二十二
梅雨時ってどうしてこんなに心をどんよりさせるんだろう。
などと思いながら、六月の街を支配する水と雨について考察していた。
今日の開店前に降り出した大粒の雨は、開店直後に来店するお客さんの足元をだいぶ邪魔したらしく、入り口前の地下スペースには中々の湿気が漂っていた。
その陰鬱とした感じに気を取られたみたいで、ゆえに仕事中の思考まで詩人のように叙情的になったのかもしれない。その感受性の働きは明日にしてほしい。
で、こうも簡単に心を揺さぶられるほど私のメンタルが敏感になっているのは、もちろん今日が小春の誕生日であり、作戦を実行する当日だからである。
せっかくものすごく準備してきたのに、雨というだけで落ち込む。
遠足が中止になった子供の気持ちとまでは言わないし、場所は屋内なので雨の影響を受けるわけではないけど、外が雨で陰鬱というだけで落ち込む。
せっかくの日に、せっかくの作戦に、せっかくの機会に……
「せっかく」をここまで連呼したのは人生で初めてだろうってくらいに落ち込む。
私、こんなに雨のこと嫌いだったっけ……
でも言われてみれば雨の通学でかなりストレスが溜まってた気がする……
まあいい。しっかり仕事すれば復活するに違いない。
こういう時こそ自分の意思を殺して労働マインドに持っていく。すると忘れる。
よし、心を労働に切り替えていざお仕「琴奈?」ひゃあぁぁっ!?
……あ、小春が、いつの間にか目の前に……
「琴奈、今日はぼーっとしてるね。どうしたの?」
「……あ、いや、ちょっと雨で……」
だめだ、ここで動揺しているのがバレたら作戦もバレる。
至って冷静に落ち着いて、返事を、しなくては。
と思ったんだけど、小春が勝手にものを考えてくれて――
「確かに琴奈は雨が好きじゃなさそうだよね。障害だと思ってそう」
「障害?」
「自分の完璧にコントロールされた生活を邪魔してくる存在」
「……なるほど」
勉強と家事と睡眠のことだけを考えて生きていた時の私は、その完璧に組まれたスケジュールを阻害したり、余計な心労を掛けさせてくる雨が嫌いだった。
そう考えると納得する。雨は邪魔だ。
通学路や駅の中を歩くのがストレスになるし、雨の音が勉強へ集中したい気持ちを邪魔するし、部屋の中まで湿度が上がるのも不快。
なるほど、またひとつ内省が深まった。
「小春はすごいね、そんなところまで推測して言葉にできるなんて」
「そんなことないよ。琴奈が素直な子だから想像できるだけ」
「そっか……」
でも、その推測や想像ができる時点で、小春の中にも私の気持ちに似たものがあるはず。私が勉強と家事のために完璧に組み上げた生活を頑なに守ってきたように、小春もまた自分の気持ちを押し殺して、どんな時でも絶対に良い子としての振る舞いをすることに執着してきた。
この病的なくらいの頑なさは私たちの共通項だと思う。
でも、私の場合は小春がそれを溶かしてくれた。
じゃあ、次は私が小春の固く閉ざされて苦しんでいる場所を癒す番だ。
小春はこうして恋人になった今でも私を俯瞰して冷静に観察して、とても誠実なアドバイスを与えてくれる。それはもちろんパートナーに対する愛情や信頼あってのことだと思うけど、じゃあその一方でまだ小春の大事な気持ちは置き去りにされているんじゃないかって思う。
私が自分の過去や気持ちをさらけ出したのに、小春はそれを言えずにいる。
左右非対称っていうか、私が一方的に救われてるだけじゃん、って。
なら、今日こそがその気持ちをさらけ出してもいいと思わせる日だ。
雨ごときで落ち込んでいられるか。仕事頑張って終わらせるぞ。
あ、でも昼休みのうちに二千花と紬さんに最終確認の連絡はしないとね。
ここで我に返って現実を考え始めるのが私って感じ。嫌いじゃないけど。
―――
「ところで小春、ちょっと話があって」
「う、うん、急にどうしたの?」
無事に今日のシフトを終わらせて、ホールとキッチンの後片付けも済ませた後、琴奈が急にそんなことを言ってきた。
給仕服から私服に着替えようとしていたタイミングだったから、もしかして下心が出てきて着替えを観察したくなったのかなって馬鹿なことも一瞬考えたけど、琴奈の様子を見ているとそういうふざけた感じではなく、むしろなにかすごく真剣に言おうとしている感じで――
「小春、今日誕生日でしょ」
「……! 覚えててくれたんだ」
「うん。で、それでさ、ちょっとプレゼントしたいものがあって」
こ、琴奈がわたしに!?
