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ヌラリヒョキヌゲネズミモドキの特集(後編)

 鎌口学(かまぐちまなぶ)さん、彩華(あやか)さん夫妻が暮らしているのは、東京都内にあるタワーマンションの二十七階。二人ともまだ三十代前半ですが、学さんは総合商社に、彩華さんは外資系のIT企業に勤めるエリート会社員。若くして憧れのタワマン暮らしを実現しました。


 高層階のため外にいる生き物が部屋に入ってくることはほとんどないそうですが、ある日突然、ヌラキモが同時に二匹も現れたとのこと。


学「僕、大型の淡水魚が好きで、うちではアロワナを飼っています。三年くらい前からですね。アロワナの餌は小さい金魚なので、定期的に大量購入していました。たぶん、その餌用金魚にヌラキモの幼虫? 幼体っていうんですか? それがくっついていたんだと思います。ヌラキモって赤ちゃんの頃は、淡水魚に寄生してるんですもんね? それがいつの間にか成長したんじゃないかなと」


 学さんの言うように、リビングにはアロワナ用の大きな水槽と、その隣に数十匹の金魚が泳ぐ小さな水槽が置いてあります。生物学者の杉並(すぎなみ)教授は、「ヌラキモが現れた家では淡水魚を飼っている」と言っていましたが、例に漏れず鎌口家にも淡水魚がいました。


 テーブルを挟んで私たちスタッフの正面に、横並びで椅子に座る学さんと彩華さん。二人の右肩には一匹ずつヌラキモが乗り、様子をうかがうように私たちのことを凝視しています。


彩華「私の肩に乗っているのがメスで、名前は『トリニティ』です。夫のほうにいるのがオスの『ネオ』。大きさも、体毛の柄もそっくりですけど、トリニティのほうが目の周りに生えてるまつ毛みたいなのが長いんです。女の子だからですかね? 二人ともケージに入るのは嫌がるので、普段は放し飼いにしています。でも、いつもこうやって私たちの近くにいてくれて、どこかに逃げることはないので安心ですね」


 夫妻の肩から離れる気配がないヌラキモたち。普通の小動物では、これほどおとなしくしてくれないでしょう。ヌラキモの人懐っこさや知能の高さが、その(たたず)まいから伝わってきます。


 ネオくんとトリニティちゃんについて、より具体的に聞いてみましょう。まず、その出会いはどのようなものだったのでしょうか。


学「朝、目を覚ましたら枕元にいたんですよ。笑いながら僕のほうを見ていて。それがネオでした。そのときはめちゃくちゃびっくりして、隣で寝ていた妻を叩き起こしましたね」

彩華「私も驚いちゃって。最初は夢を見ているのかと思いましたけど、現実で」

学「ヌラキモのことはSNSで知っていましたから、『ついにうちにも出たか!』って。でも聞いていたとおりすごく人懐っこくて、全然警戒せず僕の手に頭をこすりつけてくるんですよ。その瞬間、もう一目惚れしちゃいましたね」

彩華「で、ネオを持ってリビングに行ったら、テレビのリモコンの上にもう一匹乗っていました。それがトリニティです」

学「テレビの電源を入れようとしていたみたいなんですよね。すごく頭が良い生き物だとは聞いていましたが、こんなことまでやろうとするのかと、また驚きました」


 鎌口夫妻とヌラキモたちとの出会いは、サプライズの連続だったようです。しかし、びっくりしたのは最初のうちだけ。すぐに慣れて、今では家族同然なのだそう。


彩華「私たちが家にいるときは、ご飯を一緒の時間に食べます。お風呂も寝るのも一緒です。どこかに出かけるときは移動用のケージに入って我慢してもらいますが、やっぱり一緒に連れていきます」

学「僕らの子どもみたいな感じですね。妻とは『そろそろ子どもを』なんて話をしていたんですが、今ではネオとトリニティがいれば充分かなと思っています」

彩華「ほとんど手がかからないのもありがたいです。トイレの場所もすぐに覚えてくれましたし、やってはいけないことを教えると、それをしっかり守ってくれます。間違いなく子育てより楽ですよ」

