三
時刻は十一時。
開店からちょうど一時間が過ぎたところでキッチンは今日最初のピークタイムを迎えていた。遅く入って来たテーブルの最初の注文と、一部テーブルの二度目の注文が重なっているのである。
二千花は皿洗いと調理補助に徹するべく給仕服の着物を腕まくりして戦闘態勢だった。乃々葉さんは複数の料理を、それも六種か七種を並行して作っている。神業だ。千手観音。
それを思うとホールに二人いるという状況は振り分けが良くないと思うかもしれない。実際、仙谷さんも少し余裕があると言いたげな雰囲気だ。今のところトラブルの類も、お客さんからのイレギュラーな要望も来ていない。
しかし、ここからはそうは言っていられなくなる。
私はホールから戻ってきた仙谷さんを捕まえて、二千花にも聞こえる声量で喋る。
「仙谷さん、もう大丈夫そうなのでしばらく一人でホールを任せていいですか?」
「…………へ?」
「私は別の仕事があるので。しばらくホールはお願いします。何かあったら二千花に聞いてくださいね、彼女はマルチタスクもいける口なので」
「そうだよー! 先輩は小春ちゃんを待ってまーす!」
狙い通り口を挟んできた二千花に満足しつつ。
どうして?と首を傾げている仙谷さんには説明を。
「わ、わかりました。でも、その、急になにかあったんですか」
「バイトの募集要項に書いてあった珍しい項目を思い出してください」
「……あっ」
うん、伝わったらしい。
じゃあ私は別の業務に拘束されるので勤務初日の新人さんにお任せ、っと。
……という発言だけ聞くと私がサボり魔の適当人間に見えてしまいそうだ。
が、そうではないことはこれからホールにて実践でお見せする。
店の奥側には展示スペースがあるという話をした。
様々な小物やレトロな品が店長の気分という名の日替わりで並べられ、それらを背景に記念の自撮りもできるというフォトジェニックな空間だ。
このスペースはフロアから段差を上がったお座敷のような場所で、お客さんには基本上がらないようにしてもらっているが、実際に上がってみれば数人は余裕で並んで動けるくらいの面積がある。
そして、私の次の業務場所はここだ。
お客さんがいないタイミングを見計らい、草履を脱いでゆっくりと座敷に上がる。その時点で背中へ向けて相当数の視線が注がれていることは感じていた。
しかしそれには動じず、小上がりの右側面に用意された引き戸をさっと開く。
綺麗に整頓されていたその収納から私が取り出すのは、小さな椅子と木製の譜面台、この仕事を共にする相棒。
お座敷にそれらを設えてふと客席を向けば、常連のお姉さんがちょうど本に栞を挟んで閉じるところだった。気にかけてもらえてありがたい。
そしてお客さんの視線が最も集中するのは私自身ではなく―
私が手に持った愛用のアコースティックギターだ。
その存在に気を引かれたお客さん ―恐らく初来店だろう― がなにやら小声で話している様子が見えた。まあ喫茶店に来て突然店員が楽器を持ち出すなんて滅多にないだろう。驚くのもわかる。
薄い色の木材に桜の花びらがあしらわれた愛用の一本を抱え、私は譜面台の前に座る。譜面台には楽譜を仕込んだタブレットを置き、ゆっくりと足を組んで相棒を構える。その瞬間、店内は驚くほど静まり返った。
なので、その緊張を解くように私は相棒を軽く爪弾いた。
柔らかな音色のアルペジオが店内に響き渡る。
静寂に染まっていたホールはその音でにわかに暖かさを取り戻し、ほぅと息をつくお客さんの様子がこちらからでも見て取れた。
和風レトロモダンというロマンを詰め込みすぎた(褒め言葉)お店に、和を感じさせるアコギの演奏が加わり、店内はわずかな時間の間にタイムスリップしたかのような雰囲気に包まれる。視覚だけでなく聴覚でもその世界を展開する。
今私が演奏しているのは日本音楽史の記念碑的な名曲である瀧廉太郎の『荒城の月』だ。二十世紀の初め頃に日本で初めて西洋音楽を取り入れた楽曲とされており、日本人の精神性にも呼応する一曲。