なんだろう。気になる。琴奈が贈り物をくれるなんて。
「この後時間あるよね? ちょっと一緒に来てほしくて」
「う、ん。えっと、それは今ここで手渡しじゃなくて?」
「色々あって渡す場所はここじゃない方がいいんだ。どうかな?」
「もちろんだよ。遅くなっても大丈夫だし」
「わかった。ありがとう。じゃあ帰る準備ができたら声掛けて」
そう告げて琴奈はさっさと自分の着替えを済ませて更衣室を出ていってしまった。
なんだろう。余計気になる。ここじゃ渡せないってことは……まさかウェディングケーキみたいな大きいものとか? 一緒に入刀するのかな。いやいや流石にそれはないよね。結婚式じゃあるまいし。
とりあえず身だしなみは改めて整えたほうがいいなと思ってしっかりチェック。
荷物をまとめて、髪を最後にもう一回整えて、それから琴奈がどんな顔で待ってるのかを想像しながら控え室へ続くドアを開けて――
「やあやあこはるん! 待ってたよ!」
「本日の主役~!」
「うちもちょうど準備できたしナイスタイミング」
……えっ? どうして二千花さんと紬さんがいるの?
乃々葉さんまでなにか荷物を持って待ってくれてる。
「じゃあ小春、今から移動するから付いてきてね」
「れっつご~!」
「こはるん強制連行タイムだね!」
「店長には全員いなくなるって言ってあるから安心してな」
「え、いや、まって、え?」
「小春は私のすぐ後ろについてこなきゃ」
ま、待って、急にどうしてこんなにみんな集まってるの。
プレゼントを渡すだけなのにこんなに人が集まる必要はないような――
って、え、なんで麻子さんの車が待ってるの?
わたし別に迎えに来てなんて頼んでないのに……
「こはるん! 早く乗ってね!」
「主役が乗らないと始まらないよ~」
「えっ、あ、はい、の、乗ります」
「うちは助手席にお邪魔するね」
「私は小春の隣に座るんで」
なんかもうよくわからないうちに車が出て……
えっ、これって誘拐? わたし今からどこかに連れていかれて監禁とか?
でも麻子さんが運転してくれてる時点で犯罪行為ではなさそうだし……
車は東に向かってどんどん進み、山手線の沿線まで移動している。
そのまま大通りに沿っていく。繁華街はちょっと怖い。
「琴奈、わたしって今から警察署に連れていかれるのかな?」
「なんで?」
「パトカーに乗せられた犯人みたいな気分だから……」
「まさか。プレゼントを渡すためだし」
「それにしては大仰な気がする、っていうか大仰だよ」
「そうかもね」
琴奈が今日はやけに冷静で、わたしのツッコミにも動じない。
どうしてこうなってるの? いつものよわよわな琴奈はどこ?
なんて思っていたら車は大通りを離れて、少しだけ落ち着いた雰囲気の街並みに入っていく。そしてその先に見えてきた建物の前に車は停まって――
「じゃあ小春は私についてきてね。後の人たちはよろしく」
「りょ~かい」
「任せてことっち!」
「うちは静かにしてるから」
運転してくれた麻子さんはニコニコって微笑んでこっちを見てる。
見送られてると言った方が正しいかも。わたしってやっぱり生贄になるのかな?
