↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/183

第十二話 「新入社員研修というものは、“人類が社会性を再インストールされる儀式”に近い」


 午前八時十四分。


⸻


 東央マテリアル本社工場。


 曇天。


 湿った春風。


 巨大配管の隙間を抜ける蒸気音。


 フォークリフトのバックブザー。


 遠くで鳴る始業前ラジオ体操。


⸻


 そして営業企画部フロアには、新年度特有の、“まだ誰も本性を出していない空気”が漂っていた。


⸻


 野部遠汰は、缶コーヒーを飲みながらその空気を観察していた。


「……なるほど。新入社員シーズンって、“社会人格の初期同期期間”なんですよね。人類って集団へ入る時、まず“安全そうなキャラクター”を仮生成するので、“とりあえず笑顔多め・声小さめ・無難ワード選択”へ寄る傾向あります。あと初対面時、人間は平均七秒くらいで“敵か味方か”の暫定判定してるらしいです。ちなみにペンギンの群れも、新個体が来ると微妙に距離感探ります」


⸻


 野村部長が疲れた顔で言う。


「朝イチで情報密度が高いんだよ……」


 野村部長。


 四十代後半。


 慢性的胃痛持ち。


 そして最近、


 “野部にツッコむのも業務の一部”


 になり始めている男だった。


「今日は新入社員来るからな。変なこと言うなよ」


⸻


 遠汰は真顔だった。


「人類、“変なこと言うな”と言われると逆に変なこと言いたくなる傾向ありますよね。禁止されると認知優先順位上がるので。“ピンクの象を想像するな”って言われると逆に浮かぶのと同じ構造です。あと新人歓迎会って、実際は歓迎より“集団内脅威判定”儀式寄りですよね。“この人どのくらい危険か”を酒飲みながら探ってるので。ちなみにアルコール入ると脳の抑制機能から先に落ちます」


⸻


「だからお前を飲み会へ放流したくないんだよ」


⸻


「合理的判断ですね」


⸻


 その時。


 フロア入口が開いた。


 総務部の女性社員。


 そして。


「本日付で営業企画部へ配属になりました、新入社員の——」


⸻


 一瞬。


 遠汰の動きが止まった。


⸻


 黒髪。


 黒スーツ。


 無表情。


 そして。


 “焦点の合わない灰色の瞳”。


「——相良アインです」


⸻


 静寂。


⸻


 営業企画部全員が、


(なんか妙に整ってる人来たな……)


 と思った。


⸻


 だが。


 遠汰だけは理解した。


(なんで来たんですか)


⸻


 アインが無表情のまま一礼する。


「よろしくお願いします」


 声だけは妙に綺麗だった。


⸻


 野村部長が頷く。


「じゃあ野部、お前教育係な」


⸻


 遠汰は缶コーヒーを置く。


「なるほど、日本企業特有の“変人へ変人をぶつけることで中和を期待する雑な人事構造”ですね。あと会社って、“一番断らなそうな人”へ仕事集まりやすいので、結果的に責任感強い人ほど業務過多になる傾向あります。ちなみにアリ社会でも働きアリの一部だけ異常に働くらしいです」


