覚醒の代償
膝をついた床は、暁の体温を吸い取っていくように冷たかった。
ぼやけていく視界の中で、僕は震える指先で彼の頬に触れる。数分前まで温かかった肌は、今はもう、取り返しのつかない無機質な質感へと変わっていた。
「暁……僕と一緒にいるって、言ったじゃないか……」
零れ落ちた声は、あまりにも無力だった。
僕が冠する「純白」の頭脳も、神に近づくと言われた異能も、この瞬間においては塵ほどの役にも立たない。僕を庇い、僕という「個」を愛してくれた唯一の理解者を、僕はただ見送ることしかできなかった。
涙が頬を伝い、暁の服を濡らしていく。表情を動かすことすら忘れ、僕はただ、自分を包んでいた世界の半分が死んだ事実を、心に刻み続けていた。
「立て、ガキ。もう遅い。我々の目的は果たされた」
リーダーと呼ばれた男が、冷たく言い放つ。
その声が、僕の思考を支配していた深い霧を、一瞬で払拭した。
僕はゆっくりと、立ち上がる。
手に握ったぬいぐるみが、指先の震えを抑える唯一の錨だった。
けれど、見つめる瞳の奥では、数千もの計算式が火花を散らし、瞬時に戦場を掌握していく。悲しみは消えない。だが、その悲しみは今、純度の高い「殺意」へと変換された。
「……君たちを、許さない」
迷いのない言葉。
暗殺者たちがその「幼い言葉」に鼻で笑おうとした、その刹那。
僕は腰の後ろに隠していた銃を――暁がいつか僕に預けてくれた、護身用のもう一丁を――抜き放った。五歳の小さな手とは思えない、岩のような安定感。銃口は、迷いなくリーダーの心臓を捉えている。
「君たちは……こんなことで僕に勝てると思っているのか?」
引き金を引く指に、一切の躊躇はない。
鋭い銃声がリビングを切り裂く。
男が反応するよりも早く、放たれた弾丸は彼の銃を弾き飛ばし、その腕の自由を奪った。
部屋の空気が、一瞬で変わった。
暗殺者たちの目に宿ったのは、標的を見つめる視線ではない。自分たちの理解を超えた、深淵の化物を直視した者の「根源的な恐怖」だ。
僕は、無駄な動きを一切排除して状況を支配していく。
親を守るため。
そして、失ったものへの、終わりのない鎮魂のために。
瞳の奥で揺れる深い悲しみを、僕は決して彼らには見せない。
この夜、僕は「人間」であることを捨てた。
暁が命を賭して守ったのは、温かな少年ではない。
冷徹に世界を統べる、孤独な「王」なのだ。