これまで琴奈をペット扱いしてきたことへの正当な罰が下るのかも――
建物の受付をあっさりと通り過ぎた琴奈の後ろについていく。
受付があるような施設で渡されるプレゼント、一体なんなんだろう……というかもしかしてその大きめの鞄の中に入ってるものがプレゼントなのかな? じゃあお店で渡してくれればいいのに……でもそれは違うんだよね。
そのまま建物の中を迷わずにずんずんと進んでいく琴奈。
一分ほど歩いた気がして、そこで一つの部屋に入った琴奈に続けば、さっさとドアの鍵を閉められる。その手つきがやたらと手馴れててちょっと怖くなる。
……やっぱりわたしは今から監禁されて密室でひどい目に遭うのかも。
でも、琴奈が相手なら……いいのかな、全然よくないけど……
「じゃあ小春、そこの鏡の前に立ってほしいんだけど」
「う、うん」
って、よく見たら大きな全身鏡がある。
見た感じはドレスアップルームっていう雰囲気。でもお店の更衣室とは違う。
なんというか、雰囲気がしっかりしてるというか、厳かな感じがする。
「じゃあ早速だけど私からのプレゼント、ちょっと大きいけど渡しちゃうね」
「……うん、わ、わかった」
「よいしょっと。はい、じゃあこれを小春にあげます」
「……?」
「手に取ればわかるよ。はいどうぞ」
琴奈が大きな鞄から取り出したそれを手に取って確かめて――
って、え、これって、もしかして。
「こ、琴奈、これってもしかして」
「小春が大好きって語ってくれたからね、そういうこと」
「…………!」
この前琴奈に勧めた私の大好きなアニメ、『彗星世界のスクリプト』の主人公・ミリアの魔法少女としての衣装。それがどうしてかわたしの手の中にあった。
わたしがこれまでの人生での好きなキャラクタートップ3に入るほど好きだし可愛いし格好いいしって思ってるミリアの衣装が、なんで琴奈が、そんな急に。
「というわけでせっかくプレゼントしたし、今から着てほしいんだけど」
「……え、えっと、それはその、今から人前でっていうこと、だよね」
「うん。でも小春のことだからそれは恥ずかしいって思うよね」
「――! どうしてわたしの気持ちがわかるの」
「小春が素直な子だから想像できるんだよね」
わ、わたしが言ったことをそのまま返された……
普段のよわよわな琴奈じゃ絶対に言えないはずのことを、さらっと言われて。
「なので、その恥ずかしさを半減するための方法も考えてあります」
「……そ、そうなの?」
「というわけでこれ見てよ」
琴奈がまだ中身の入っている鞄に手を入れる。
そしてもうひとつ出てきたものを手に取って広げてみせて――
「じゃーん、どうかな?」
「……! こ、これって、まさか」
琴奈が手に取っていたのはミリアのパートナーである魔法少女・エレナの衣装だった。明らかにミリアと対になるように作られていることがわかる。
え、っていうことは、それはつまり、こ、琴奈が、そ、そういうことで……
「小春のパートナーとして、一緒に楽しみたいなって思ってね」
「えっと、じゃあ、その、要するに、プレゼントっていうのは」
「小春の好きな作品とキャラクターでコスプレ併せ」
「…………!」
「というわけで私に着替えを見られたくなかったら自分で準備してね」
これは、正直、嬉しいって思っちゃう自分がいるかも……
―――
「こはるん待ってたよ! 次はあたしの出番だね!」
「えっ……二千花さん?」
結局先に着替え終わって待ってくれていた琴奈に連れていかれた別の部屋では、二千花さんが元気いっぱいの状態で待ってくれていた。
大きな化粧鏡の前には椅子がひとつ。
そしてテーブルの上にはメイク用品が並べられているから、これはつまり。
「小春が先だから、とりあえずそこに座って」
「そうだよ! こはるんが主役だからね、お先にどうぞってやつ!」
「は、はい。じゃあ、その、お先に失礼します……」
改めて鏡で見せられると、アニメの中のミリアとは全然違う。
あんなに格好良くないし、可愛くもないし、凛々しくもないし。
