密着最終日
私たちはヌラキモの危険性にフォーカスした特集番組の制作に着手しました。しかし、番組の完成までに一週間程度はかかってしまいます。その間に、ヌラキモの被害者が増えるかもしれません。
早急な対応が必要だと感じている杉並教授は、一足先に、奥様がヌラキモに襲われて成り代わられる動画をSNS上に公開。ユーザーに拡散を呼びかけました。ですが、「AIで巧妙に作られたフェイク映像だ」という反応がいくつか寄せられただけ。ヌラキモのブームをかき消すには至りませんでした。
杉並「私の影響力では真に受けてもらえませんでした。特集番組の力が必要です。急いで完成させてください」
教授からそんな連絡が毎日のように届きます。ただ、特集が完成しても企画が通り、テレビの放送枠を獲得できるかどうかは私たちの上司の判断次第です。もしボツにされてしまえば、完成しても視聴者に届くことはありません。世の中がヌラキモを好意的に捉えている中、その流れに逆行するような特集はボツにされてしまう可能性が高いでしょう。それでも、一縷の望みにかけて制作を続けます。
もう少しで完成というとき、杉並教授から電話がありました。
杉並「ヌラキモの特番ですが、あれ、なかったことにしてもらえますか? 事を荒立てないでほしいんですよね」
教授から意外な言葉が飛び出しました。彼はヌラキモを危険視し、それを人々に訴えかけようとしていたはずです。なのに特番を作ることをやめろと言うなんて、どういう心境の変化があったのでしょうか。
杉並「うちに、もう一匹ヌラキモが現れたんですよ。私に懐いてくれて、本当にかわいくてかわいくてたまらなくて……こんなに愛らしい子を悪く言うことなんてできませんよ。心が痛みます」
なんと、杉並教授もヌラキモに心を奪われてしまっていたのでした。
杉並「最初はすぐに殺してやろうと思ったのですが、こんなにプリティな生き物の命を奪うなんて無理です。ものすごくかわいい……この子になら私の全てをあげてもいいなって思うくらい、もう愛らしくて……」
もしヌラキモの危険性を周知する特番を放送して、人々が「ヌラキモは駆除しなければならない」と考える風潮が生まれたとします。そうなれば、ヌラキモは危険だと声を上げた張本人である杉並教授がヌラキモを飼っていることなど許されるはずがありません。自らの手で処分しなければならなくなるでしょう。そんなことをしたくないからと、私たちに制作をやめるよう言ってきたのでした。
杉並「もし放送したら、本格的に抗議します。そのときはきっと、ヌラキモを飼っている人々や、成り代わられた人々が私に賛同してくれるでしょう」
そう告げたのを最後に、杉並教授は電話を切ってしまいました。その後、何度もかけ直しましたが、出てくれません。
ヌラキモの支配がどこまで進んでいるかわからない現状で、その存在を否定するような特番を公開したら、どんな報復を受けることか……。リスクを考え、私たちは制作を中止しました。
やがて私たち人間の社会は、ヌラキモの社会に変わってしまうことでしょう。もしかしたら、あなたの友人や恋人、家族は、すでにヌラキモなのかもしれません。
<了>