学「僕たちが話しかけると、目を見て真剣に聞いてくれますからね。すごく素直で、賢い子たちです。あと、お金があまりかからないのもいいですね」


 ヌラキモたちを実の子どものように想っている鎌口夫妻。その口ぶりからは、とても深い愛情を感じます。ヌラキモに限らず、動物を飼っている人たちにとってペットは家族と同じ大切な存在でしょう。ただ、その気持ちがどれくらいペットに伝わっているかはわかりません。飼い主のことを、ただの給餌係(きゅうじがかり)としか思っていないペットもいます。種族の垣根を越えることは難しく、愛情が一方通行になってしまうことも珍しくないのです。その点ヌラキモは、持ち前の愛嬌と人懐っこさで、飼い主の愛に百パーセント応えてくれます。これこそが、ヌラキモが大人気になっている一番の理由です。


 ネオくんとトリニティちゃんに全力で愛情を注ぐ鎌口夫妻に水を差すようで忍びないものの、ヌラキモはまだまだ謎の多い生き物です。そんなヌラキモと生活を共にすることに不安はないのでしょうか。


学「正直、最初はちょっと怖かったんですけど、本当にかわいいので、すぐにどうでもよくなっちゃいました。今はもう、恐怖心なんて微塵(みじん)もないです。この子たちがいない生活は考えられません」

彩華「警戒するのが馬鹿らしくなるくらい、この子たちのほうから近づいてくれますからね。こんなプリティフェイスで近づかれたら、受け入れるしかありませんよ」

学「目の中に入れても痛くない。本当にそんな気持ちです」


 二人の愛情は、私たちの言葉程度では揺るぎません。鋼のように硬く、それでいて海のように深く優しいものでした。


 ヌラキモと常に一緒にいる鎌口夫妻なら、まだ世の中に知られていないヌラキモの隠れた生態について、何か気づいていることがあるかもしれません。それについても聞いてみます。


彩華「そうですねえ……強いて言えば、ネオとトリニティは交尾をしないんですよね。オスとメスだからてっきり夫婦になって交尾するのかなと思っていましたが、全くで。去勢手術はしていません。こんな小さい体で手術をしたら、負担がかかり過ぎてしまうでしょうから」

学「仲が悪いわけでもないんですよ。二人並んでテレビを見ていることもありますし、何か話し合ってるようなときもあります。寝るときも隣同士です。けど、交尾はしていないみたいなんですよね。僕らが気づいていないだけってわけじゃないと思います」

彩華「これはうちみたいに、オスとメスの両方を飼っていないとわからないことじゃないですかね? ネオとトリニティの子どもが生まれたらかわいいだろうな、なんて思ってるんですけど、どうやって子どもを作るのか……」


 ヌラキモは雌雄(しゆう)揃って生活していても交尾をしない可能性がある。鎌口夫妻から興味深い話が出てきました。これは、まだ世に知られていないヌラキモの生態です。杉並(すぎなみ)教授のような生物学者が聞けば、強い興味を示すでしょう。


 ヌラキモの生態を解き明かすためには、実際に飼っている人が専門機関にヌラキモを提供するのが近道だと思われます。私たちがふと、そう口にしたところ、鎌口夫妻の雰囲気と口調が大きく変わりました。


学「は? 何ふざけたこと言ってんだよ。家族を渡すわけねえだろ」

彩華「冗談でも言っていいことと悪いことがありますよ。頭おかしいんですか?」

学「まさか、うちの子たちを(さら)いに来たんじゃねえだろうなあ? もしそうだとしたらぶち●すぞ!」

彩華「人様のことを嗅ぎ回ってネタにしてるドブネズミども! 早く帰ってくれませんか!? 警察呼びますよ!?」


 激しい怒りを(あら)わにする二人。私たちは身の危険を感じたため、すぐに撤収しました。深い愛は時に強い憎しみに変わる、といったところでしょうか。想定外の事態になりましたが、ヌラキモは飼い主から最大限の愛を注がれるかわいらしい存在であり、受けた分の愛を返すかのように飼い主を幸せな気分にしてくれるのだということは、よくわかりました。


 もしあなたの家にヌラキモが現れたら、家族の一員として温かい気持ちで迎え入れてあげてください。きっと、あなたの人生にこの上ない幸福をもたらしてくれるでしょう。

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