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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第十二話 「新入社員研修というものは、“人類が社会性を再インストールされる儀式”に近い」


 午前八時十四分。



 東央マテリアル本社工場。



 曇天。


 湿った春風。


 巨大配管の隙間を抜ける蒸気音。


 フォークリフトのバックブザー。


 遠くで鳴る始業前ラジオ体操。



 そして営業企画部フロアには、



 新年度特有の、



 “まだ誰も本性を出していない空気”



 が漂っていた。



 野部遠汰は、

 缶コーヒーを飲みながらその空気を観察していた。



「……なるほど。新入社員シーズンって、“社会人格の初期同期期間”なんですよね。人類って集団へ入る時、まず“安全そうなキャラクター”を仮生成するので、“とりあえず笑顔多め・声小さめ・無難ワード選択”へ寄る傾向あります。あと初対面時、人間は平均七秒くらいで“敵か味方か”の暫定判定してるらしいです。ちなみにペンギンの群れも、新個体が来ると微妙に距離感探ります」



 野村部長が疲れた顔で言う。



「朝イチで情報密度が高いんだよ……」



 野村部長。


 四十代後半。


 慢性的胃痛持ち。


 そして最近、



 “野部にツッコむのも業務の一部”



 になり始めている男だった。



「今日は新入社員来るからな。変なこと言うなよ」



 遠汰は真顔だった。



「人類、“変なこと言うな”と言われると逆に変なこと言いたくなる傾向ありますよね。禁止されると認知優先順位上がるので。“ピンクの象を想像するな”って言われると逆に浮かぶのと同じ構造です。あと新人歓迎会って、実際は歓迎より“集団内脅威判定”儀式寄りですよね。“この人どのくらい危険か”を酒飲みながら探ってるので。ちなみにアルコール入ると脳の抑制機能から先に落ちます」



「だからお前を飲み会へ放流したくないんだよ」



「合理的判断ですね」



 その時。



 フロア入口が開いた。



 総務部の女性社員。


 そして。



「本日付で営業企画部へ配属になりました、新入社員の——」



 一瞬。



 遠汰の動きが止まった。



 黒髪。


 黒スーツ。


 無表情。


 そして。



 “焦点の合わない灰色の瞳”。



「——相良アインです」



 静寂。



 営業企画部全員が、



(なんか妙に整ってる人来たな……)



 と思った。



 だが。



 遠汰だけは理解した。



(なんで来たんですか)



 アインが無表情のまま一礼する。



「よろしくお願いします」



 声だけは妙に綺麗だった。



 野村部長が頷く。



「じゃあ野部、お前教育係な」



 遠汰は缶コーヒーを置く。



「なるほど、日本企業特有の“変人へ変人をぶつけることで中和を期待する雑な人事構造”ですね。あと会社って、“一番断らなそうな人”へ仕事集まりやすいので、結果的に責任感強い人ほど業務過多になる傾向あります。ちなみにアリ社会でも働きアリの一部だけ異常に働くらしいです」



「面倒くさいなら面倒くさいって言え……!」



「もう流れ確定してましたので」



 アインが静かに遠汰を見る。



「よろしくお願いします、野部先輩」



 遠汰が眉をひそめる。



「急に新人感出すのやめてください」



「現在、“一般新入社員人格テンプレート”を参考学習しています」



「……ほう」



 理沙から即座にLINEが飛んだ。



『なにしてるのアイツ』



『現実側適応訓練だと思われます』



『なんで営業企画部なの』



『人類観測効率重視では』



『理由の時点でだいぶ嫌なのよ……』



 その時。



 野村部長がアインへ言う。



「じゃあまずは自己紹介でも」



「はい」



 アインは静かに前へ出る。



 営業企画部全員が見る。



 空気が妙に張る。



 だが本人は真顔だった。



「相良アインです。趣味は現実観測です」



 止まる。



 遠汰が咳払いした。



「もう少し一般人類向け翻訳を」



「失礼しました」



 アインは頷く。



「読書とラーメンです」



 理沙、

 即LINE。



『ラーメン完全に人生へ侵食してるじゃない……』



「最近、“味の差異”が理解可能になりました」



 野村部長が少し引いた顔をする。



「なんか大丈夫なのかこの新人……」



 女性社員たちが小声で話す。



「なんか綺麗な人だね……」


「モデルみたい……」


「でもちょっと怖くない?」



 アインは席へ座る。



 その動作だけ妙にノイズが無い。



 椅子を引く音すら綺麗だった。



 野村部長が遠汰へ小声で言う。



「……お前の知り合いか? なんか空気似てるぞ」



 遠汰は少し考える。



「類友理論ですね。人類、“認知テンポ近い存在”へ集まりやすいので。あとオタクコミュニティ形成って、“共通単語圧縮効率”高い者同士が自然集合してる側面あります。“その略称で通じるんだ……”みたいな現象、実質的には認識同期速度の問題なので。ちなみにイルカも個体ごとに固有音持ってるらしいです」