⸻


「面倒くさいなら面倒くさいって言え……!」


⸻


「もう流れ確定してましたので」


⸻


 アインが静かに遠汰を見る。


「よろしくお願いします、野部先輩」


⸻


 遠汰が眉をひそめる。


「急に新人感出すのやめてください」


⸻


「現在、“一般新入社員人格テンプレート”を参考学習しています」


⸻


「……ほう」


⸻


 理沙から即座にLINEが飛んだ。


『なにしてるのアイツ』


⸻


『現実側適応訓練だと思われます』


⸻


『なんで営業企画部なの』


⸻


『人類観測効率重視では』


⸻


『理由の時点でだいぶ嫌なのよ……』


⸻


 その時。


 野村部長がアインへ言う。


「じゃあまずは自己紹介でも」


⸻


「はい」


 アインは静かに前へ出る。


⸻


 営業企画部全員が見る。


 空気が妙に張る。


 だが本人は真顔だった。


「相良アインです。趣味は現実観測です」


⸻


 止まる。


⸻


 遠汰が咳払いした。


「もう少し一般人類向け翻訳を」


⸻


「失礼しました」


 アインは頷く。


「読書とラーメンです」


⸻


 理沙、即LINE。


『ラーメン完全に人生へ侵食してるじゃない……』


⸻


「最近、“味の差異”が理解可能になりました」


⸻


 野村部長が少し引いた顔をする。


「なんか大丈夫なのかこの新人……」


⸻


 女性社員たちが小声で話す。


「なんか綺麗な人だね……」


「モデルみたい……」


「でもちょっと怖くない?」


⸻


 アインは席へ座る。


 その動作だけ妙にノイズが無い。


 椅子を引く音すら綺麗だった。


⸻


 野村部長が遠汰へ小声で言う。


「……お前の知り合いか? なんか空気似てるぞ」


⸻


 遠汰は少し考える。


「類友理論ですね。人類、“認知テンポ近い存在”へ集まりやすいので。あとオタクコミュニティ形成って、“共通単語圧縮効率”高い者同士が自然集合してる側面あります。“その略称で通じるんだ……”みたいな現象、実質的には認識同期速度の問題なので。ちなみにイルカも個体ごとに固有音持ってるらしいです」


⸻


「最後のイルカ情報どこから湧いてくるんだよ!!」


⸻


 午前十時三十分。


⸻


 新人研修。


 遠汰とアインは会議室にいた。


 ホワイトボード。


 プロジェクター。


 眠そうな空気。


 典型的な企業研修だった。


⸻


 遠汰は資料をめくる。


「では東央マテリアル営業企画部の主業務ですが、基本的には“各部署が互いに見たくない現実を、ギリギリ社会運用可能な形へ翻訳する仕事”です。営業は理想を語り、生産は現実を語り、経理は数字を語り、役員は未来を語るので、その認識ズレを“なんとなく回る状態”へ調整します。あと会社組織って、外から見ると合理システムっぽいんですが、内部入るとわりと感情と空気と“前からこうだった”で動いてます。ちなみに城下町構造も似た側面あります」


⸻


 理沙から即LINE。


『会社説明で城下町へ飛ばないで』


⸻


 アインが真顔でメモしている。


「興味深いです」


⸻


「あと重要なのは、“正論だけでは組織動かない”ことですね。人類、“正しい”より“納得できる”で動くので。だから資料作成って、本質的には情報設計というより感情導線設計なんですよ。“誰が傷つかず”“誰が責任負わず”“誰が少し得した気になるか”を調整する。ちなみにファミレスのメニュー配置、視線誘導かなり研究されてます」


⸻


 アインが小さく頷く。


「……つまり企業とは、“局所的現実維持共同体”」


⸻


 理沙が小声で呟く。


『だいたい合ってるの腹立つわね……』


⸻


「あと新人研修って、“会社用言語体系への翻訳教育”でもあります。“報連相”“根回し”“空気読む”とか、全部ローカルルールなので。地方入ると方言変わるのと本質似てます。ちなみにタコ、環境変わると性格変化かなり大きいらしいです」


⸻


「タコの差し込み方だけ強引なんだよなぁ……」


⸻


「かなり賢いので」


⸻


 その時。


 会議室ドアが開いた。


「野部ェ!!」


 野村部長だった。


「急ぎ!! 役員会資料修正!!」


⸻


「どの方向性です?」


⸻


「“現場頑張ってる感”増やして、“でも利益責任は現場へ寄せすぎない感じ”にしろ!!」


⸻


 遠汰は真顔で頷く。


「なるほど、“努力は美談化するが責任は曖昧化したい日本型中間管理職構文”ですね。あと組織って、“誰も悪人じゃないのに何故か地獄生成される”現象普通に起きるので怖いんですよ。人類、一人単位だと善良でも、集団化すると責任分散で判断バグりやすいので。ちなみに鳩って意外と絵画区別できます」


