパー《フレッシュマート東浜店》。
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仕事帰りの会社員。
買い物帰りの主婦。
値引きシールを狙う高齢者たち。
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湿った床。
惣菜コーナーの油の匂い。
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閉店前特有の、
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“社会が少しだけ疲れている空気”
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が漂っていた。
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その中を。
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野部遠汰は、
カゴを持って歩いていた。
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スーツ姿。
くたびれたネクタイ。
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完全に普通の社畜だった。
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スマホには未読メール三十二件。
野村部長からの追撃チャット五件。
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だが。
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遠汰の目だけは、
妙に真剣だった。
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「……来ますね」
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惣菜コーナー。
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店員が、
値引きシール台車を押してくる。
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その瞬間。
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空気が変わる。
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ざわ……。
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客たちの重心が、
微妙に移動する。
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誰も声を出していない。
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だが全員。
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“その時”
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を待っていた。
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遠汰の灰色の瞳が細まる。
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「なるほど……これが日本型資本主義末端戦場ですか。興味深いですね。人類って“定価では買いたくないけど必要ではある”対象に対して異様な情熱発揮するので。あと半額シール貼られた瞬間、脳内報酬系が“得した”判定出すんですよ。つまり実際には“食料”だけじゃなく、“勝利体験”も同時購入してる。ちなみにラスベガスのカジノ設計にも似た心理誘導構造あります」
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早口だった。
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しかも今日の遠汰は、
普段より少しテンションが高い。
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理由は単純。
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今日は唐揚げ弁当が半額だからである。
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店員がシールを貼る。
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ペタ。
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瞬間。
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人類が動いた。
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スッ。
シュッ。
無言の圧力。
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遠汰の目が輝く。
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「来た!! やはり半額シール貼付後〇・八秒以内が勝負ですね!! 人類って“限定”と“残り少ない”へ本能的に弱いので、タイムセール空間だけ局所的に狩猟採集時代へ退化するんですよ!! あとスーパーの導線設計って視線誘導かなり緻密で、焼き立てパンの匂い流して購買単価上げる技術普通に使われてます!!」
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隣の買い物客が、
少し引いていた。
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だが遠汰は止まらない。
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「しかも唐揚げって冷めても味崩れにくいので惣菜界の覇者なんですよ!! 衣が油膜保持するので水分逃げにくいんです!! あと人類史的に“揚げ物”って祭り料理寄りなので、脳が幸福感強く感じやすい傾向あります!!」
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カゴへ半額弁当を入れる。
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勝確。
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完全勝利。
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その時。
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店内大型モニター。
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海外ニュース速報が流れた。
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『中東地域における武力衝突、停戦合意』
『両国代表による緊急共同声明——』
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店内客たちは、
「へぇー」くらいの反応だった。
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だが。
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遠汰だけが、
少し視線を止める。
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ほんの一瞬。
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灰色の瞳が深くなる。
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昨日深夜。
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遠汰は自宅で、
異常な情報流動を観測していた。
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軍事衛星データ。
SNS群集心理。
金融市場。
暗号通信。
国家認識誘導。
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全部が、
“ある未来”へ収束しかけていた。
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全面戦争。
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しかも。
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最悪の場合。
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“境界”が開く規模。
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人類全体の恐怖と憎悪は、
時々世界そのものを歪ませる。
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だから。
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遠汰は、
少しだけ介入した。
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本当に少しだけ。
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衛星監視タイミングをズラし。
匿名リークを流し。
境界能力で通信位相へ微弱干渉を入れ。
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“誤解が最大化される未来”
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だけを切断した。
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たったそれだけ。
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その結果。
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全面衝突寸前だった両国は、
“なぜか”冷静になった。
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表向きには。
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各国外交官の努力。
平和交渉。
偶然の停戦。
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そういうことになっている。
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遠汰は、
半額弁当を見つめながら呟く。
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「戦争って、“誰かが悪い”だけで起きること少ないんですよね。大体“恐怖”と“誤解”と“引けなくなった空気”が複合して暴走するので。あと人類、“謝ったら負け”を国家規模で始める時あるので普通に厄介です。ちなみにラッコはお気に入りの石を持ち歩くらしいです」
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最後まで言う。
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その時。
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スマホが震えた。
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九条理沙。
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『昨日、境界触った?』
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遠汰は少し考える。
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『0.4秒くらいです』
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『また世界規模?』
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『今回は小さいですよ』
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『ニュース見たわ』
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遠汰は、
惣菜コーナーを見る。
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半額シールを貼る店員。
群がる人類。
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平和だった。
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『人類って本来、わりと平和好きなんですよ』
『ただ、不安になると急に壊れるだけで』
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数秒後。
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『……顔色悪い理由、それ?』
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『寝不足です』
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『絶対それだけじゃないわよね?』
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理沙らしかった。
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やはり、
この人には誤魔化せない。
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その時。
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遠汰の視界が揺れる。
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ピシ。
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一瞬だけ。
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店内天井の向こう。
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黒い“目”が見えた。
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すぐ消える。
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だが。
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以前より近い。
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境界が薄くなっている。
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遠汰は、
静かにため息を吐く。
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「……まずいですね。現実世界側の認識汚染、じわじわ進行してます。あと人類って“疲れてる時ほど陰謀論ハマりやすい”ので、情報汚染と終末存在かなり相性良いんですよ。ちなみに睡眠不足三日で判断力ほぼ酔っ払いレベルになります」
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店員が、
少し困惑していた。
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遠汰はハッとする。
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「あ、すみません。独り言です」
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店員が、
少し笑う。
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「独り言にしてはスケール大きすぎるわね?」
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遠汰は軽く会釈して。
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半額唐揚げ弁当を二つ持って、
レジへ向かった。
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世界を救った数分後とは思えないくらい。
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足取りは、
ちょっと軽かった。
ちなみにWeb小説文化における「ブックマーク」と「評価」という行為、人類史的にはかなり面白いんですよね。
昔の物語って、基本的に“王侯貴族か宗教組織のスポンサー付き”だったんです。つまり創作者、「面白い作品を書けば読まれる」以前に、“まず飯を食える環境”が必要だった。
ですが現代インターネット文明、人類はついに「好き」を直接数値化して作者へ投げるシステムを作ってしまった。
ブクマ。
感想。
評価。
レビュー。
これ全部、“面白かった”を可視化するための現代型焚き火なんですよ。
特にWeb小説作者、“更新通知”と“評価ポイント上昇”で寿命が数日延びる傾向あります。MMORPGでレアドロップ出た瞬間テンション上がるのとかなり近い。あと深夜二時に「ブクマ増えてる……」を見ると、脳内で謎の生存肯定感が発生するので。人類、意外と「読んでる人いるよ」の一言で頑張れてしまう生物なんです。
なので。
もし少しでも面白かったら、
ブックマークや評価を頂けると、
作者のHPとMPと現実接続率がだいぶ安定します。
ちなみに創作者、「次も書こう」と思える最大理由、“誰かが続きを待ってる”なんですよね。
では。
あなたの読書人生へ、
少しでも妙な彩りを追加できていたなら幸いです。




