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『境界断ちのノベェンタ』 〜「観測者が意思決定した瞬間、世界線は収束します」意識高い系エリート社畜、たまに世界を救う  作者: nobunobuwo


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第二十五話 「人類は“細かい違い”を大量に抱えたまま共同体を維持しているので、完全統一へ向かい始めると逆にかなり不安定になるんですよね」


 ヒマラヤ山中。


 午後七時四十八分。


 標高四七〇〇メートル。


 既に太陽は沈み、

 空は群青を通り越して黒へ近づいていた。


 寒い。


 というより、

 世界そのものから熱量が失われている感じだった。


 ラミラの名前が戻った瞬間。


 黒い雲へ走ったヒビは、

 ゆっくりと空全体へ広がり始めていた。


『……何故』


 空から声が落ちる。


『何故、差異を維持する』


『同一化すれば争いは消える』


『境界があるから苦しむ』


 九条理沙が杖を握る。


「かなりしつこいわね……」


「はい」


 野部遠汰——ノベェンタは静かに空を見上げた。


「でも実際、“全部同じなら平和”思想って人類史でかなり繰り返されてるんですよね。宗教、国家、思想、企業文化、全部ある種“認識統一システム”なので。あと学校教育って、“最低限の共通世界認識をインストールする装置”でもあります。“赤信号で止まる”“順番守る”“文字を同じ意味で読む”とか、共同体運用上かなり重要なので。ちなみにネパールって百以上の民族言語系統ある多層国家なんですが、それでも何とか回ってるの、“完全統一”じゃなく“適当に共存する技術”が歴史的に発達したからなんですよ」


「今日かなり核心側へ雑学寄せてくるわね……」


「酸素薄いので脳の遠慮機能落ちてます」


「いつも大概よ」


 風が吹く。


 黒い雲。


 巨大な“口”。


 その輪郭が、

 少しずつ人間へ近づいていく。


 学習している。


 人類を。


 共同体を。


 そして。


 “優しさ”を。


『全て共有されれば』


『孤独は消える』


『争いも消える』


『ならば何故拒む』


 野部は少し黙る。


 それから。


 静かにラミラを見る。


「ラミラさん」


「……うん」


「お母さんのダルバート、辛いと言ってましたよね」


「うん」


「好きですか?」


 ラミラは少し考え。


 そして笑った。


「辛いけど好き」


「はい」


 野部は頷く。


「そこなんですよ」


 黒い雲が揺れる。


『……?』


「人類、“完全快適”だけでは長期幸福維持できないので。多少面倒で、多少癖あって、“でもこれ好き”みたいな認識かなり重要なんですよ。あと家庭料理って、“客観的に最適な味”より“その人の記憶”へ紐付いてる場合多いです。だから実家の味噌汁とか、外食で完全再現かなり難しい。つまり人類、“情報”ではなく“関係性”食べてる側面ある。ちなみにネパール山岳部、家庭ごとにスパイス配合かなり違います」


 九条が少し笑う。


「食べ物多いわね」


「高地ではカロリー摂取重要なので」


 その時だった。


 黒い雲が脈動する。


 村全体へ、

 黒い波紋。


 次の瞬間。


 村人達の顔から、

 一斉に表情が消えた。


 危険だった。


 今までより深い。


 “個”そのものを均質化する侵食。


 ラミラが震える。


「……お母さん?」


 母親らしき女性が、

 ゆっくり振り向く。


 だが。


 その目に、

 “ラミラだけを見る感情”が無かった。


『全て平等』


『全て同価値』


『特別は不要』


 九条が息を呑む。


「……まずい」


「はい」


 野部の灰色の瞳が細くなる。


「“特別”消し始めましたね」


「それそんな危険なの?」


「かなり危険です。人類、“平等”と“特別扱い”を同時運用してるので。法律上は平等でも、家族や恋人や友人には“この人だけは別”が存在する。逆にそこ消えると、共同体かなり脆くなるんですよ。あと親って、“全子供平等愛してる”と言いつつ、実際かなり個別対応してます。人類、完全均一化すると逆に関係維持困難なので。ちなみにネパールには“レッサーパンダ”生息してまして、あれ縄張り意識かなり強いんですよ」


 九条が止まる。


「急に動物来た」


「久々です」


「なんでちょっと嬉しそうなのよ」


 だが。


 野部は静かだった。


「レッサーパンダって、単独性強めなのに、完全孤立では生きないんですよ。適度な距離感で環境共有してる。つまり生物って、“完全統合”でも“完全孤立”でもなく、“程よい境界”で安定するケースかなり多いので」


 黒い雲が揺れる。


『境界は苦痛を生む』


「ええ」


 野部は即答した。


「でも境界ないと、“あなた”も消えるんですよ」


 空気が止まる。


 野部は続ける。


「人類、“この人は他人”だからこそ大事にできる部分あるので。全部自分なら、優しさ成立しません。“違う存在”だから、わざわざ理解しようとする。あと恋愛とか友情って、“別個体なのに近づこうとする行為”なので、実際かなり奇跡寄りです。ちなみにネパール高地には“ユキヒョウ”いますが、あれ基本単独行動なのに、完全孤立じゃなく生態系全体では繋がってるんですよね」


