7. 初接触
旧東係留区は、港の音から少し外れていた。
桟橋は古く、板の継ぎ目に白い塩が残っている。使われなくなった係留柱は、頭だけが磨かれていた。誰かが今も、ときどき手を置いているのかもしれない。
船は何隻もあった。
帆を外された船。舵だけ新しい船。船体の半分を布で覆われた船。どれも壊れているようで、完全に捨てられたわけではない。出る日を待っているのか、出ない理由を積み上げているのか、遠目には分からなかった。
羅針盤は、留め具の中で鳴り続けている。
こつ。
こつ。
記録板の奥の音と重なり、どちらが鳴っているのか分からなくなる。
「ここ、嫌な静かさですわ」
キールが小さく言った。
「声がないのではなく、出す前にしまわれている感じがします」
ボイロは観測紙を握り直す。
「紙が出ません」
「反応がない?」
「逆です。多すぎて白いです」
その時、奥の船の影が動いた。
帆を外された船の上。折れた帆柱の横に、人影が立っていた。
遠い。顔は見えない。だが、そこにいるだけで、港の風が一段低くなる。
「見つけに来たのか」
声は大きくなかった。
桟橋の板を通って、足の裏から入ってくるような声だった。
ダッタは記録板を抱えた。
ギータが半歩前へ出ようとし、止まる。キールはダッタの横に並んだ。ボイロは観測紙を胸元へ引いた。アンだけが、その影から目を離さなかった。
「マー・ゴッブダ」
ダッタは言った。
影は少しだけ首を傾けた。
「名前まで拾ったか」
認めた。
その事実だけで、ダッタの胸が熱くなる。
やっぱり。
やっぱり、この人だ。
そう思った瞬間、記録板の奥で卵が濁った。
「黒札は、あなたが」
「黒い札を見つければ、誰かを捕まえられると思ったのか」
マーの声は近づかない。
近づかないのに、ダッタの言葉の先へ先に立っている。
「止まっている者を見つければ、助けたと言える。悪い者を見つければ、自分の墜落にも少し言い訳ができる」
ダッタの手が、記録板の端を強く押さえた。
「違う」
すぐに言った。
早すぎた。
マーは笑わなかった。
笑わないことの方が、ずっと嫌だった。