でも、二千花さんがやけに頼りになるような気がして。
「じゃあこはるん、最高にキュートアンドクールな感じに仕上げるからね! 心配しないで、お姉ちゃんに任せてよ!」
「……じゃあ、お願いします。お、お姉ちゃん」
「キャーーーーー!!!!! お姉ちゃん嬉しいーーーーー!!!!!」
「二千花、ここは人様の施設だから自重して」
「はっ、はあ……ごめんごめん。じゃあことっちは休憩しながら待っててね」
二千花さんの手が俊敏に動き始める。
普段あまりメイクをしない自分からすると使い慣れていない化粧品がたくさん並んでいるけど、二千花さんの動きには迷いがない。それに安心する自分がいる。
でも、最初に手に取ったのは化粧品じゃなくて、なにか網みたいなもので――
「こはるん、ウィッグネット被せるからね。綺麗な髪を押し込めるのは忍びないけど許してー、はい。じゃあ髪まとめるね痛かったら言ってね」
「えっ!? あ、は、はい、ぇ、ウィッグって、そ、そこまで」
「そりゃあミリアちゃんの再現だからね。あたしもウィッグネット使うの初めてだから下手くそだったらごめんね、先に謝る」
「っ……お、お任せします」
髪の毛を封印された自分の顔にものすごい違和感を覚えつつ、もうなされるがままにメイクしてもらう。ベースメイクくらいは自分でもしたことがあるけど、それこそアイメイク系は未知の世界だし、つけまつげを付けられた時は違和感がマックスになってすごく緊張した。
でも、自分の顔の印象が変わっていくのを見るのは案外面白いのかもなあと思ったところでメイクが終わって、最後にミリアと同じ薄水色のウィッグを被せられて、髪の毛もツインテールで再現してもらって。
「よーし、これはお姉ちゃん渾身の出来だよ!」
「えっと、二千花さん、これは」
「こはるんはベースが最高に良いからメイクするといかようにでも魅力が出せるんだよね。今日は可愛さと凛々しさの中間くらいでやってみたよ! どうかな?」
「……ありがとうございます。自分じゃないみたいです」
「それならよかった!こはるんの新たな魅力にことっちもメロメロ間違いなし!」
あ、そうだ。琴奈はどう思ってるんだろう。
じゃあ椅子から立って、琴奈の方を向いて――
「琴奈、どうかな?」
「……あのですね」
「うん」
「好き」
「えっ!?」
「めちゃくちゃ好き、私好み」
「……そ、そっか、う、嬉しい、かも」
こ、琴奈に褒めてもらえるの、嬉しい。
「おーい、そこの二人、部外者がいるところでイチャつかないでくれる?」
「……あー、ごめん。じゃあ小春、先に移動してて。この部屋を出て左にまっすぐ行って、突き当りの大きいホールみたいなところに入ればOK」
「わ、わかった。じゃあ琴奈は」
「私は後から追いつく」
「こはるん! 可愛い嫁のメイクアップはあたしに任せてね!」
「お願いします、お姉ちゃん」
「キャーーーーー!!!!!」
「二千花うるさい黙って」
二千花さんが狂い始めそうだったので部屋から逃げる。
で、えっと、ここから左に行って突き当たり……あっ、確かにホールへの入口みたいな扉がある。なんだか洋風の厳かなデザイン。教会みたい。
その扉をぎぎっと押し開けて、中を覗いてみたら――
「おっ、小春氏が来た」
「小春ちゃん待ってたよ~」
乃々葉さんと紬さんが待っていた。
そしてわたしを見るやいなや素早く動き出してなにやら準備を始め――
「小春ちゃん、こっちまで来てね~」
「は、はい」
扉の先は少し小さめの教会のような、いや、でも教会というほど厳格な雰囲気ではない。デザインが似ているだけだし、室内もそこそこ明るい気がする。
はて、わたしは昔どこかでこんな光景を見たような気が……
でも思い出せないのでそのまま紬さんの誘導でホールの奥まで移動する。
そしてそこまで移動すると、紬さんが後ろ手に何かを隠していて。
「じゃあ小春ちゃんにわたしからプレゼント~」
「……えっ、こ、これって」
「ミリアちゃん?っていう子の使ってる魔法の杖~」
