二十三
「琴奈、改めてだけど……わたしの大事にしてるもの、見せてあげる」
「うん。ありがとう、拝見するね」
「勝手にウォークインクロゼット開けて見たくせに……」
「あれは事故だからしょうがない」
一大プレゼントの贈呈を終えて解散した私たちだったが、小春と私は麻子さんの運転する車で小春宅へと戻ってきていた。
明日は平日だけど、今この時間を小春と共有することの方が大事だ。
明日? 仮病で休むに決まってますが何か? 今晩? 当然泊まりますが?
……さて、このタイミングで改めて振り返っておく。
私が推測して導き出した小春の隠している気持ち。
それは可愛いものが好きで、自分も可愛い存在になりたいという気持ちだった。
幼い頃は人形遊びやぬいぐるみ、魔法少女のアニメといったもので可愛い物への愛着と憧れを抱いていた小春だったけど、年齢を重ねるにつれて「親から求められている自立した子供像」のイメージが強くなりすぎてしまったことで、その愛着は誰にも見せられない弱さの象徴になってしまった。
弱さという意味では、学校での振る舞いにも影響する。
自分が裕福な家庭の子供であることを自覚した結果、弱みを見せたり家庭の評判を落とすような行動はできなかった。ましてや学習塾なんていう競争が起きる環境に通い出したら弱さなんて見せられない。
ゆえに可愛いものを愛する気持ちは、今の自分が持っていてはいけない弱みであると本能的に認識してしまい、他者に見せなくなった。見せてはいけないものになった。
そして、それは両親にも及ぶ。
立派で強い子供に育ってほしいと願う親の前で、無邪気に可愛いものを求める気持ちや態度を見せることは親の意に反する行動になってしまうから。
自分の気持ちを隠して、親や周囲が望む言動をすることに力を割く――
この時に隠してしまった気持ちこそが、弱さと直結する可愛いという概念だった。
そして小春は弱い自分を見せないように振る舞いを変えた。親が相手なのにビジネスめいた言動と会話をしているのは、本来の自分を隠すため。
けれど、本当の気持ちは決して消えるものじゃない。
絶対に自分の心の中に残るし、いつでも顔を出そうとする。
だから小春はアニメ作品に触れるという選択肢を重宝した。
自宅で一人で見る分には誰にも知られない。アニメの中には可愛い女の子がたくさんいる。自分好みの可愛らしい子を作品の中で摂取することで、自分の隠した気持ちを慰めて、上手く折り合いを付けようとしていた。
もっと言えばこのバイト先を選んだのも、給仕服が可愛かったからという理由もあると思う。本人にはまだ聞いてないけど、理由の一つとして十分ありうる。
最初に店長からツインテールを勧められたのは小春にとって嬉しい誤算で、自分のやってみたかった可愛い髪形を「大人の指示で」「自分の意思ではない状態で」「本当の気持ちを隠したまま」試すことができた。最高のシチュエーションだ。だからこそ隠し切れなかった嬉しい笑みがこぼれ、私がそれに惹かれた。
っていうところだね。
私にしてはかなり頑張って人間分析ができたと思う。
そして今、小春の大事なものを隠したウォークインクロゼットの中を、小春の許可を得た上で見せてもらっている。
「事故で化粧台をどかしたの?」
「うん。偶然化粧台の裏にヘアゴム落としちゃったんだよねー」
「……琴奈のくせに言い訳が上手だね」
「褒めてくれてありがとう」
「褒めてない」
まあいい。ともかくこの中を見ることを許してもらったことが重要だ。
私が目指していた「本当の気持ちを私にだけは言ってもいい」を達成した結果として、こうして一緒に宝箱を共有している。
「あっ、このクマのぬいぐるみ可愛い」
「本当? 嬉しい。わたし、この子を抱っこして寝てた頃があってね」
「小春の静かな時間を見守ってくれてたんだね」
「うん。あとこの魔法少女のちびぬいぐるみも同じね」
「小春が小さい頃に見てたニチアサのキャラクターだよね?」
「そうそう。この子が本当に好きでね。ミリアと同じくらい」
