8. 承認欲求を刺される
「違うなら、なぜそんなに急ぐ」
マーは折れた帆柱の横に立ったままだった。夕方の光が背中側から当たり、顔は影に沈んでいる。
「街が止まってるからだ」
「街を助けたい」
マーは、ダッタの言葉を少しだけ先に置いた。
「仲間を助けたい。黒札を止めたい。落ちた船を直したい。そう言えば、きれいに聞こえる」
「きれいに聞こえるとかじゃない」
「では、汚い方も言え」
桟橋の下で、水が柱に当たった。
一度。
二度。
ダッタは言えなかった。
マーの声は低いまま続く。
「お前が助けたいのは、相手のためだけではない。役に立つ自分を見たい。落ちた自分ではないところを、誰かに見せたい。違うか」
違う。
そう言うために口を開いた。
だが、言葉は喉の手前で止まった。
見てほしい。
卵の殻に書かれていた文字が、白い曇りの向こうで浮かぶ。
助けたい。
その下に、見て、が重なっていた。
「それは」
声がかすれた。
キールが横で息を止める。ギータの手が記録紙の束を押さえる。ボイロの観測紙は真っ白なまま、端だけが震えている。
アンはマーを見ている。
その目に、怒りだけはなかった。
「それだけじゃない」
ようやく言えた。
マーは少しだけ黙った。
「それだけではない、か」
その言い方に、胸の奥が冷える。
否定されるより嫌だった。
半分だけ認められたまま、残りをまだ汚いものとして置かれる感じがした。
「なら、どちらが先だ」
マーの声は淡々としている。
「助けたいから動いたのか。見てほしいから、助ける場所を探したのか」
ダッタは答えられない。
答えられないことが、そのまま答えのように桟橋へ落ちる。
マーは船の影から一歩も降りてこない。
降りてこないまま、言葉だけを下ろす。
「飛べば、また落ちる。落ちた後、お前を見てくれる者がいなかったら、今度は誰のせいにする」
記録板の奥で、卵が強く鳴った。
こつ。
ヒビではない。
殻の内側から、何かが止まりかける音だった。




