密着六日目
F大学近くにあるファミリーレストラン。そのボックス席で花沢麗奈さんに取材を行います。スタッフの隣には杉並教授が、テーブルを挟んで向かい側のソファに花沢さんが座りました。花沢さんは黒髪でショートボブの、痩せ型の女性。現在は大学三年生です。とても落ち着いた表情で、ホットコーヒーを啜っています。
一方で杉並教授は、どこか居心地が悪そうに口を真一文字につぐんで、すでに注文を済ませたというのにメニュー表とにらめっこ。先日は意気揚々と花沢さんと鎌口夫妻、そしてヌラキモに関する推理を語っていた彼ですが、今はその勢いを完全に失っているようです。杉並教授は単位を餌に、花沢さんが飼っているヌラキモを譲るよう脅しとも取れる発言をしていました。そのため、花沢さんに尋ねたいことは多々あれど、申し訳なさからどんな言葉を口にすればいいのかわからなくなっているのでしょう。一言謝れば済むことかもしれないのに、その素ぶりすら見せない。杉並教授が年齢とともに積み重ねてきたプライドは、富士山など比較にならないほど高いようです。
このままでは埒が明かないため、私たちスタッフから花沢さんに質問することにしました。まずは、花沢さんがヌラキモを飼っていたのは事実なのか、そのヌラキモは今どうしているのかを伺います。
花沢「ええ。ヌラキモを飼っていました。それは間違いありません。写真がありますので、見てください」
花沢さんはスマートフォンに保存したヌラキモの写真を数枚見せてくれました。花沢さんとヌラキモが写った自撮り写真もあり、インターネットで拾ってきたものではなく本人が撮影したものだとわかります。
花沢「名前は『マチルダ』でした。みんなが言っているように、ある日突然現れたんです。それから三週間くらい飼っていたのですが、気がついたらいなくなっていて。それっきりです」
マチルダと名付けられた、花沢さんが飼っていたヌラキモは姿を消してしまったそう。鎌口夫妻のヌラキモと同じ現象が起きていたようです。
花沢「だから杉並先生、もうヌラキモを譲ることはできません。それでも単位はちゃんとくださいね」
杉並教授に微笑みかける花沢さん。教授は「ああ、それについては申し訳なかったね」と、ようやく謝罪しました。自分の孫くらい歳が離れている学生にお膳立てしてもらわなければ「ごめんなさい」すら言えない杉並教授。もっと物事を柔軟に考えられる人かと思っていましたが、そうでもなさそうです。ヌラキモのイメージより先に、私たちが杉並教授について思い描いていた人物像が覆っていきます。
それはさておき。花沢さんに聞きたいことはまだまだあります。先日まで、彼女は大学を休んでいました。その間、友人の壺田さんが連絡しても一切反応がなかったそう。休んでいた期間は、何をしていたのでしょうか。ヌラキモがいなくなったことによるペットロスに悩んでいたのでしょうか。
花沢「もちろんそういう気持ちもありましたけど、それとは関係なく熱と吐き気が止まらなくて、病院に行ったらそのまま入院することになっちゃったんです。起きているのもしんどくて、点滴をされたままずっとベッドで寝ていました。だから、連絡もできなかったんです」
花沢さんは激しい体調不良に襲われ返信すらできない状況だったようです。これは壺田さんも予想していました。物的な証拠はありませんが、花沢さんはどこの病院に入院していたのか、入院中に何を食べたのかなど事細かに口にしました。嘘を吐いている可能性も否めないものの、それにしては話がかなり具体的。「経験していなければここまで詳細に語れないだろう」と思える内容でした。
次に聞きたいのが、入院する以前の花沢さんと、現在の彼女の雰囲気が変わったことについて。入院中、あるいはその前後で何か心境に変化はあったのか尋ねてみます。
花沢「うーん、特にないと思います。まだ退院して一週間も経っていないので、単に元気が戻っていないだけじゃないですかね? 私としてはもう全然大丈夫なんですけど、友達たちからすると人が変わったように見える……のかもしれません。でも本当に、私としては何も変わってないんですよ。考え方が変わるような、劇的なことなんかも起きてませんし……」