「正確には杖を模した小道具だけどな」
「乃々葉さんはツッコミ禁止ですよ~……」
こんなところまで準備されてたなんて。
作中で見たのとそっくりなデザインの杖が、でも軽くて扱いやすいそれが、わたしの手に渡って、なんだかそれが自分の手に合っているような感じがして。
不思議な感覚を覚えながら振り返ってみれば、乃々葉さんが大きなカメラを抱えていた。学校の集合写真を撮ってくれるプロのカメラマンみたいな感じ。あんな感じの格好良さというか、腕の立つ人みたいな雰囲気。
「えっと、乃々葉さんは、もしかして」
「小春氏と琴奈氏のコスプレ併せの写真撮影担当だな」
「乃々葉さんは撮影も上手~」
「そ、そうなんですか? 撮影も普段からされてるんですか?」
「料理写真の撮影を勉強してるんだよね。専門の撮影講習とか受けて」
「なるほど……」
「今日はその知識を活かして人物撮影もするってわけだ」
「よ、よろしく、お願いします」
「じゃあ小春氏は一旦そこの一段上がったところの真ん中に立ってくれるかな」
「は、はい。わかりました」
言われた通りに立つ。
でも、仁王立ちだと卒業式の写真みたいになっちゃうし……
「小春ちゃん~、ミリアちゃんの取りそうなポーズとかやってみて~」
「格好いいやつとか試してほしいところだな」
「じゃ、じゃあ、戦闘シーンの構えてるところとか……こう、ですか?」
「おっ、めちゃいい。じゃあ撮るぞー」
杖を構えてるシーンだったら結構思い出せる。
魔法を放つ時のポーズとか、そういうのもいけるなって思った。
なので一話から順番に戦闘シーンを思い出しながら試してみる。
「被写体がめちゃいいから撮影が楽……指定しなくてもいい……」
「小春ちゃん~、今のは容姿がどうこうというよりはポーズを取った状態でカメラにしっかり向かってくれるから撮影の構図を決めやすくて助かるって意味だよ~」
紬さんがこんなに長文を一気に喋ったの、初めてかも……
というか容姿はもう普段の自分じゃないからどうでもいい気がする。
よし、ならいっそもっと格好いいポーズとかやってみようかな。
ミリアの必殺の一撃を放っている時のポーズとか、いけるかも。
……えっと、こうかな?
「小春氏、ありえん格好良すぎる。存在が尊い」
「小春ちゃん最強だよ~、琴奈ちゃんが泡吹いて倒れるくらいかっこいい~」
倒れられるのは困るんだけど……
一緒に撮影できなくなるし……
と思いつつも十分なのか二十分なのか三十分なのかわからないレベルで意識を飛ばしたわたしは、やたらと褒めてくれる二人に乗せられて写真をたくさん撮ってもらった。乃々葉さんのカメラで見せてもらうと、普段の自分とは思えないくらいキリっとしててクールな感じの女の子が写っていてびっくりした。
これはもう自分じゃないよねって思いつつ、でも冷静に見ていると顔のベースは確かに自分なので、今日二度目の不思議な気持ちになる。
自分だけど自分じゃないから普段できないこともできる。
自分じゃないけど自分だから行動した実感と記録が残る。
それが不思議だなって思う。
って思ってたらホールのドアがおもむろに開いて――
「こはるんお待たせー!! 嫁を連れて来たよ!!」
「二千花のメイクが長すぎて疲れた……」
「これでも結構頑張って急いだんだよ?」
「嘘でしょ……メイクってこんなに面倒なの……?」
……喋ってる声は琴奈だ。言ってることも琴奈っぽい。
でも、見た目が全然違う。エレナにそっくりな女の子がそこにいた。
ミリアと対になるように桜色をした髪の毛と魔法少女の衣装で、ポニーテールにまとめた髪型の活発さとは対照的に引っ込み思案な女の子。
そんなエレナの印象にぴったりはまっていた。
こう、端的に言うと、その。
「琴奈」
「うん」
「可愛い」
「――っっ!!」
「すごく可愛い、好き、今すぐキスしたい」
「……それは自宅でお願いします」
拒否された。残念。それは仕方ない。
でもキス以外でイチャイチャする方法はあるよね?
