閑話002 計画は着々と~てっぺん落とし
《ガンファーレ大王国王妃》
「まったく! これだから殿方という生き物は!」
ガンファーレ大王国の王妃グレイスは今日も自室で盛大に不満をぶちまけていた。
属国の王族であった彼女は幸運なことに見目麗しく、そして不運なことにそれが王の目に触れてしまいほぼ無理やりに嫁がされた。断れば大国の圧力で自国が滅ぼされるだけでなく、多くの命が失われるとあれば選択肢はなく、国内では良き王妃の仮面を被らざるを得ない。
そのことを知っているため、メイドたちもグレイスの不満が爆発することには慣れ切ってしまっていて止めようとも思わなかった。
あるいは同じ女性として境遇に同情しているのかもしれない。
グレイスの不満は基本的に夫である国王についてだ。
元々見た目からしてタイプではないのだが、結婚すれば良い所も見つけられるだろうと期待していた。
しかし、見えてくるのは不満ばかり。
こうして発散しておかなければそのうちどうにかなってしまう。
「……はぁ。退屈だわ」
ガンファーレ大王国では女性の地位は低い。
主要なポストにはほぼ男性が付き、ほとんどが血縁で選ばれた七光りのろくでなし。
王妃と言っても政治には関与できないお飾りに過ぎない。
王妃としての自尊心を保っているのは王子を産んだことと、側室がいないこと。
側室がいないことについてだけは夫を評価しているが、その他はやはり駄目駄目。なんとか王子だけはまともに育てようと奮闘してみたものの、世話は乳母に取り上げられ、教育は宰相をはじめとした高官たちが取り合い……気付いたら可愛かった息子も父親に似た正確に育ってきている。
「そういえば、最近ダリアナを見かけないわね?」
ダリアナというのは嫁いで来て最初に出来た友人であり、侯爵夫人のことである。
当時は知り合いもいない状態で話し相手がいないのも辛いだろうと歳の近いダリアナを彼女の父であるフェンデルに紹介してもらったのだが、フェンデルと違いやや天然なところがあるものの親しみやすいダリアナにグレイスはすぐさま打ち解け、親友となった。
今でも月に何度も、多い時には毎日顔を出していた友がここ数日は姿を見せていなかった。
はじめは日々の不満で気付かなかったが……。
「……最後に来たのが、八日前?」
それほど間隔を開けていたことはグレイスとダリアナが妊娠中だった時を除けば一度もなかった。
もしや何かあったのだろうか?
そんな不安が胸を過る。
例えダリアナの身に何かがあったとしても、フェンデルが上手く隠すに違いない。王妃としてそれなりに信頼を得たグレイスでも先王の時代からの権力を保持しているフェンデルには到底かなわない。
不吉な報せが届かないことを祈るしかないと諦めかけた時、不意に部屋に来客を知らせるベルの音が響き渡る。
「だ、誰かしら?」
嫌な予感を覚えていたタイミングでの来客に思わず声が裏返ってしまうが、精一杯気を強くメイドに確認を取らせる。
「――王妃様、ニコル様がお越しになられました。入室の許可を求めておいでです」
「ニコルがっ!? 他には誰か、ダリアナは一緒じゃないのっ?」
「……はい。どうやらお一人のようです」
「あぁっ! そんな……」
侯爵家でメイド長をしているニコルがたった一人で来たことにいよいよ悪い報せが届いたのだと崩れ落ちるグレイス。
慌てて駆け寄るメイドたちを押し退けて自らが扉を開け放ち、来客に抱き着いた。
「ああっ、ニコル! ニコル! どうしたらいいの!?」
今顔を見たら、絶対に涙を堪え切れない。
王妃としてメイドの胸に顔を埋める行為も褒められたものではないが、一目のあるところで涙を見せるわけにもいかないと懸命に耐え、気を落ち着かせようと頑張ってみる。
「…………王妃様は一体どうされたのですか?」
動揺するグレイスに浴びせられたのは冷ややかな問い掛けだった。
それも、グレイス本人を飛び越してその先にいるメイドに向けた。
「……ぇ?」
顔を上げてみれば、普段以上に冷静な……むしろ怒りが混じった冷徹な眼差しで見つめるニコルの顔が。
ここでようやく変な妄想で先走った行動をしてしまったと気付いたが、後の祭りである。
「……う、おほん! ニコル、よくいらしたわね。さあ、入ってちょうだい。是非、あなたの要件を聞かせてもらいたわ」
