030 空が茜に染まる時~燃えるのは情熱じゃない
「うわっ、思ってたよりもエグい……」
町を襲っている魔族は黒い鎧に、灰色の肌と怪しく光る瞳といかにも怨念に憑りつかれているっていう雰囲気を漂わせている。
それが呻き声を上げながら暴れまわっている。まるでホラー映画でゾンビが町を蹂躙している様を見ているようだ。
「……レームたちが加わると、さらに変な光景に代わるわね」
「委員長……」
それは言いっこなしだよ。
気絶した兵士たちはドームと委員長が脇に寄せているので戦っているのは見た目は人体模型なアンデットとゾンビか亡霊。第三者の聖職者がいたら、即座にどちらも浄化させておしまいにしそうだ。
まっ、そんな人がいたらそもそも戦場になんて出て来てないんだからいるわけはないけどね!
「だけど、魔王軍ってなんか変な感じだね」
「変って? どういうところが?」
「う~ん、なんだろう……上手く言えない? なんていうか嫌な感じはたしかにするんだけど、耐えられないってほどじゃないって言うか……」
「わからないわね」
「う~ん……」
なんだろう? なんでこんなにモヤモヤするんだろう。
「でも、私もわかるな~」
「大鳥さんまで……。そんなに気になるかしら?」
「だって、魔王軍の人たちって人間っぽくなくない?」
「……人間っぽくない?」
どういうこっちゃ?
そもそも魔王軍なんだから人間じゃないのは当たり前じゃない?
「……ごめん。意味が分からないわ」
「ほら、さっきから町を壊すことしかしてないじゃん?」
「何言ってるのよ。兵士の人たちが襲われてるでしょ?」
そうそう。委員長たちが避難させた人は生きてはいるけど、ケガはしてんだから。その言い方はおかしいって。
しかし、大鳥さんは諦めない。
「でもでもっ、襲われてるのって自分から攻撃した人ばっかりだよ?」
「えっ……?」
驚いたのは私だったのかそれとも委員長、キッドだったのか。全員が口にしたようでもあり、もしかしたら誰も声を発さなかったのかもしれない。
大鳥さんが当然のように告げた事柄はそんなこともわからなくさせるほど衝撃的だった。
「……どう思う?」
「確証はないけど……」
「うん。大鳥さんの言ってることは正しい気がする」
到着した時には戦闘開始から時間が経っているからハッキリしたことは言えない。
だけど、魔王軍の行動は基本的に破壊活動を目的としているように見える。
その証拠に邪魔をされたらやり返したり、追い返したりはしてるけど気絶したり戦線から離脱した者を追いかけることはしていない。
そうでなければ、兵士を避難させている私たちにもっと襲いかかって来てもいいはずだ。
ドームやアンデットが周りにいるとは言っても、見た目は子ども四人。戦場にいるのはどう見ても場違いな面子が固まっているのだから早々に潰すのが定石だろう。
弱い奴は潰せる時に潰す。
ちょこまかと動き回られて愉快な人間はそういないはず。
「……魔王軍にとっては取るに足らない雑魚だからってことはない?」
「可能性はあるけど、低いと思うわ」
「だよね」
もしかしたら襲われる可能性もあるけど……。
「レーム! 撤収するよ!!」
「夢宮さん!?」
「委員長、ごめん。もしかしたら襲われるかもしれない。だけど、大鳥さんの推測が正しければ、相手は深追いはしてこないはず……」
目的が町の破壊ならば、追いかけるよりも破壊を続けることを優先するだろう。
「私たちじゃ、治療なんて出来ない。だったら、可能性に賭けてみるべきだと思う」
「だけどっ!」
「……わかってる。もしも、最悪の形で予測が裏切られたらたぶん助からない」
「わかってるなら、どうして……」
「だって、助けに来たのに見殺しにしたら後味悪いじゃん?」
「っ!? ごめん、……ありがとう」
「な~んで謝るのかな」
感謝も早いって。
「それじゃあ、襲われないことを祈って助けだそうぜ!」
「だね~。どうせ戦場じゃ役になんて立たないから、頑張るよ~」
「キッド君、大鳥さんも……!」
「はいはい。泣くのは後だよ委員長」
「そ、そうよね……! 夢宮さんの言う通りだわ! 泣いてる場合じゃなかったわ」
「じゃあ、急ごう――兵士が死ぬ前に、ねっ!」
「最後に縁起が悪い!!」