「琴奈ちゃん~、ご指定の杖だよ~」
「ありがとうございます、紬さん」
「琴奈氏、小春氏の撮影は十分できたから二人一緒のショットを撮りたい」
「了解です。まずは事前にお渡ししたキービジュのやつを優先します」
「わかった。じゃあよろしく」
琴奈がてきぱきと場を取り仕切ってる……
なんか、本当に頑張って準備してくれたんだなって思う。
そんな琴奈に誘導されてもう一回撮影位置まで戻る。
今度は二人で背中合わせになって、アニメのキービジュアルを再現する。
わたしが琴奈に最初にこの作品を紹介した時に見せたあのイラストだ。
背中合わせで琴奈の表情は見えないけど、あのイラストの二人を思い出してわたしも考える。琴奈ならどうするか。
ただ背中合わせになっているだけの時は少し寂しそうな表情。
お互いの手に持った杖を触れ合わせている時はハッとした感じの驚きの表情。
空いた手同士を繋いだ時はどこか安心したような表情。
続けて、その態勢のまま視線だけをカメラに向ける。
カメラの方を鋭く見る感じ。これもまた自然と表情を作れた。
次に首を動かして顔ごとカメラの方を向く。カメラ視線。
琴奈の横顔はわずかにしか見えないけど、握ってくれている手の力の込め具合やあたたかさが伝わってくると、きっと嬉しそうな表情なんだろうなって思えた。
そのまま何枚も撮ってもらう。
カメラのフラッシュ音が意外にも心地よいと思えたのは琴奈と一緒だからかも。
「二人とも雰囲気出てるよ、表情も合ってるし完璧」
「心が通じ合ってるんだね~」
「ことっちがこんな嬉しそうにしてるの初めて見た……お姉ちゃん泣きそう……」
「二千花はちょっと黙って」
こんな時でも琴奈は平常運転……なのかな?
でも、一瞬だけちらっとこっちを向いた時の表情はすごく柔らかかった。
そのまま今度はキービジュアル以外のポーズも試してみることにした。
これが結構難しくて、二人で並んでちょうどいい構図にするのがコツ。
そういう風にやってたから時間もどんどん過ぎていって――
「よし、じゃあそろそろ時間的に切り上げるか」
「そうですね。乃々葉さん時間管理ありがとうございます」
「いいってことよ」
「じゃああたしたち撤収準備に入るから! 二人はしばらくここで遊んでていいよ」
「十分くらいしたらメイクした部屋に戻ってきてね~、落とす準備しておくよ~」
「了解です、二千花も紬さんもお願いします」
「……み、みなさんありがとうございます!」
そうだった。ここは他所の施設だからレンタル時間は絶対にあるはず。
じゃあさっさと撤収しないと延長料金とか掛かっちゃうなって心配になる。
でも、早く戻ろうとするわたしを琴奈が引き止めて――
「小春、ちょっとだけ話がしたくて」
「う、うん。……わかった」
二人きりになったホールの中でわたしたちは向かい合う。
琴奈が今までで一番っていうくらい真剣な表情をしている。
「今日はいきなり連れてきてごめん。でも、楽しんでくれたかなって思って」
「うん。それは、うん、楽しかったよ。こんな経験できるなんて思ってなかったし」
「そっか、ならよかった」
「でさ、小春はこの場所を見てなにか思わない?」
「えっと……教会みたいな場所だと思ったけど、それにしては明るいなって」
「うん。確かに教会っていう雰囲気もするけど……教会でする、明るいことって、なにか思いついたりしないかな」
「…………えっと、琴奈、それは、もしかして」
「うん」
「け、結婚式、ってこと?」
「正解。ここはね、結婚式も挙げられる教会でね、こういう風に撮影用の貸し出しもしてくれる施設なんだよね」
「もちろん今日は結婚式用途のレンタルじゃないけど」
「…………けど?」
「真似事をするくらいなら二人だけでもいいかなって」
「まね、ごと」
「そう。例えば、誓いのキスとか、二人だけでもできそうなものだよね」
