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密着一日目

 ヌラリヒョキヌゲネズミモドキ、通称『ヌラキモ』の特集番組を公開後、私たちは改めて生物学者の杉並三太夫(すぎなみさんだゆう)教授に密着取材することにしました。


 実際にヌラキモを飼っている方のほうが学者よりもその生態に詳しいと考え鎌口(かまぐち)夫妻にお話を聞きましたが、途中、明らかに様子が変わりました。それだけヌラキモを愛している証なのでしょうが、彼らにこれ以上取材を続ければ、思わぬ地雷を踏み抜いてしまうかもしれません。あのときの鎌口夫妻の剣幕は異様でした。非常に危険だと感じたため、ヌラキモの研究に没頭している杉並教授に密着する形で妥協しつつも、ヌラキモの謎を解き明かすヒントを一つでも得ようと決めたのです。


 欲を言えば実物のヌラキモを研究している学者さんに密着したかったものの、どの方からもNGを出されてしまいました。唯一許可をくれたのは、杉並教授だけです。彼への密着中、もしヌラキモについて新しくわかったことがあれば、再び特集を組むつもりでいます。これほど謎多き生物を放っておけません。私たちのジャーナリズムが(うず)きます。




 この日は日曜日で、F大学の授業はすべてお休み。しかし、杉並教授は早朝から自身の研究室でパソコンに向かっていました。現在、彼の手元にはヌラキモがいません。研究しようにも、インターネットで情報を集め、そこから仮説を立てることくらいしかできないのです。


杉並「うちにヌラリヒョキヌゲネズミモドキが入り込んでくれるか、譲ってくださる方がいれば話は早いんですけどね。どちらも空振りです。特に後者は、飼い主に直談判すると、その度に烈火のごとく怒鳴られまして。包丁を向けてくる人もいました。それほどかわいくて、手放したくない大切な存在なのでしょうね」


 ヌラキモは、欲する人の家にやって来るわけではない。しかし、いざやって来たらその愛嬌で家主の心を鷲掴(わしづか)みにする。鎌口夫妻の様子からも、それは間違いありません。まだヌラキモを飼ったことがない杉並教授でさえ、一日の大半をヌラキモの調査に充ててしまうくらいですから、「魔性の生き物」といえるでしょう。


 ただ、杉並教授がここまでヌラキモの調査に没頭する理由は、単にヌラキモが持つかわいらしさに魅力を感じているからだけではありません。


杉並「私以外にも多くの生物学者がヌラリヒョキヌゲネズミモドキの研究を進めていて、実物を手に入れている者もいます。私は遅れをとっているんです」


 世間の注目を集める新種の生き物。その生態を誰が解き明かすのかは、まさにレース。最も早く研究を進められた学者こそ、実質的な「ヌラキモ研究の第一人者」となれるのです。杉並教授はその肩書を狙っています。しかし、現在の杉並教授はヌラキモの研究に関して、他の生物学者たちに遅れをとっているとのこと。そこから生まれる焦りこそ、彼が時間を惜しまずヌラキモを調査している理由です。


 また、杉並教授が勤めるF大学は学生数が年々減少しており、収益は下降気味。そのため、職員の削減が行われています。ここ数年、目立った研究成果を出せていない杉並教授は、いつ大学側から契約解除を言い渡されても不思議ではないと感じているそう。働き口を失わないためにも、ヌラキモ研究の第一人者となれる機会をどうしても逃したくないと語ります。


杉並「今でも世界各地で新種の生物が発見されていますが、ヌラリヒョキヌゲネズミモドキのようなケースは(まれ)です。その存在は世間一般に広く認知されているのに、生態は謎ばかり……こんなにも珍妙な生物の謎を解明できれば、生物学者として学会だけでなく世間からも高く評価されることは確実です」


 ヌラキモは、杉並教授にとって千載一遇の好機。この先もF大学に残れるかどうか、そして生物学者としてスポットライトを浴びられるかどうかは、ヌラキモ研究の成果にかかっています。


 研究を進めるには、やはりヌラキモを手に入れることが必須だと言う杉並教授。手に入れられなかったとしても、短時間でもいいからその目で実物を観察したいと強く願っています。もしこのまま研究が前に進まず、杉並教授とF大学との契約が解除されてしまったら、私たちスタッフもヌラキモの生態を知るチャンスを失うことになってしまうでしょう。


 そこで、あまり気乗りはしませんでしたが、雌雄(しゆう)のヌラキモを飼う鎌口夫妻と杉並教授を引き合わせてみることにしました。おそらく鎌口夫妻は、私たちに不信感を抱いていることでしょう。しかし初対面の杉並教授であれば、いきなり攻撃的な態度は取らないと思われます。杉並教授が「ヌラキモを渡してほしい」などと口走らず上手いこと交渉すれば、観察する機会くらいならくれるかもしれません。


 杉並教授に提案したところ、「ぜひ会ってお話ししたい」とのこと。すぐに鎌口学(かまぐちまなぶ)さんのスマホに電話をしましたが、「電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない」というアナウンスが流れるだけ。奥様の彩華(あやか)さんにも電話をしてみましたが、彼女も不通。


 日を改めて連絡をしても、やはりつながりません。テキストメッセージも送りましたが、いつまで待っても既読はつかないままでした。

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