「じゃあよっぽどだね。でもこの快活で元気で可愛い感じが似てる」
「琴奈もそう思う? やっぱりわたしたち感性が近いね」
「近いね。同意」
他にもこの魔法少女の使っているステッキ風のおもちゃとか、可愛い動物のキャラクターが出てくる絵本とか、好きなアニメのビジュアルを使ったグッズとか、色々出てくる。小春はそれらを楽しそうにひとつひとつ紹介してくれた。
きっと今まで本当に誰にも言えずに自分の中でくすぶっていた「好き」の気持ちが溢れてきたんだろうなって。それを受け止められる立場が幸せだ。
なんていうか、これでやっとパートナーになれたと思う。
お互いの気持ちを隠さなくてもいい相手と一緒にいられる。それが嬉しい。
「あとね。これも結構大事なものなんだけど」
「うん」
「小さい頃にずっと遊んでた人形。ちょっと古臭いところはあるけど、好きでね」
「そうなんだ。どういうところが好きなの?」
「この子の服、着せ替えできるんだよ」
そう言って引き出しの中からドール用の衣装を取り出すと、小春は慣れた手つきで着せ替えを済ませていた。それを私に見せてくる。
「すごいね。こんなに細かくて精巧で、でも簡単に替えられるものなんだ」
「うん。小さい頃のわたしでもできるくらい簡単だよ。それでね、この子を毎日着せ替えさせて遊んでたの。それが楽しくてね」
「それくらい好きだし楽しかったってことだ」
「だけどそれ以上に思うことがあってね。たぶん、自分が可愛い子になりたい気持ちを、この人形に託してたんだと思う。自分はできないからって」
「……小春は聡明だね。ちゃんと自己分析できるんだ」
「今話しながら偶然思っただけ」
「それも素晴らしいことだよ」
「そっか、ありがとう」
うん、こういう会話ができることが嬉しい。
お互いの心を見つめ合いながら、自分も相手も大事にする会話。
「だからね、今日のコスプレ撮影っていうのはあながち間違いでもないんだ」
「それこそ私のアイディアだから偶然だけどね」
「偶然でも一致してるってこと。わたし自身が可愛い子になりたかったし、アニメの中の魔法少女みたいに格好良くて可愛くて凛々しい子に憧れてたし、自分じゃない自分になってみたかった気持ちは大きいから」
「それを偶然にも実現したってことだね」
「琴奈は偶然って言ってるけど、選んだ理由はあるんだよね? 教えてほしい」
そうだね、ほぼ突発的な発想だから明確な理由って感じじゃないけど……
「すいすくを自分で見ててさ、魔法少女っていうのものが現実の自分から脱した先にある理想像っていう役割を持ってるんじゃないかって思って」
「うん」
「あと、小春が自分の中の気持ちを解放するには、自分じゃなくなるくらいの自律を解放した状態が必要なんだと思った。でないとまた自分の気持ちを自分で抑え込んで結局動けないし、余計隠そうと思っちゃうだろうから。ならアニメの中のキャラクターになってしまえばいいって考えて、じゃあコスプレすればいいって」
「そっか……そこまで考えた上での選択だったんだね」
「でも私一人じゃ無理だから周りに頼った。副店長の存在が何より大きいね」
「あ、わたしまだ会ったことない……」
「私もないよ。でもあの給仕服を自作できる人でしょ? ならいけるって思った。撮影は乃々葉さんができるし、メイクは二千花ができるし、場所の確保は紬さんに任せれば大丈夫。本当に奇跡的なくらい役者が揃ってた」
「えっと、ちなみに皆さんへの謝礼は」
「私の貯金からお支払いしました」
「…………ちょっと後で金額教えて。割り勘しよう」
「小春が主役だから気にしなくてもいいのに……って思うけど、小春のことだからどうせ引き下がらないよね?」
「当然。わたしたち二人で楽しみを受け取ったんだし、お代は半々で」
「じゃあ明日以降整理してから連絡するよ」
「よろしくね」
はあ、やっぱり小春は小春だった。
でもそういうところも含めて好きだなあ。
さて、もう時間も時間だしそろそろ寝たほうがいいかも。