「小春。私は人間として、自分のことを理解してくれるパートナーとして、小春のことが好きだし、小春と一緒にいたいって思う」
「わ、わたしもだよ」
「うん、ありがとう。でも、今日はもうひとつ伝えたいことがあってね」
「…………な、なんだろう」
「私は、自分の心の理解者として小春のことを好きになった。それは間違いない。でも、それだけじゃない」
「私はずっと小春のことが気になってた。初めて会った時から。お店の控え室で会った時から、小春の何かに惹かれていたんだと思う」
「そして、ずっと気になってた。小春が時々見せる寂しそうな笑顔。何かを我慢して隠しているみたいで、言いたいのに言えないことがある、そういう表情」
「私は覚えてるよ。乃々葉さんにチョコを作りたい理由を尋ねられた時。部屋に物が少ないのが気になって私が理由を尋ねた時。店長との会話で髪型をツインテールから変えようって提案された時。全部同じ表情だった」
「逆に、小春が一番嬉しそうな笑顔を見せた時のことも覚えてる。私との初対面で、髪型をツインテールに結って、鏡に映ったその髪型を見た時」
「その時の笑顔が忘れられなかったし、あの寂しそうな笑顔はもう見たくないなって思った。自分勝手だけどね。でもそう思ったのは確か」
…………
琴奈の言葉が、胸の一番奥の柔らかいところに突き刺さってくる。
でも、それはきっと痛くなくて、ただドキドキしているだけで。
「小春は私を助けてくれた。私の心の苦しんでいるところを見抜いて、私が自分の意思で立ち直って進めるように支えてくれた。じゃあ、次は私が小春の心の苦しいところを触ってみせる。それができたら、本当の意味で私は小春のパートナーになれると思うんだよ」
やめてって言いたい自分と、続きを聞きたい自分が入り混じる。
でも、琴奈にこんなにも真剣に語り掛けられて、拒否なんてできないし――
「じゃあ小春、手を出して」
「…………うん」
差し出したわたしの両手を、琴奈が両手で包み込んでくれる。
それが優しくて、胸の内側の怖いって思う気持ちを溶かしていくみたいで。
「小春、私はね」
琴奈の口が動く。
その言葉があとほんのわずかで声になって――
「私は、小春のことが可愛くて好き。小春は可愛い。この世の誰よりも絶対にぜーったいに可愛い。大好き。誰がなんと言っても私が言う。小春は可愛い」
――ぁ、こと、なっ…………
「私は小春の心に惹かれて好きになった。でもそのずっと前から小春のことを可愛いと思ってた。今もそうだよ。可愛くて好きで好きでたまらない」
そ、そんなに言われたら…………わ、わたし…………
「何回でも言う。小春は可愛い。小春の容姿が可愛いし、可愛いぬいぐるみが大好きな小春も可愛いし、可愛い魔法少女になりたいって思う小春も可愛いし、綺麗で可愛らしい洋菓子を作ったり眺めたりしたい小春も可愛いし、自分もツインテールにしてみたかった小春も可愛い。私は小春のそういう気持ちを全部受け止める。小春が自分の好きなものを愛する気持ちを、私は絶対に否定しない」
…………こ、琴奈のくせにっ……
そんなこと格好良く言わなくてもいいのにっ……
「泣くとメイクが崩れるから耐えてほしいかな。ともかく私は小春の誰にも言えなかった気持ちを絶対に否定しないことを約束する。もちろん公序良俗や法に反するものなら止めるけど、それ以外は肯定するよ」
……格好いいこと言ってるのにっ、変に現実味のあることを言うのっ……
それもっ、琴奈らしくて、好き、だけどっ……
あっ、琴奈の顔が、目の前にきてっ……
く、くちびる、近付いてきてっ……
「小春、大好き」
「…………んんっ――!!」
「んっ……」
だ、だめ……本当に泣いちゃうからっ……
でも、琴奈とキスするの、幸せすぎてっ、涙出ちゃうっ……
あ、あのね……ことな……
わたしも、大好きっ……