これをアコースティックギターのアルペジオで再現しながら弾いていると、やはりお客さんも染み入るものがあるのか思わず食事や読書の手を止めて聴いてくれる。こういった楽しみ方を提供するのもこの店の特徴の一つだ。
先程の仙谷さんとの会話に戻ると、バイトの募集要項に記されている珍しい事項というのは「楽器の演奏ができること」だ。つまり現時点での接客バイト四人は何かしら人前で演奏ができる技術があるということになる。
ちなみにバイトが中々雇えないのは、店長と副店長の美少女審美眼が厳しいことに加え、そもそも楽器演奏ができる学生の絶対数が少ないからである。更に交通の都合もあるのでこの高級住宅街の店にバイトとして通える人数は多くない。
…………よく考えると私もその美少女審美眼とやらを納得させたんだよな。自分で言うのが恥ずかしくなってきた。でも、容姿が良いと言われて悪い気はしない。嬉しい、とまでは微妙に思えないけど。
という無駄なことを考えつつも指先で譜面を捲りつつ演奏を続ける。
かなりテンポを落として弾いているので余裕もあるし、ゆっくりしている方がお店の雰囲気に合う。
そして気が付くと仙谷さんがホールの端っこのお客さんから見えない位置でこっそり聴いてくれていた。小さく口を開けて感嘆しているような表情だったので、「うわあ、すごいなあ……」と思ってくれていると勝手に決めつけておく。先輩としての威厳を少し取り戻した気がした。
あれ、そういえば仙谷さんは何を演奏するんだろう?
気になるので後で聞いてみよう。
などと思っている間に荒城の月が終わってしまったので、軽い拍手をにこやかに受け流しつつもう一曲。唱歌として有名な『遠き山に日は落ちて』だ。
実はこの曲はドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』の一部を編曲したものなのだが、案外知られていない。それほど日本人の嗜好に合っていたということだろう。これも弾き始めると、「あっ、この曲知ってる」という空気が広がっていく。
誰も知らなさそうな曲を弾く時も楽しいけど、広く知れている曲を安心した空気の中で弾けるのもそれはそれで良い。アウェー戦とホーム戦のようなものだ。別にそういうスポーツの経験はないけど。
普段自宅以外でアコギを弾くことはないので、こうして趣のある空間で少人数を前にしてというのは世界が違っていて面白いし新鮮だ。最近ちょっとマンネリ感が出て来たので、そろそろ新しい曲を練習してくるのもいいかも。
ちなみに私の給仕服だけ他の人よりスカート丈が長いのは、こうして弾く時に足を組むからである。スカートの内側はドロワーズになっているので下着が見えることはないのだが、中が見えすぎても下品になる。その辺りを汲み取ってくれた製作担当の副店長には感謝だ。ありがとうございます。
というわけで最後の方には私もすっかりいい気分になり、お客さんもドリンクなんかを嗜みながら耳を傾けてくれたので良い時間になった。気分はビルボード。
演奏後に一礼してから楽器を片付け、静かにそれとなくホール業務に戻る。
ちなみに配膳で向かった女子会グループのお客さんからはお褒めの言葉を頂いた。嬉しい。ありがとうございます。
さて、じゃあ次は十三時あたりで二回目かな。
それまでは仙谷さんのフォローアップ、しっかりやらないとね。
―――
「ふー、二人ともお疲れさま!」
「はい。二千花さんもお疲れさまです」
「ん、そうだね」
十八時五分、最後のお客さんが退店したことで店内にほわーっとした空気が一瞬にして広がっていった。気の抜けた空気とも言う。拡散速度は中々だ。
ホールは静かになり、キッチンも少しずつ後片付けに入っているため営業時間ムードはもう残っていない。この記念すべき初勤務を終えた仙谷さんはその表情を少しだけ穏やかなものに変えており、二千花からの労いの言葉にも柔らかく応えていた。
ん、私の返事はそっけなさすぎる……かな?
