038 キッドの冒険~子どものケンカに大人の力
「もういいっ! ネムネムなんて知らない!」
「ちょっと、キッド君!?」
「放っておけばいいよ……あんな奴」
走り去る背中を横目で眺めていたら、ふと頬に冷たいモノが当たった気がした。それがなんだか胸騒ぎを覚えさせるけど、私は謝らないし追いかけないから。あんな子どもに譲るつもりはない。
《キッド》
「うっ、ぐすっ……ネムネムのバカ!」
とぼとぼ歩いている間にも目から悔し涙がこぼれる。
本当は今すぐにでも戻りたいが、小さなプライドがそれを邪魔する。
「……これからどうしよう」
歩いても誰かが追いかけてくる気配はない。
もしかしたら、このまま……そんなことを考えると途端に不安になる。
「――おい! そこの泣き虫!」
「!!」
突然そんな風に呼びかけられ、びくりと身体を震わせ声の主を探す。
「こっちだこっち!」
「……あっ、いた」
声の主は少年だった。おそらく同い年ぐらいの。
少年は何故か草の間に身を隠し、焦った様子でキッドを手招きしていた。
「早く来いっ! 見つかったらどうすんだ!」
「う、うん」
正直なんのことだかさっぱりわからないが、只事ではないと同じように草の間へ身を隠す。
「……まったく、お前どこのやつだ? うちにはいなかったよな?」
「どこって……」
難しい質問だ。
故郷のことは悲しくなるから言いたくないし、ネムネムたちも隠れるようにしているのだから迂闊に誰かに情報を漏らすこともしたくなかった。
答えに迷っていると、言いたくない事情を察したのかどうでもいいやと視線を外し、警戒するように周囲を見渡し始めた。
「危なかったぜ。せっかく逃げて来たのに、見つかったらパァになるとこだった」
「……誰かに追われてるの?」
「まあな。あいつらガキはみんなおれの仲間だと思ってやがるからな……。今、お前が見つかったら大変なことになってたぜ?」
「それは……怖いね」
子どもというだけで捕まえようとする輩がいるという物騒さに対するコメントのつもりだったが、少年は子どもらしくニッと笑みを浮かべていた。
「だ~いじょうぶだって! 何かあってもおれが守ってやるからよ!」
「あ、ありがとう」
この時、キッドは内心自分の方が強いんじゃないかと思ったが、ネムネムを知っているので人は見た目ではわからない強さを持っていることを知っていた。
なので、この少年もきっと自分ではわからないが強者なのだろう。そう思うことにした。
「って言っても、いつまでもじっとしてらんねえ。そろそろこの場所を離れようと思ってるんだが、一緒に来るだろ?」
「わかった」
どうせ行くあてもないのだ。少しぐらい寄り道をしても大丈夫だろう。
おそらくネムネムがいたら、『知らない人は子どもであってもついて行っちゃいけないのを知らないの?』と偉ぶって説教をしていたことだろう。
「……ところで、君の名前は?」
「おれは、ビリー! お前は?」
「……キッド」
「そうか。おれが守ってやるからには今日からお前もおれの子分だ! よろしくなキッド!」
「……う、うん」
いけいけな勢いでどんどん話を進められ、若干の戸惑いを覚える。最近は自分よりも年上と気を遣うように生活をしていたせいか同い年ぐらいの子どもとのコミュニケーションの取り方を忘れてしまい、とんだ人見知りになってしまっていた。
「それじゃあ、さっさとずらかるぞ!」
ぎこちない返事を返しつつも、なんとなくビリーについて行ってみよう……そんな風に考えていた。
もはや死を望んでいただけのキッドの姿はどこにもない。
異変が起きたのは先に走り出したビリーに置いて行かれまいと走り出したその時だった。
「うわぁ!?」
「どうした!!」
背後から聞こえてきた悲鳴に驚き、振り返ると視界に飛び込んで来たのは、キッドを押さえる数人の男たちの姿だった。
「てめぇら……!」
連日のように追いかけ回してくる仇敵を前に、感情の高ぶりを隠せないビリー。キッドは恐怖で動くことが出来ず、震えた声でビリーの名を呼ぶ。
