奈落に咲く白
リビングの扉を押し開けた瞬間、僕の視界は、現実感を喪失した地獄へと変貌した。
床に組み伏せられ、自由を奪われた両親。その横には冷たく黒い光を放つ銃が転がっている。壁に飾られたクリスマスの装飾は、長い影を引きながら、この惨劇を嘲笑うかのようにきらめいていた。
部屋には数人の影が立っていた。黒い服に身を包み、無機質なマスクで顔を隠した侵入者たち。火薬の刺すような臭いが、重い空気の中に混じっている。
扉の軋む音に、冷徹な瞳を持つ男が振り向いた。
「近づくな、坊主。動けば、こいつらを殺す」
氷のように冷たい声。五歳の子供なら、その一言で魂が凍りついただろう。
けれど、僕の脳は驚くほど冷静に、敵の配置と両親の絶望を分析していた。両親の瞳には、かつて僕の知能を誇った「熱」はなく、ただ純粋な死への恐怖だけが浮かんでいる。
(……僕が、行かなければ)
守るべき本能が、僕の小さな体を突き動かした。
ぬいぐるみを握りしめたまま、僕はリビングの中央へと駆け出した。その純白の髪が、暗がりのなかで一筋の閃光となって揺れる。
「殺さないで。僕が、そっちへ行くから」
状況にそぐわないほど、澄んだ声だった。
予想外の行動に、暗殺者たちの間に動揺が走る。その刹那、引き金にかけられた指がわずかに震えた。
――乾いた銃声が、夜を切り裂く。
死を覚悟した僕の視界。弾丸が空気を切り裂くその合間に、影が割り込んだ。
「申し訳ありません……坊ちゃん……」
視界に広がったのは、僕をいつも陰から守り続けてくれた暁の背中だった。
一瞬の閃光のような献身。小さな体が衝撃を受け、崩れ落ちる。彼は唇から苦しげな吐息を漏らしながらも、最期に僕を見つめ、微かに微笑んだ。
「どうやら僕は……最後まで、お側にはいられないようです……さようなら……愛……して……る」
囁きは、僕の心臓を直接握りつぶすような衝撃となって響いた。
銃声が止み、耳をつんざくような静寂が訪れる。
一族の最高傑作、完璧な天才、怪物の卵。そんな僕の「仮面」が、音を立てて砕け散った。
「いやだ……いやだ、暁ッ!!」
喉を引き裂くような叫びが、僕の口から溢れ出した。
震える瞳から涙が溢れ、床に伏した暁の姿を滲ませる。守護者であり、誰よりも僕を「個人」として愛してくれた人を失った喪失感は、五歳の知能では処理しきれないほど深い闇となって僕を飲み込んでいった。
暗殺者たちは、計算外の事態に戸惑い、顔を見合わせている。
けれど、今の僕には、彼らの銃口も、縛られた両親の姿も見えていなかった。
ただ、自分の世界の半分が崩れ落ちた絶望の中で、僕は暁の冷たくなっていく手を見つめ続けていた。




