3. 初回受付:キールとの距離ある会話
「ヴァット工房から来ました。墜落前後の通信記録と、搬送記録の照合をお願いしたいんです」
「ヴァットさんの」
少女の目が記録板へ落ちた。
「では、こちらでお預かりしますわ。お名前は?」
「ダッタ・ブゴーマです」
「ブゴーマさま」
少女は記録板の端に小さな札を挟んだ。
「担当はキール・ケルゴです。窓口の調整をしていますわ」
「ケルゴさん」
「はい」
呼び方はそこで止まった。名前だけを許されたわけではない。だが、遠ざけられたわけでもなかった。窓口の向こうとこちら。それくらいの距離が、今は正しかった。
「この記録、今日中に分かりますか」
言ってから、ダッタは記録板を持つ手に力が入ったことに気づいた。
急がせない。
「すみません。急がせるつもりじゃなくて」
キールは少しだけ目を丸くした。
「いえ、急ぎたいのは当然ですわ。船の記録でしょう?」
「でも、確認してからで大丈夫です」
「助かります」
キールは記録板を開き、紙の端を指で押さえた。
「墜落前後となると、通信塔の応答、近くを通った搬送便、緊急信号の拾い漏れも見ます。今日すぐにお返しすると、見落としが出ますわ」
「じゃあ」
「明日、取りに来てくださいまし」
明日。
ダッタの胸は一度沈んだ。けれど、無理に今日返してほしいとは言えなかった。
「分かりました。明日来ます」
「はい。あと、分からないところを分からないと書いてくださっているの、助かりますわ」
「ギータに言われたので」
「でしょうねえ。ヴァットさん、記録に厳しい方ですもの」
「知ってるんですか」
「港に来る整備士さんの照合依頼は、だいたい受けますから」
キールは小さく笑った。
その笑い方は、さっきの男に向けたものより少しだけ薄かった。疲れているのかもしれない。窓口の人間として、客ごとに笑い方を変えているだけかもしれない。ダッタはどちらとも決められなかった。
右端の通信鏡が淡く光った瞬間、その笑顔はさらに一枚だけ薄くなった。
「はい、通信照合所です。ええ、確認します。いま窓口が立て込んでおりますので」
声は変わらない。
ただ、記録板の上に置かれた彼女の指が、紙の端を強く押さえていた。
困っているのだろうか。
そう思った瞬間、さっきの男の背中が頭をよぎった。けれど、ギータの声も同時に浮かぶ。見たことを書いてください。決めつけないこと。
ダッタは受け取り札を握った。
「明日、来ます」
キールは通信鏡に片手を添えたまま、こちらへ笑顔を戻した。
「お待ちしていますわ、ブゴーマさま」
その呼び方は丁寧だった。
丁寧すぎるくらいだった。