「おっと、動くなよ? 動いたら、このガキが大ケガすることになるぜ?」
「卑怯だぞ!」
「そう言うなよ。こっちもお前に散々逃げ回られてクタクタなんだ」
「まったくだ。少しは年寄りを労わりやがれ?」
「ひゃはっははっ、おめえいつからそんな爺クサいことを言うようになったんだよ?」
男たちは全員で三人。
一人一人がビリーやキッドの倍以上の体格で、特にキッドを押さえているリーダー格の男は体格がよく、その手にはギラリと光るナイフが握られている。
「……ったく、本当によお。おめえは散々逃げ回ってくれたよなぁ?」
「うるさい! そんなことよりキッドを放しやがれ!!」
「おいおい、口の利き方がなってねえな。こいつが見えねえのか?」
ナイフを見せびらかすように動かせば、仲間たちも各々武器を取り出してゆっくりとビリーに近付いていく。
「っ!?」
「や、やめろっ!!」
男たちの様子に危機感を覚えたビリーは初めは逃げ出そうとしていたが、男のナイフがキッドの頬を掠り赤い線が走った瞬間、飛び出して行った。
勇気、愚行……大人ならそんな風に考えることもここでビリーが取った行動はただただ友を助けたいその一心だった。
「暑苦しいんだ、よっ!」
「うごぇっ!」
「ビリー!!!」
お腹に蹴りを一発喰らって、吹き飛んでいくビリー。
それを見て、気が動転したキッドは無我夢中で男の腕を振りほどこうと暴れ出した。
「だーはっはっは、どうだ思い知った――かぁ?」
高笑いをしていた男は突如視界が一転したことに思考がついて行かなかった。
自分たちは武器を持ち、なおかつ人質を取っている。しかも、相手は一回り以上も小さい子ども。圧倒的優位な立場で勝利を確信していた男たちは、この状況を無駄な時間を過ごさせ、上司の不興を買う原因となった原因への復讐の機会としか考えていなかった。
――まさか自分たちがやられる側になるなんて想像もしていなかったのだ。
「ぐわあ!!」
「…………お、おい今の見たか?」
「あ、ああ。お前もか?」
仲間が頭から地面に叩き付けられた光景を見ても、それが現実なのか男たちは信じられなかった。むしろ夢や幻であった方が自分たちにとっては都合がいいと思ったのかもしれない。
だが、目の前の光景は真実だ。
人質になっていたいかにも気の弱そうな子ども――キッドが彼らの仲間を投げ飛ばしたのだ。
「……えっ? えっ?」
投げ飛ばした本人も何が起きたのか理解できず戸惑っている間に、投げ飛ばされた男が怒りの形相で起き上がる。
「ちっくしょう! このクソガキがぁ、何をしやがった!!」
「う、うわわわっ!?」
元々気の短いチンピラだ。偶然にしても手下の前でカッコ悪い姿を晒す羽目になって怒りを抑える術など持っているはずもない。
怒りのままに、もはや人質などということを一切考えずに武器を振り上げた男の様子にキッドも慌ててそこら辺にあった石を拾い上げて、応戦した。
男にとって運が悪かったことは三つ。
一つは、その石は少しばかり大きかったということ。
もう一つは、普通の子どもの力では投げられたとしても大して飛ばずに地面に落ちていたであろうということ。
なんのことはない。
ネムネムたちと行動を共にすることでレベルが普通の子どもの倍以上、そこら辺の兵士と比べても遜色のないキッドの力は男よりも強かっただけだ。
だから運が悪かったのはその石が顔面に思いっ切り当たったことだろう。
――いや、キッドをただの子どもだと思って相手にしたことが最も運が悪かったのか。
お待たせしました。少しの間はキッドの冒険シリーズが始まります。と言っても本当に数話の予定ですが。軽くネタバレをすると早々にキッドとはお別れをしておこうかなという話です。
最近少し忙しくこうして執筆する時間が取れなくなっていますが、ある程度のストーリーは思いついているので合間合間に書き上げて早目に投稿したいと思ってます。