《???》
「……ふむ。少し寝過ごしたか?」
思っていたよりも目的地の崩壊が進んでいるのを見て、段取りの誤りなどを考慮するがそれが勘違いだったというのは町を見た瞬間に気付いた。
「どういうことだ? 何故、ただの一人も町を守っていない?」
可能性として考えられるのは襲撃地点を間違えたか、別の理由ですでに廃墟と化していたかということ。だが、それにしては生活感が漂い過ぎている。
崩壊して見る影もない街並みだが、漂ってくるニオイがそれを証明している。
まだ新鮮な肉や野菜が焦げるニオイに、僅かながら混じった血や鉄のニオイ。
その中に、妙なニオイを一つ認識した。
「……これは、アンデットか?」
常に死と隣り合う存在。死から這い出し、生者からは逸脱した存在特有の鼻についてなおかつ執着するかのように離れようとしない不快なニオイだった。
「まさか、この町の人間は自らの命を捧げて抵抗したとでもいうのか?」
信じられないことだった。
少なくとも知る人間の中にそんな狂った存在はいない。いるとすれば、それは自我を持たない人形だろう。
「守る者を自らの手で失くし、何を守ろうと言うのか……!」
その馬鹿馬鹿しさにはただただ苛立ちが募る。
「契約にはないが、いっそのことすべてを焼き尽くしてくれようか……!」
「おお……! た、助かった。助かったぞおおおお!!」
なんとか兵士全員を避難させ、崩壊のスピードを速めた町を見つめているとどっかのおっさんが空を見上げながら歓喜の声を上げていた。
「ほ、本当だ! 助かった!!」
「見ろっ、空を見ろ!!」
「な、なんということじゃ……。聖獣様、聖獣様が儂らを助けに来て下さった!」
「……何?」
どういうことと視線を追って空を見上げると、視界に飛び込んで来たのは紅だった。
赤く染められた空。
まるで太陽が空に飲み込まれて、溶け切ってしまったように一色に塗り潰されていた。
「夕焼け?」
「そんなっ、早過ぎるわ!」
委員長が驚くのも無理はない。
だって、まだ正午を周ってそんなに時間は経っていないはずだもん。
日が暮れるにはあまりにも早い。
「違うっ、あそこを見て!!」
「……何、あれ?」
空を赤く染める正体は一羽の鳥だった。
太陽をその身に宿し方のように炎を纏う鳥はとても美しかった。
『キュエエエエエエ―――!!』
ぽかんと口を開けて見つめる中、鳥は甲高い泣き声を上げながら、魔王軍へ突っ込んでいく。
まるで隕石が光の粒子を舞い散らせるかのような火の玉は高い火柱を上げてすべての魔王軍を消滅させる。
「な、なんなのあれ?」
私たちは驚愕の声を上げるので精一杯だった。
「なんだ、お嬢ちゃん知らないのかい?」
頼んでもないのに進み出て得意げに解説を始めるおっさん。
さっきまではこのまま死ぬんだって嘆いてたくせに……。
「あれは聖獣様だよ」
「聖獣、様?」
なんぞそれ?
「そうさ! 魔王軍に襲われている村や町があればどこからともなく現れて魔王軍を焼き尽くし、我々を救ってくださるというありがたい鳥だ。一説にはモンスターのフェニックスなんじゃないかというバカな奴らもいるが、我々のような力のない貧しい者たちは神様の使いだと思っているよ」
「……その割には絶望してなかった?」
助けが来ると思ってたとはとても思えない。そう告げると、おっさんは諦めたような表情で「しょうがないんだ」と呟いた。
「実際、半ば諦めていたからね」
「どういうこと?」
「聖獣様が助けてくれるかどうかは運次第なんだ。たしかに助かったという話も聞くが、助けが来ずにそのまま滅びたという話も聞く。色々な地域に出没しているらしいが、普段どこにいるのかもわからない存在なのさ」
つまり、助けて欲しくても居場所がわからないから助けを求めることもできないと。
それだったら、諦めるのも頷ける。
期待して助からなかったら、それこそ絶望するしかなくなるもんね。だったら、初めから期待しない方がいいか。
「……なんにせよ、我々は助かった。本当にありがたいことだ」
おっさんを始め、周囲で何人もが祈りを捧げている。
その祈りに応えるかのように火の鳥は炎を巻き上げながら崩壊した町の中からその姿を現した。
まるで再生を司る不死鳥のごとく――。