⸻


「なんで最後に鳩の知能テスト入るんだよもう……」


⸻


 遠汰が立ち上がる。


 アインも無言で続いた。


⸻


 野村部長が振り返る。


「相良くん?」


⸻


「補助します」


⸻


「できんの?」


⸻


「“空気を読んでそれっぽい資料へ寄せる作業”ですね」


⸻


 野村部長が頭を抱える。


「なんで新人の理解速度が嫌に的確なんだよ!!」


⸻


 遠汰が吹き出しかけた。


「解像度高いですね」


⸻


「最近学習しました」


⸻


 数十分後。


 営業企画部。


 遠汰とアインは並んで資料修正していた。


 カタカタカタ。


 高速タイピング。


⸻


 周囲社員たちがざわつく。


「速……」


「何あれ……」


「相良さん、新人だよな……?」


⸻


 アインは画面を見ながら呟く。


「……興味深いです」


⸻


「何がです?」


⸻


「人類、“明確な嘘”より“少し誇張された希望”を好む傾向あります」


⸻


「ありますね。完全な虚偽は拒絶されるんですが、“頑張ってる感”とか“未来へ向かってる感”って、実際には共同体維持潤滑油なんですよ。だから会社スローガンって半分宗教、半分応援歌みたいな側面ある。あとスポーツチームの円陣文化も、“意味”というより同期行動で士気揃えてる可能性高いです。ちなみにゴリラ、仲直り時に抱き合います」


⸻


 理沙から即LINE。


『最後だけ霊長類ドキュメンタリー挟むのやめて』


⸻


「人類寄りです」


⸻


「かなり寄ってます」


⸻


 周囲社員たちは思った。


(なんか会話わからないけど妙に盛り上がってる……)


⸻


 その時。


 野村部長が修正版資料を見る。


 沈黙。


 そして。


「……完璧じゃねぇか」


⸻


 遠汰がコーヒーを飲む。


⸻


 アインは静かに言った。


「“誰も傷つかず、しかし全員少し頑張った気になる構造”へ調整しました」


⸻


 野村部長がぼそっと呟く。


「営業企画部向いてるなこの新人……」


⸻


 昼休み。


 社員食堂。


 唐揚げ定食。


 味噌汁。


 ざわつく昼の空気。


⸻


 アインはじっと味噌汁を見ていた。


「……発酵食品は興味深いです」


⸻


 理沙から即LINE。


『また文明観察始まったわよ』


⸻


「微生物活動を“腐敗ではなく文化”へ転換している」


⸻


「言い方が終始“外側の監査官”なんですよ」


⸻


「人類、わりと“危険物を食える方向へ最適化する生物”なんですよね。フグ、発酵、酒、ブルーチーズ、全部“最初に試した人かなり怖い”ので。あと納豆って海外勢から見ると結構ホラー寄りらしいです」


⸻


 アインは静かに味噌汁を飲む。


 数秒。


「……落ち着きます」


⸻


 遠汰は少し笑った。


「でしょうね。味噌汁って、日本人にとって“日常へ戻る味”寄りなので。幼少期記憶と結びついてる人かなり多いですし。あと湯気ある料理って、“ちゃんと生きてる感”強いんですよ」


⸻


 アインは、湯気を見る。


 その横顔は。


 ほんの少しだけ。


⸻


 “人間っぽかった”。

「人類、“評価”とか“ブックマーク”って単なる数字だと思いがちなんですけど、実際には“読んだよ”とか“面白かったよ”とか“続きを見たいよ”を可視化したコミュニケーションなんですよね。昔の物語は王様とか貴族とかスポンサーが支えていたんですが、現代は読者が直接それを出来るようになった。かなり面白い文明進化です。あと創作者、人類が思うより単純なので、評価が一つ増えるだけで数日くらい元気になりますし、ブックマークが増えると『読んでる人いたんだ……』って静かに感動したりします。なので、もしこの物語が少しでもあなたの時間を面白く出来ていたなら、評価やブックマークを頂けると嬉しいです。知性体、“誰かに届いた”と分かると次の物語を書きたくなる生き物なんですよね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。