2. 羅針盤が言葉へ反応する
ギータは黒札を動かさなかった。
代わりに、白い札を一枚ずつ記録紙へ写した。出航名。時刻。札を掛けた人の名前。理由欄が空いているかどうか。空欄なら、空欄と書く。
「黒札だけ追うと、混ざります」
ギータはペン先を止めずに言った。
「黒札がある場所と、黒札がなくても止まっている場所を分けます」
「黒札がなくても?」
ダッタは出航板を見た。
端が黒くなっている札は、分かる。黒札の近くにあるものも、まだ分かる。けれど、ギータが写している紙の中には、黒いところが一つもない札もあった。
旅客小型船、延期。
理由欄には短く、今はよくない、とだけ書かれている。
その札に針を近づけた時、留め具が細く鳴った。
ダッタの手が止まる。
「黒くないのに」
ボイロが観測紙を重ねた。紙面に出たのは、黒い滲みではなかった。薄い同心円のような跡が、何度も同じ場所をなぞっている。
「形が似ています」
「何と」
「黒札に残った三行と」
何も書かなければ、間違えない。
飛ばなければ、落ちない。
選ばなければ、失わない。
声に出していないのに、三行が胸の奥で並んだ。並ぶだけで、記録板の重さが少し増える。
キールが札の前に立った女へ声をかけた。女は荷札を握っていた。荷は少ない。旅に出るには足りる量に見えた。
「延期の理由を、もう少しだけ伺ってもよろしいですか」
女は困ったように笑った。
「理由ってほどじゃないんです。今出ると、何か違う気がして」
「何か」
「ええ。もう少し待てば、失敗しなくて済むかもしれないでしょう」
キールは頷いた。
責めなかった。
女が去った後、ダッタはその言葉を記録した。
もう少し待てば、失敗しなくて済む。
書いた瞬間、針が鳴った。
黒札は動かない。
針は、言葉へ反応している。
そう分かった瞬間、ダッタは少しだけ息が楽になるのを感じた。黒札という物が分からなくても、言葉なら集められる。集めて並べれば、どこから来たのか分かるかもしれない。
分かれば、止められる。
止めれば。
誰かが、見てくれる。
そこまで思って、記録板の奥で卵が鳴った。
こつ。
ダッタはペンを握り直した。