まあいいか。
「小春ちゃん、初仕事はどうだった? お客さん怖くなかった? 手とか震えなかった? お姉ちゃん心配だったよー」
「いえ、大丈夫でした。二千花さんが優しく声をかけてくれたので緊張も和らぎました」
「やー、いい子だねえ可愛いねえー、お姉ちゃん嬉しいよぉ」
「……二千花はいつの間に姉になったの?」
というか二千花のボケを華麗に受け流した仙谷さんの技術も割とすごい。
私なんて最初から距離の詰め方バグりすぎてるこのギャルもどき相手に慄いてたのに。実は仙谷さんは実戦経験が少ないだけのメンタル強者なのかもしれない。
その後頭を撫でようと接近してきた二千花をさりげなく躱しつつ、「夏谷さん、ホールの後片付けも教えてください」と自分から言ってきたところも高得点だ。トリプルアクセル並みに加点したい。ちなみに軽くあしらわれた二千花は乃々葉さんに呼び戻され、即座に皿洗いへと戻っていった。いい気味だ。
というわけで早速ホールの片付けの第一段階、もとい食器を下げつつテーブルを拭くという作業に移る。
これに関してはもう言うことも何もなく、キッチンで「皿洗いもう増えないでよー!」と喚いている二千花の元に大量のグラスと湯呑みをデリバリーし、妹に対してクレームを入れる情けない姉を「これもお仕事です」と一蹴していた。お姉ちゃん頑張れ。
そこからつつがなく店内清掃に移行するのだが、腕まくりしててきぱき動きながら食べ物の屑や細かなゴミを拾い上げていく様はスピード感も非常によろしく、掃除機を扱うさまは明らかに私よりも手慣れており、私はもう椅子の拭き掃除しかしていない。仕事を奪われている。先輩としての威厳は再び地に落ちた。
そんな彼女がテーブル用の布巾一式を干しに行く背中を見送ってから、私は入口の看板の片付けと施錠をするべく逆方向に向かう。
外はちょうど日が落ちるというタイミングで、そういえば明日は平日だなとちょっと寂しい気持ちになりながら作業をする。私はこの店のことを半年分しか知らないが、それでもいい場所だと思うし、純粋に好きだ。
できればここで長く過ごしたいので、バイトできない平日が来るのは寂しい。
それに仙谷さんに会えなくなるのも寂し…………
――あれ?
私、彼女に会えなくなるのを寂しいと思ってる?
そんなまさか。別に二千花と出会った時だってそんなことは思ってなかった。
バイトに行けば良い友達が待っているから嬉しいな、くらいである。
人に会えなくて寂しいという概念は、昔のクラスメイトが勧めてきた流行りのポップスの中にしかないものなのだ。あるいは少しだけ触れた恋愛小説の中とか。
ましてや仙谷さんとは会って二日目だ。
そもそも彼女がどういったバイオグラフィを持っていて、普段はどういう生活をしているのか、私はさっぱり知らない。というか住んでいる場所も知らない。
そんな人を相手に会えなくて寂しいと思うのはこれいかほどか。
自分でもよくわからない。でもなんとなく寂しい気がする。今の気持ちを表現するのに寂しいという形容詞が正しいのかもわからない。
これは一体なんなのだろう。
昨日見たあの一瞬の笑顔が焼き付いて離れない謎の現象とは関係があるのか。
そんな思考をしていたらいつの間にか外は本当に暗くなっていて、階段越しに見上げる四月の空で小さく夜が揺れていた。
慌てて店内に戻る。ホールもキッチンもすっかり片付けが済んでいた。一人だけ授業に遅れたような気分だった。キッチンはちょうど乃々葉さんが切り上げるところで、私も一緒に控え室に戻ることにした。
「琴奈氏、今日はお疲れだったね。新人さんはどう?」
「優秀ですよ。理解が早いし慣れるのも早いし。そのうち調理補助もできそうです」
「おっ、それは嬉しいね。いくらうちが千手観音といっても腕の数には限りがあるからね。手伝ってもらえる人が増えると助かる」
「千手観音の自覚はあったんですね……」
「自覚なきゃこの量はやってられないよ」
