4. 仲間が一手ずつ置く
子どもはすぐには答えなかった。けれど、折れた翼を隠していた腕は、少しだけ下がっていた。
先に動いたのはギータだった。
ギータは模型へ手を伸ばさず、膝をついて、少し離れた石畳に記録紙を置いた。折れた翼の位置、糊の瓶、紐の長さ、替えの翼材。見えるものだけを順に書く。
「折れたところと、折れていないところを分けよう」
声は、模型ではなく紙に落ちた。
「直すためじゃない。次に見た時、同じ壊れ方か分かるように」
子どもは紙を見た。模型ではなく、紙を見た。そこに自分の模型が勝手に奪われていないことを確かめるように、目だけが少し動いた。
キールは風見塔の柱にもたれた。子どもの正面には立たない。親が入っていった管理小屋の方を一度見てから、声を低くした。
「落ちるのが嫌なのと、落ちるところを見られるの、同じじゃないよな」
子どもの指が、折れた翼の根元を押さえた。
答えはなかった。
けれど、目は模型から風へ行かず、管理小屋の窓へ行った。
キールは頷いただけで、それ以上は聞かなかった。
ボイロは風見塔の影から出て、手のひらを上に向けた。風は弱くない。塔の下で巻いて、石段の角で少し跳ねる。ボイロは糸くずを一つ摘まみ、地面すれすれに放した。
糸くずは浮かず、横へ流れて、子どもの靴先の少し手前で止まった。
「風はあります。でも、高く上げる風ではないです」
ボイロは模型を見て、それから子どもを見た。
「低いところなら、いけるかもしれません」
いける。
その言葉に、ダッタの胸が少しだけ軽くなった。
ほら、という声が胸の内側で弾けた。
風はある。高さも低い。壊れる場所も少ない。だったら、試せる。試せるなら、今やった方がいい。頭の中で、また手順が先に並び始める。
「ボイロ」
アンの声が、その手順の上に短く置かれた。
責める声ではなかった。けれど、そこで止まる声だった。
ボイロは瞬きをした。それから、自分の言葉を追いかけるように、糸くずの落ちた場所を見た。
「……飛ぶとは言いません」
言い直した声は、さっきより少し小さかった。
「風はあります。でも、決める材料が一つあるだけです」
その言葉で、ダッタは息を吸い直した。言いたくなる言葉はいくつもあった。大丈夫。落ちても直せる。ほら、ボイロもそう見ている。どれも、子どもの手を少し硬くする言葉だった。
今、自分は乗りかけた。
ダッタは舌を上あごにつけたまま、息だけを吐いた。
最後にアンが、風見塔の石段を指さした。
一段目。二段目。塔の裏側の、人通りから少し隠れる場所。管理小屋の窓からは、柱が半分だけ視線を切っている。
「ここ、ここ、あっち」
アンは三つだけ示した。
「高さと、場所と、見る人。全部いっぺんに決めなくていい」
子どもはアンの指先を追った。
「見ない人も、選べる?」
「選べる」
アンはすぐに答えた。
「見てほしくなったら、その時に変えればいい」
会議にはならなかった。
誰も、子どもの代わりに模型を持たなかった。誰も、飛ばす理由を並べなかった。四人が置いたものは、紙と問いと風と場所だけだった。
ダッタはその真ん中で、空いた手を膝の上に置いた。
何もしていない手だった。
それが、今は一番難しかった。
風見塔の影は、いつの間にか石段を半分ほど降りていた。市場の方では荷車の車輪が欠けた石を踏み、短く跳ねる音を立てている。布看板が一枚だけ裏返り、戻り、また裏返った。塔の上の鈴は鳴ったり止まったりを繰り返し、そのたびに子どもの肩ではなく、ダッタの指が先に反応した。誰も急がせていないのに、時間だけが、ゆっくり見える場所を変えていった。