花沢さんに心当たりはなさそうです。そもそも、友人が客観的な視点で見て覚えた違和感の原因を本人に確認すること自体、筋違いに思えます。質問をした後で、そう感じました。
杉並教授にも彼女に変わった部分があるか聞いてみましたが、「前はもっと元気な感じがしたような、そんな気がしないでもないかなあ」という、曖昧な回答が返ってきました。生物学者は、人間にはあまり興味がないようです。たとえそれが自分の教え子だとしても。
そしてもう一つ、私たちが気になっていることを花沢さんに伺います。彼女は、杉並教授から「ヌラキモを譲らなければ単位はやらない」と言われても「絶対に譲らない」と断ったそうです。ヌラキモに対する強い愛情を感じます。そのヌラキモがいなくなってしまったことについて、どう感じているのでしょうか。
花沢「当然、悲しいですよ。短い期間でしたけど、一緒に暮らしていた家族がいなくなったも同然ですから。でも、いつまでもくよくよ悩んでいられませんからね。今はもう切り替えています」
いなくなった当初は悲しい気持ちになったものの、未練はないとのこと。その言葉からは、「愛するペットを失ってもなお前を向く強さ」というよりは、「いなくなったもののことは考えない冷淡さ」を感じます。この点は、再取材した鎌口夫妻の口ぶりからも感じられました。
家族と呼ぶほど愛していたヌラキモがいなくなってしまった現実を、花沢さんはどう乗り越えたのでしょうか。
花沢「どうって……言葉にするのは難しいですが、無理にでも乗り越えるしかないじゃないですか。泣いても叫んでも戻ってくるわけじゃないですし、悲しくても生活していかないといけませんし」
花沢さんの言うとおりではあります。ペットの喪失が飼い主に与える衝撃は尋常ではありません。ヌラキモのようにどこかへ行ってしまうこともありますし、「死」という形でいずれ必ずいなくなってしまいます。それでも飼い主の人生は続いていくのですから、現実と向き合い、悲しみを押し殺しながら生活しなければなりません。「ヌラキモがいなくなってしまった現実をどうやって乗り越えたのか」という質問の答えは得られませんでしたが、花沢さんの言葉は、詮索するのが野暮だと思えるほど真っ当なものでした。
しかし、彼女の反応を見られたのは収穫です。鎌口夫妻と同じように花沢さんも、良くも悪くもヌラキモに対する執着心を失っています。本人は気づいていないかもしれませんが、これは両者とも音信不通になる前後で発生した変化です。この変化を、私たちや壺田さんは違和感として感じ取ったのでしょう。そして、この変化にヌラキモが関与しているという杉並教授の推理も、全くの的外れとは言えなくなってきました。花沢さんと鎌口夫妻の変化は、ほぼ間違いなくヌラキモを起点に発生しています。
ここまで話したところで、男性ウエイターが注文していた料理を運んできました。杉並教授の前には明太子スパゲティが、花沢さんの前にはレアステーキグリルが置かれます。ここで取材は終了し、ランチタイムに移りました。
年の影響で食が細くなっているのであろう杉並教授は、フォークにパスタを二、三本ずつ巻きつけてはちびちびと食べ進めます。そんな老いぼれと対照的に、右手に握ったフォークをステーキに突き刺し、切り身を丸ごと口に放り込む花沢さん。清楚な見た目からは想像できないほどワイルドな食べっぷりです。まだ口の中にお肉が残っているのに次々と入れ、左右の頬を膨らませながら咀嚼します。彼女の食事は「食べる」というより「貪る」という表現がぴったりです。
グリルにはフライドポテトやブロッコリーが乗っていますし、セットでライスもついてきましたが、花沢さんはそれらに手をつけません。お肉だけを食べ終えると、「ごちそうさまでした」と言い、両手を合わせました。もう食べないのかと尋ねると、彼女は「私、肉だけを食べる逆ビーガンなんですよね」と口にします。そういう人も世の中にはいるのでしょうが、私たちの脳裏には「肉食性」というヌラキモの生態がよぎりました。
また、私たちは花沢さんについて、あることに気づきました。フォークを握っていた彼女の手首、その皮膚が一部、ひだ状に緩んでいたのです。まるで皮膚が余っているかのようでした。鎌口夫妻の首元と同じように。