慌てて王妃の仮面を被り直すが、果たしてどれほどの効果があったのか。
せめてもの救いは一連の流れを見ていたのが部屋付きのメイドと警備の者数人だけだったということだろう。
《侯爵家メイド長ニコル》
「――異世界の知識?」
「はい。当家で預かっているキリコ・タカナシという少女からそのような提案がありました」
「……なるほど。その少女はある程度、情勢が見えているということね。さすがは異世界人というべきかしら」
心臓が激しく脈打つのを感じながら、王妃の感触を待つ。
ダリアナの付き添いという形で王妃の下を訪れたことはあるが、ニコル個人としてこの場を訪れるのは初めてのことだった。それもすべてフェンデルの名が為せる業。王妃の私室に一介のメイドが一人で訪ねる、そのことに緊張しているが、それ以上に興奮していた。
事が成功すれば、活動の幅は一気に広がる。
そうなればあの素晴らしい文化をより多くの人が享受できる。そうなればキリコ曰く、また新たな扉が開く。……それはどれほどの偉業だろうか。
キリコから同性愛というモノについて聞かされた時は、身分が高い者の間では昔からよく聞く話だと大して興味を持てなかった。
しかし、それが文字に書き起こされ、さらに絵が加わった瞬間……まさに新世界への扉が開いた。
ダリアナならば王妃の友人という立場でもっとスムーズに事を進められただろう。だが、キリコが指名したのはニコルだった。
それはニコルこそがこの世界で最初に作品に触れたからだが、ニコルは大役を任されたと認識している。
これは絶対に失敗できない戦いだった。
「……まあ、私としては許可をしても構わないのだけれど」
中にはこの手の話に拒否感を抱く者がいるかもしれない。そう聞かされた時、ニコルは何をバカなと憤ったものだが、崇拝するキリコの言うことならばと具体的な目的を告げずに異世界の知識を広めたいと伝えておいた。
グレイスの反応としては拒否はしないが、あまり快くも思っていないという感じが伝わってきた。
これは良くもないが悪くもない反応――ニコルはそう感じていた。
これまで接してきた中でグレイスの人物像として面倒事に首を突っ込むことを好まないことは理解している。今も王ではなく、王妃である自分が中心に異世界の知識を広めることで集まる反感を想像しているのだろう。
「王妃様の心配事もわかっているつもりです」
世の中は出る杭は打たれる。
王妃が王よりも人気を集めればたちまち不満を抱いた者たちによって消される運命が待っているはずだ。なのでニコルはグレイスにとってのスイッチを押すことにした。
「異世界人の利用、王たちもまだそれを決めかねているところで王妃様が先んじて行動を起こせば反感を買うこともあるかもしれません。上手くいったとしても成果だけを持っていかれるやもしれません」
「そうでしょ? それがあるから……」
「――ですが、それがなんですか?」
グレイスが何か言う前に畳み掛ける。
「えっ……?」
ニコルの返しが意外過ぎてグレイスは呆気に取られる。
「そうなれば、元々よそ者である異世界人を排除すればそれで終わりです。王妃様に傷などつきませんとも」
もちろん本心ではない。
今のニコルにとって大王国よりも大事なのはキリコの作り出す作品だ。万が一の時は身を挺してでもキリコを守る覚悟がある。
「……それに何より、王の鼻を明かせますよ?」
これが決め手。
常々王に対する不満を募らせているグレイスにとってこれ以上の甘言はない。
「……はぁ。わかりました。そこまで言うなら引き受けましょう」
「ありがとうございます」
「……しばらく見ない間に、あなたフェンデル老に似てきたのではないこと?」
もしかして、愛人の子かしら?と冗談を言ってくるグレイス。
「それは大変光栄なことですが、良い環境にいるので覚えただけでしょう」
あんなクソ爺に似るなんて冗談じゃないと最高の笑顔で部屋を後にしたのだった。
ちなみにこれは余談であるが、ニコルが好む作品は主に悪辣で醜悪な高位貴族が無理やり見目麗しい子どもたちを手籠めにする物語が多く、嫌っていると言いつつもその実好意を抱いているのではと一部で囁かれることになるのだった。
あと最低一話は女性陣の話です。思ったよりも王妃様が暴走するキャラになりました(-_-;)