 九条が苦笑する。


「今日の動物、妙にテーマと噛み合ってる……」


「珍獣枠です」


「雑な分類ね」


 その瞬間だった。


 ラミラが母親へ走った。


「お母さん!!」


 抱きつく。


 小さい身体。


 震える声。


「私、ラミラだよ!!」


 母親の瞳が揺れる。


 黒いノイズ。


 侵食。


 だが。


 ラミラは泣きながら続けた。


「お母さん、辛いダルバート作るの!! でもヤクのミルク入れる時だけ甘くなるの!! あと寝る前、いつも変な歌うたうじゃん!!」


 空気が軋む。


 黒い雲が揺れる。


『……個別情報』


「はい」


 野部が静かに言う。


「人類、“どうでもいい記憶”で関係固定してるので。“好きな癖”“変な歌”“味付け”。そういう無駄情報が、“この人はこの人”を支えてる。あと長期関係ほど、“役に立つ情報”より“くだらない記憶”残る傾向あります。“何で笑ったか分からないけど覚えてる”とか典型ですね。ちなみにネパールのヤクバター茶、慣れないとかなり癖強いです」


「くだらない記憶が多い!!」


 だが。


 母親の瞳に、

 少し光が戻る。


「……ラミラ?」


「!!」


 黒い雲へ、

 さらに大きなヒビ。


 空が軋む。


『理解不能』


『何故そこまで個へ執着する』


 野部は静かに剣へ手を掛けた。


「はい。そこ、人類かなり面倒臭いんですよ」


 カチ。


 黒い剣。


 抜刀。


 空間が震える。


「人類、“世界平和”より“目の前の誰か”優先する時あるので。歴史上も、大義より個人感情で動いた結果、逆に文明進んだケース結構あります。あと災害時、人類って“知らない人助ける”んですが、あれ突き詰めると“他人なのに放っておけない”という意味不明な生態なんですよ。ちなみにネパールには“ヒマラヤタール”って山羊系動物いますが、崖から落ちそうな仲間へ接近行動取る例あるらしいです」


「最後ちょっと良い話っぽくするのね……」


 九条が笑う。


 その瞬間。


 村へ、

 ほんの少しだけ笑い声が戻った。


 野部の灰色の瞳が細くなる。


「では——“完全統一側”として処理します」


 一閃。


 境界断ち。


 黒い雲が、

 音もなく裂けた。



 数時間後。


 カトマンズ。


 夜。


 ヒマラヤ・ティーハウス。


 暖色の照明。


 スパイスの匂い。


 チャイの湯気。


 そして。


「いやぁ……まとまった……」


 野村部長が、

 人生で一番安堵した顔をしていた。


 商談成功。


 現地流通ルート確保。


 高地向け新素材ウェア契約成立。


 しかも。


 何故か現地側から異様に信頼されている。


 理由は単純だった。


 野村部長が、

 ずっと静かに相槌していたからだ。


「部長、“ちゃんと最後まで聞く人”としてかなり高評価でしたよ」


 野部がチャイを飲みながら言う。


「ネパール圏、“沈黙共有ストレス低め文化”なので。“急かさない人”かなり信頼蓄積しやすいんです。あと山岳文化圏って、“話の間”を重要視する傾向わりとあります。遭難リスク高い環境ほど、軽率な即断減るので。ちなみにネパール茶、標高差で香りかなり変わります」


 野村部長はご機嫌だった。


「いやぁ、しかし九条さんも優秀だったな! 現地交渉完璧だった!」


「ありがとうございます」


 九条が少し笑う。


 野村部長はチャイを飲みながら続ける。


「それに野部くん!」


「はい」


「君の話、現地研究者に妙にウケてたぞ!」


「人類、“異常に詳しい変人”を一定確率で面白がる習性ありますので」


「褒めてるのか分からんな! ははは!」


 珍しく。


 本当に珍しく。


 野村部長は上機嫌だった。


 九条が小声で言う。


「……良かったわね」


「はい」


 野部は少し笑った。


「部長、“誰かの役に立てた実感”あると機嫌良くなるタイプなので。あと人類、成果そのものより“ちゃんと感謝された”時の方が幸福度上がるケース結構あります。ちなみにネパールでは客人へ何度もチャイ勧める文化ありますが、あれ単なる飲食じゃなく“まだ帰ってほしくない”サイン含む場合あるんですよ」


 その時。


 店員が静かにチャイを追加で置いた。


 野部が少し目を細める。


「……なるほど」


「何?」


 九条が聞く。


 野部は湯気を見ながら答えた。


「まだ少し、“世界側”が人類を好きなんでしょうね」


 窓の外。


 カトマンズの夜景。


 遠く。


 ヒマラヤの黒い稜線。


 そして。


 世界はまだ、

 静かに続いていた。

ちなみに創作者、「ブックマーク増えてる!」を見ると、ネコが急に知らない段ボールへ入る時くらい反射的にテンション上がります。


 人類、“誰かに見つけてもらえた”だけで結構生き延びられる生物なので。


 あと感想文化ってかなり特殊で、

 昔の作家は数年掛けて本を書いても、読者反応ほぼ届かなかったんですよね。現代は「面白かった」が数秒で飛んでくる。インターネット、時々ちゃんと文明。


 ちなみにラッコはお気に入りの石を脇に挟んで寝る個体がいますが、創作者も割と似た感じで、“この感想好き……”を心へ抱えて生き始めます。


 なので、

 もし少しでも「読んで良かったな」と思って頂けたら、

 ブックマークや評価など頂けると嬉しいです。


 作者のHPとMPと現実接続率が、

 かなり回復します。

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