密着四日目・五日目
鎌口夫妻から聞いたヌラキモの特徴。それらがどの程度正確かを調べるため、杉並教授は研究室でパソコンに向かい、同じような情報がインターネット上にないか探し始めました。特に彼が気になっているというのが「ある日突然ヌラキモが消えてしまった」こと。生き物が何の痕跡も残さず消えることなど考えられません。鎌口夫妻がペットのヌラキモを隠すために吐いた嘘なのか、本当にヌラキモにそのような習性があるのかを確認したいと考えているのです。
杉並「あった……ヌラキモは本当に、突然消えてしまうのか……」
SNSやブログで、飼育しているヌラキモの情報を発信しているユーザーの中に、「ヌラキモがいなくなった」という投稿をしている人がいました。ほんの数人ではあるものの、飼っていたはずのヌラキモが失踪したという、鎌口夫妻と同様の体験をしている人がいたのです。夫妻が話していたことの確度が高まります。
杉並「消えるのが事実だとして、一体どうやって……」
ヌラキモが姿を消す方法を探ろうとする杉並教授ですが、四時間かけても詳しい情報は見つけられませんでした。どのユーザーも「突然消えた」とだけしか投稿していないのです。実物のヌラキモを飼育しなければ、姿を消す理由や方法はわからないままでしょう。杉並教授は、下唇を噛みます。
私たちスタッフも、鎌口夫妻以外にヌラキモを飼っている方を探してアプローチしてみました。しかし、どの方も取材NG。そもそも鎌口夫妻も、何人も断られ続ける中でようやく見つけた、数少ない取材OKな方々でした。快諾してくれる方が新しく見つかる目処は立ちません。
杉並「手詰まりですね……。ひとまず私は淡水魚をもっとたくさん集めて、自力でヌラキモを確保してみようと思います」
現状、杉並教授にできることは情報収集をしつつ、ヌラキモがやって来るのを待つことくらいでしょう。一度は光が差したように思えた彼の研究ですが、再び暗雲が立ち込めてきました。
一週間後、杉並教授から電話がありました。彼が受け持つゼミで「奇妙なこと」が起きているというのです。私たちに連絡をしてきたということは、ヌラキモに関係することなのでしょう。すぐにF大学に向かい、杉並教授の研究室で詳細を伺います。
研究室には教授と、茶色いロングヘアの女子学生がいました。この女子学生、壺田ヒロミさんこそ「奇妙なこと」を教授に報告した張本人。一体何が起きているのか、それがヌラキモとどう関係しているのか、お話を聞きます。
壺田「ゼミの友人が変なんです。変……というか、突然雰囲気が変わったみたいな。見た目は何も変わっていないんですけど、話し方とかが別人みたいで。その子、先週から大学を休んでいたんですけど、復帰したと思ったら、なんだか違和感があって」
杉並「壺田さんが言う友人というのが、以前お話しした、ヌラリヒョキヌゲネズミモドキを飼い始めたという私のゼミ生です。花沢麗奈さんといいます」
杉並教授は、ヌラキモを飼い始めたゼミ生に「譲らないと単位をやらない」と脅したと私たちに話していました。そのゼミ生が花沢さんという学生だそうです。
杉並「花沢さんが休んでいる間、ゼミも無断欠席の状態だったんです。壺田さんが連絡しても、一切返信がなかったらしく」
壺田「そうなんです。麗奈はいつも、LINEすると遅くてもその日のうちには返信してくれます。けど、休んでいる間はずっと既読がつきませんでした。電話しても折り返してくれなくて」
杉並「連絡がついていたのに突然音信不通になってしまう。そして連絡が取れて、実際に会ってみると以前と何か雰囲気が違う。スタッフさんが感じた鎌口夫妻の違和感と似ていませんか?」
杉並教授の言うように、私たちスタッフが鎌口夫妻に再取材を申し込もうとした際、数日間は連絡がつきませんでした。その後、取材を許可してくれた彼らに会うと、ヌラキモに対する熱量を失っていたように思えました。ヌラキモを我が子のように考え、守るためなら他人に殺意すら向けていた鎌口夫妻。そんな彼らの前からヌラキモが消えたというのに、その口ぶりからは執着心も失意も感じられませんでした。目の前にいたのは間違いなく鎌口夫妻なのに、別人のようだったのです。
花沢さんも、鎌口夫妻と近い状態になっている様子。この話を聞き、杉並教授は花沢さんと鎌口夫妻の共通点を考え、推理しました。
杉並「私のほうで調べましたが、花沢さんと鎌口夫妻に直接的なつながりはありません。赤の他人です。しかし、同じような行動をとっている……もしこの両者に共通点があるとしたら、ヌラリヒョキヌゲネズミモドキを飼っていたことしか考えられません。音信不通になったと思ったら、雰囲気がまるで別人のように変わっている。このことに、ヌラリヒョキヌゲネズミモドキが関わっている可能性があります」
やや語気を強めて語る杉並教授。花沢さんと鎌口夫妻の共通点は「ヌラキモを飼っていたこと」。それ以外になく、お互いに顔を合わせたこともない。そこから、ヌラキモが関与していると考えたようです。
この杉並教授の推理が当たっているかどうかは、根拠薄弱で正しく判断できません。「杉並教授がヌラキモの研究に固執するあまり、全く無関係な出来事を強引にヌラキモと紐づけようとしている」とさえ考えられます。一方、彼の推理が完全な妄想であると否定できる要因もありません。確かめるには、まず花沢さんに話を聞いてみるべきでしょう。彼女の話から鎌口夫妻との別の共通点や、ヌラキモとの関係性の有無を判断するヒントが得られるかもしれません。
壺田さんにお願いし、花沢さんに取材する機会を作ってもらいました。現在は、今までどおり連絡が取れているそうです。
後日、杉並教授と私たちスタッフ、そして花沢さんとで会うことになりました。