「ですよね」
ちなみに乃々葉さんは可能な限り時短技術に頼らない人だ。
要するにこれを電子レンジで温めれば即完成、の類はほとんどしない。例外的に何かの付け合わせとかで使うことはあるらしいが、メインには決してしない。料理人としての意地を感じる。
ソース類の仕込みも日々やっているらしく、既製品をそのまま使う例は少ない。ゆえに味のクオリティと独自性が担保されている。この店の料理が高く評価されているのはひとえに乃々葉さんのお陰なのだ。
ちなみにこういった仕込みも営業時間中にやっているらしい。マルチタスクの神であり、調理界隈の千手観音であり、端的に形容すると天才である。というか乃々葉さんが独立したらこの店どうなるんだろう。今度店長に聞いておこう。
そんな会話をしつつ控え室に戻ると、仙谷さんと二千花がテーブルで向かい合ってなにやら楽しそうに喋っていた。まだ着替えていないので、恐らく戻ってくると同時に二千花が仙谷さんを捕まえて喋り出したのだろう。見上げた積極性である。私にはそういうものはないかな……
「へー、小春ちゃんの家ってこの近くなんだ!」
「そうです。なので遅くなっても安心して帰れると両親にもアピールできました」
「確かにここ高級住宅街そのものだもんね。不審者とかほぼ出ない系でしょ? いいないいなー、あたしも地価高いところに住みたいなー!」
「二千花さんのおうちはどの辺りなんですか?」
「都立大学!」
「…………そこもけっこう高いところだと思います」
「えー、青葉台には敵わないよ!」
富裕層の会話が繰り広げられていた。
元住吉は仲間外れである。1DK8万円が相場の街とはわけが違う。
「……琴奈氏、1DK8万円も十分高いんだよねえ」
「!?」
後ろからエスパー乃々葉さんの声が聞こえた。幻聴ということにしておく。
「でもさでもさ、家近いんだったら帰るの遅くなってもいいよね!」
「っ――!」
「ねっ、せっかくだしちょっとご飯食べてから帰ろうよ! 小春ちゃんが来てくれた記念でさっ、あれだよ、歓迎会ってやつ! どうかなどうかな?」
あ、仙谷さんが戸惑ってる。
これがまさに「心の準備ができていない」シチュエーションだ。
明らかに私の方をちらちらと見て助けを求めている。先輩として動かねば。
「二千花、歓迎会はいいけど日を改めない? せっかくやるなら準備したいし、人も多い方がいいでしょ」
「……はっ、それもそうか! じゃあ来週の土曜日だね、シフトは小春ちゃんとことっちとつむつむでしょ? 店長もいるし、乃々葉さんもいるし、あたしは夕方ごろ来るし」
「ちょい待ったうちのスケジュールを確認してからにせい」
「おーう、そうだった乃々葉さんは華の女子大生だった」
「…………主役のスケジュールも確認してね」
そうして仙谷さんと二千花と乃々葉さんは一斉にスマホを取り出して確認を始めた。いわゆるスケジュールアプリとやらを見ているのだろう。
え、私? 私はそういうの入れてないし……
「うちは問題ない感じだった」
「わたしも、大丈夫です。たぶん」
「あたしは元々空いてるから問題なし! まあ昼過ぎまでは用事あるけど!」
「……私も大丈夫だよ」
というわけで参加者の総意が出た。
店長には今から言いに行けばいいし、もう一人の接客バイト ―二千花が先程「つむつむ」と呼んだ彼女― は二言なく承諾してくれるだろう。
そうして早急に主役が食べたいものの聞き取り調査が行われ、飲み物については参加者から次々に希望が出された。また、開催時間は後片付け後の十八時半から二十時頃になると決まった。翌日も出勤するメンバーを考慮しての設定だ。
なお、この内容は二千花から店長へと即座に連絡がなされ、コミュ強かつ大人と仲良くなるのも上手いという社交性の鬼による要望はノータイムで承諾された。経費が下りた瞬間である。すごい、社会人っぽい。
それを自慢げに伝えに戻って来た二千花のドヤ顔は見事だった。
