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密着七日目

 鎌口(かまぐち)夫妻と花沢(はなざわ)さんへの取材から見えてきた、共通する違和感。音信不通になったこと、ヌラキモに対する愛情を失っているように見えること、皮膚に異常が見られること……。これらを紐解くことで、ヌラキモの生態の謎がさらにわかるような気がします。「ヌラキモは、その姿を消す前に飼い主に何かしらの影響を与えているのではないか」、「その影響を受けた飼い主には同じような変化が起きるのではないか」などと想像するも、やはり専門家ではない私たちでは、はっきりとした答えは出せません。


 ここは、曲がりなりにも生物学者である杉並(すぎなみ)教授に期待するしかなさそうです。せめて、鎌口夫妻と花沢さんの話を聞く中で教授が新しい仮説を立てることだけでもできていれば良いのですが……。




 花沢さんに取材を行った翌日、杉並教授から電話がありました。


杉並「我が家にもヌラリヒョキヌゲネズミモドキがやって来たんですよ! 本物です! ようやく現れました!」


 なんと、杉並教授もヌラキモを手に入れられたというのです。その口調から、興奮していることが伝わってきます。ヌラキモの研究を進めるなら実物の入手は必須。それに苦戦していた杉並教授でしたが、ついにその必須条件をクリアできました。鎌口夫妻と花沢さんへの取材、加えてヌラキモの実物が揃えば、杉並教授の研究は大きく前に進むことでしょう。オブラートのように薄かった私たちの期待も、辞書くらい分厚くなりました。


杉並「しかも! ヌラリヒョキヌゲネズミモドキが現れる瞬間も撮影できたんです! これはまだ誰も記録できていない、間違いなく貴重な映像ですよ!」


 杉並教授はヌラキモが出現する瞬間を捉えるべく、ヌラキモの幼体が寄生している可能性がある淡水魚の水槽を、二十四時間撮影していたのです。映像データを送ってくださいました。熱帯魚屋さんのように棚にいくつも並んだ水槽。そのうちの一つから、白いシャクトリムシのような生物が這い出てきました。水槽の淵から床に落下すると、全身が膨れ上がります。見た目はウィンナーのような、小さな肉塊です。その肉塊はもごもごと(うごめ)きながら手足や耳、目などを形成。同時に体毛も生え始め、私たちが知るヌラキモの姿に変身しました。


 映像データの時間はおよそ二分。杉並教授が言うには、早送りをしたわけではないそう。


杉並「ヌラリヒョキヌゲネズミモドキは、小さな虫のような幼体から成体になるまで、わずか二分しかかからないということです! 飼い主たちが突然現れたように感じるのも無理はないでしょう! こんなにも急速に成長する生物……私が知る限りでは他にいません!」


 興奮冷めやらぬ杉並教授。ヌラキモの実物を手に入れられただけでなく、成長過程まで記録できたことに歓喜しているのがこれでもかと伝わってきます。「他の学者と比べて自分の研究は遅れている」と言っていた教授が、ここに来て大逆転しようとしているわけですから、その喜びは一入(ひとしお)でしょう


 私たちとしても、杉並教授の自宅に現れたヌラキモを見せてもらいたいところ。早速お会いできないかと提案しましたが、その直後、教授の声のトーンが一気に下がりました。


杉並「それが……ヌラリヒョキヌゲネズミモドキは、私ではなく妻に懐いていまして……べったりなんです。片時も妻から離れようとしません。たぶんメスなのだと思います。鎌口さんが、同性の飼い主に懐くと言ってましたからね。妻も、私がヌラリヒョキヌゲネズミモドキに触れられぬよう、自室に隠しています。まさに相思相愛……そもそも私は、子供が自立した二十年前から妻とはほとんど口を聞いておりませんでして、今さら彼女に頼みごともできず……毎日飯を作ってくれるだけで、頭が上がらないんです」


 確かにヌラキモは杉並教授の自宅に現れましたが、飼い主は教授ではなく奥様とのこと。奥様の許可なく勝手に研究することはできそうにありません。その奥様と教授との関係性は冷え切っていて、ヌラキモを研究する許可をもらえる可能性は極めて低いと思われます。教え子である花沢さんだけでなく、奥様との間にも問題を抱えていた杉並教授。動物の研究をする前に人とのコミュニケーション方法を身につけるべきだと伝えたところ「人間と上手く交流できないから、生物学を専攻したんですよ!」と、開き直られてしまいました。


杉並「自由に研究できそうにはありませんが、すぐ近くにヌラリヒョキヌゲネズミモドキがいるだけで、新しい発見が絶対にあるはず。妻は今日から数日、友人と旅行に出かける予定です。ヌラリヒョキヌゲネズミモドキは連れて行ってしまうでしょうが、その間に彼女の部屋も含め、うち全体に監視カメラを仕掛けます。死角がないように。これで見逃すことはありません!」


 黒に近いグレーな方法でヌラキモを観察すると言い張る杉並教授。監視カメラが奥様にバレた後のことが気がかりですが、教授はそのリスクを承知でヌラキモの謎を解き明かすつもりなのでしょう。それほど覚悟しているのであれば、私たちが止めるのは野暮。彼の気持ちを汲み、新しい発見があることに期待しながら連絡を待ちます。

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