「最後のイルカ情報どこから湧いてくるんだよ!!」



 午前十時三十分。



 新人研修。



 遠汰とアインは会議室にいた。



 ホワイトボード。


 プロジェクター。


 眠そうな空気。



 典型的な企業研修だった。



 遠汰は資料をめくる。



「では東央マテリアル営業企画部の主業務ですが、基本的には“各部署が互いに見たくない現実を、ギリギリ社会運用可能な形へ翻訳する仕事”です。営業は理想を語り、生産は現実を語り、経理は数字を語り、役員は未来を語るので、その認識ズレを“なんとなく回る状態”へ調整します。あと会社組織って、外から見ると合理システムっぽいんですが、内部入るとわりと感情と空気と“前からこうだった”で動いてます。ちなみに城下町構造も似た側面あります」



 理沙から即LINE。



『会社説明で急に戦国時代へ飛ばないで』



 アインが真顔でメモしている。



「興味深いです」



「あと重要なのは、“正論だけでは組織動かない”ことですね。人類、“正しい”より“納得できる”で動くので。だから資料作成って、本質的には情報設計というより感情導線設計なんですよ。“誰が傷つかず”“誰が責任負わず”“誰が少し得した気になるか”を調整する。ちなみにファミレスのメニュー配置、視線誘導かなり研究されてます」



 アインが小さく頷く。



「……つまり企業とは、“局所的現実維持共同体”」



 理沙が小声で呟く。



『だいたい合ってるの腹立つわね……』



「あと新人研修って、“会社用言語体系への翻訳教育”でもあります。“報連相”“根回し”“空気読む”とか、全部ローカルルールなので。地方入ると方言変わるのと本質似てます。ちなみにタコ、環境変わると性格変化かなり大きいらしいです」



「タコ情報の差し込み方だけ毎回強引なんだよなぁ……」



「かなり賢いので」



 その時。



 会議室ドアが開いた。



「野部ェ!!」



 野村部長だった。



「急ぎ!! 役員会資料修正!!」



「どの方向性です?」



「“現場頑張ってる感”増やして、“でも利益責任は現場へ寄せすぎない感じ”にしろ!!」



 遠汰は真顔で頷く。



「なるほど、“努力は美談化するが責任は曖昧化したい日本型中間管理職構文”ですね。あと組織って、“誰も悪人じゃないのに何故か地獄生成される”現象普通に起きるので怖いんですよ。人類、一人単位だと善良でも、集団化すると責任分散で判断バグりやすいので。ちなみに鳩って意外と絵画区別できます」



「なんで最後に鳩の知能テスト入るんだよもう……」



 遠汰が立ち上がる。



 アインも無言で続いた。



 野村部長が振り返る。



「相良くん?」



「補助します」



「できんの?」



「“空気を読んでそれっぽい資料へ寄せる作業”ですね」



 野村部長が頭を抱える。



「なんで新人の理解速度が嫌に的確なんだよ!!」



 遠汰が吹き出しかけた。



「解像度高いですね」



「最近学習しました」



 数十分後。



 営業企画部。



 遠汰とアインは並んで資料修正していた。



 カタカタカタ。



 高速タイピング。



 周囲社員たちがざわつく。



「速……」


「何あれ……」


「相良さん、新人だよな……?」



 アインは画面を見ながら呟く。



「……興味深いです」



「何がです?」



「人類、“明確な嘘”より“少し誇張された希望”を好む傾向あります」



「ありますね。完全な虚偽は拒絶されるんですが、“頑張ってる感”とか“未来へ向かってる感”って、実際には共同体維持潤滑油なんですよ。だから会社スローガンって半分宗教、半分応援歌みたいな側面ある。あとスポーツチームの円陣文化も、“意味”というより同期行動で士気揃えてる可能性高いです。ちなみにゴリラ、仲直り時に抱き合います」



 理沙から即LINE。



『最後だけ急に霊長類ドキュメンタリー挟むのやめて』



「人類寄りです」



「かなり寄ってます」



 周囲社員たちは思った。



(なんか会話わからないけど妙に盛り上がってる……)



 その時。



 野村部長が修正版資料を見る。



 沈黙。



 そして。



「……完璧じゃねぇか」



 遠汰がコーヒーを飲む。



 アインは静かに言った。



「“誰も傷つかず、しかし全員少し頑張った気になる構造”へ調整しました」



 野村部長がぼそっと呟く。



「営業企画部向いてるなこの新人……」



 昼休み。



 社員食堂。



 唐揚げ定食。


 味噌汁。


 ざわつく昼の空気。



 アインはじっと味噌汁を見ていた。



「……発酵食品は興味深いです」



 理沙から即LINE。



『また文明観察始まったわよ』



「微生物活動を“腐敗ではなく文化”へ転換している」



「言い方が終始“外側の監査官”なんですよ」



「人類、わりと“危険物を食える方向へ最適化する生物”なんですよね。フグ、発酵、酒、ブルーチーズ、全部“最初に試した人かなり怖い”ので。あと納豆って海外勢から見ると結構ホラー寄りらしいです」



 アインは静かに味噌汁を飲む。



 数秒。



「……落ち着きます」



 遠汰は少し笑った。



「でしょうね。味噌汁って、日本人にとって“日常へ戻る味”寄りなので。幼少期記憶と結びついてる人かなり多いですし。あと湯気ある料理って、“ちゃんと生きてる感”強いんですよ」



 アインは、

 湯気を見る。



 その横顔は。



 ほんの少しだけ。



 “人間っぽかった”。

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