裁判所の前からの中継で見る「勝訴」の紙を持った人みたいだなと思った。
そして勝訴に満足した二千花はあっという間に帰り支度を済ませては「計画練ってくるー!」と言い残して退勤し、乃々葉さんは裁判が行われている間に帰宅準備を済ませていたので二千花の後に続いて颯爽と出ていった。
さて、じゃあ私も帰りますか……
そう思って席を立った時だった。
「あ、あの! 夏谷さん」
「……へっ、は、はい」
「そ、その、少しお話が……」
なんだろう。先輩失格の通知だろうか。人間失格みたいだな。
でも別に悪い雰囲気ではないし。
というわけで改めて向かいの席に座り、仙谷さんが口を開くのを待つ。
「あ、あのですね、夏谷さんには、その、お礼を言いたくて」
「わ、私にですか?」
「はい。色々、丁寧に教えてくださって、すごく頼りになりました」
口調が初めて会った時の途切れ途切れな感じに戻っているのはどうしてだろう。
そんなに緊張させてしまっているのだろうか。
「わ、わたし、お話しした通り、こういうの初めてで、自信もなくて」
でも今日の様子を見ている分にはそんなことない。
私はたまたまその背中をちょっと押しただけだ。
「でも、夏谷さんが、優しい人で、優しくしてくれて、あの、その、嬉しくて」
優しいが二回被ってる。でも、それくらい私を評価してくれてるってことかな。
「そ、それで、ですね。せっかく、一緒にお仕事をするので、その……」
そこで仙谷さんははっきりと私の目を見て―
「わ、わたしと友達になってくださいっ……! あ、あとっ、お、お名前で、呼ばせてくださいっ……!」
その表情と声がこの二十四時間で経験したどの彼女よりも重く、想いが入っているような気がした。その声色に私はふと思い出す。一瞬だけ見たあの笑顔を。
なぜか私の回答の先にそれが待っているような、そんな気がして。
「もちろんです。私からも……はい、友達になってください。小春さん」
「っ……! あ、ありがとうございますっ……! で、でもっ、そのぉ……」
ん、まだ先があるのかな。なんだか照れているような。
頬が真っ赤になって、でもちゃんとこっちを見ていて―
「わ、わたしのこと、よ、呼び捨てにしてくださいっ……!」
「っ!」
「わたしも、も、もしよければ、そうしたいですっ……」
なぜだろう。胸が高鳴る、私も顔が赤くなっている気がする。
だってほら、頬が熱い感じがするし。
でも、その羞恥みたいな戸惑いみたいなそれを押しのけるみたいに、私の喉からは求めらた言葉がするりと滑り出てきて―
「じゃあ……これからよろしく、小春」
「……!! は、はいっ、琴奈っ」
そしてその時、私は二度目の小春の笑顔を見た。
あの時よりもずっと鮮明で、長く続いたそれに、私は見とれてしまった。
可愛い。愛らしい。あどけないのに凛々しい。
私が今まで見て来たどんな子よりも可愛いと思った。
花が咲くような笑顔とはこういうものなんだと初めて実感した。
本当に嬉しそうで、喜ばしいんだと伝わってきて、私までつられて微笑んだ。
そうして私の心中には別の想いもよぎった。
ここに来れば彼女に会えるのだと、そうしたら長く一緒にいられる。そうすればもっと彼女のことを深く知ることができる。もっと色々なことを話してみたい。
誰かに対してこんな気持ちを抱くのは初めてなのに、それが当たり前のように私の胸の中に住み着いていることに抵抗はなかった。これが自然なことなんですって言うみたいにいつの間にか存在していた。
そして、さっき感じた気持ちがもう一度去来した。
彼女に会えなくなるのが寂しいなあ、って。
もう帰る時間なのか、じゃあ次の土曜日まで会えないのか。
会話もできないし、姿も見れない、一緒にいられない。
彼女の笑顔を見る度にその気持ちは膨らんでいく。
割れることのない風船のように胸の中で大きくなる。
二人きりで向かい合いながら、私はずっとそういうことを思っていた。