私は明日丸々サボるけど、小春は当然登校するわけだし。
「じゃあ小春、もう遅いし寝よっか」
「……え? まだ話し足りないんだけど」
「えっ、だって明日学校あるし寝ないと」
そう言ったら小春はなぜかきょとんとした顔をした。
でも数秒後にはくすくす笑い出して――
「琴奈、わたしも明日学校サボるから」
「……えぇ!?」
「琴奈がサボるのにわたしがサボらない理由はないよ」
「なんで!?」
「だってせっかくこんなにお互いのことを深く知れる時間があるんだよ? 授業よりよっぽど大切。人生のパートナーとの信頼を深める貴重な機会」
「それはそう、だけど……えぇ……」
麻子さんになんて言われるのかなって思うけど、でもどうせ小春のことだから既に口封じをして丸め込んでいるに違いなくて、とすると今晩は――
「眠くなるまで話そうね。琴奈のこと、もっと知りたいから」
「……それは私もそうだけど」
小春の本当の気持ちを解放したついでに積極性まで解放してしまった……
こういう学校サボりみたいなことへの積極性はいらないんだよって思うけど、でも私がサボる選択を取ったのは小春に自分の人生の危うさを指摘してもらって自分の意思を再確認できたおかげでもあって、だとするとこれはお互いを唆した同罪ということで、つまりこの同時サボりはやむを得ないというわけで。
「琴奈が変な顔してる、可愛い」
「それは可愛いのかな……」
「実年齢より二歳くらい若く見えるよ」
「ちなみに今日のコスプレの時の私は」
「実年齢より一歳くらい老けて見えたよ」
「大人っぽくて凛々しいって言ってもらえませんか小春さん」
「ごめんごめん。可愛かった。琴奈の柔らかい部分がうまくメイクや表情に出てたと思うよ。わたしの好みにぴったりだった。好き。可愛い」
「意趣返しされてる気分だよ……」
「可愛いって言ってもらえたのは嬉しかったけど、連呼されすぎて泣きそうなところまで持っていかれたのはちょっと悔しかったかなあ」
「そこで悔しいって思えるのが小春だよね」
「なんたって琴奈の飼い主だからね。威厳は保たないと」
「飼い主設定はもう飽きたので結構です……」
「むむ、じゃあ別の悔しい理由を作っておくよ」
ああ、どうして真面目な話から変な風にアクの強い方へいくのか……
「作らなくていい……で、真面目な話をすると、その時の悔しい気持ちは自分の弱い部分を見せてしまうことへの心理反応みたいなものだよね?」
「そうだと思う。わたしの可愛くなりたい気持ちって絶対に人に見せちゃいけないものだったから、それを見せることが負けっていうか、自分の尊厳を人に預けてしまうことみたいに思えてて。だから琴奈が相手でも本能的に怖くなって」
「でもそれは一時的だよね。それを乗り越えた先に、この人になら弱いところを預けてもいいって思える気持ちが生まれてくるから」
「……琴奈もよくわかるね。わたしも琴奈を分析しておいてなんだけど」
「私たちは心の大事なところが似てるから」
「そっか、そうだよね。うん。納得した。本当にその通りで、今はその乗り越えた先で琴奈になら自分の気持ちを見せてもいいと自然に思えていて、それこそクロゼットの中身を見てもらっても心地よかったし、見せても否定されないし、自分の気持ちを肯定してもらえるから、すごく心が楽になって」
「ならよかった。私が目指していたのは本当にその一点だったから」
「琴奈は巧妙な策略を練るんだね」
「私の人生のエラーを自覚させた時も事前に策を練ってきたんでしょ?」
「はっ、言われてみればその通り……」
「また大げさな。結局私たちはお互いの人生における心の苦しかった部分を互いの知恵と行動でうまく溶かし合ったってことだ」
「うん。あとさ、それができるパートナー関係ってそうそうないと思うよ。世の中には恋人なり配偶者なりパートナーシップを結んでいる人たちがたくさんいるけど、ここまで深くお互いの中に潜って理解し合って尊重し合える割合ってきっと小さい。だから、わたしはすごくラッキーだったんだって思う」
「それは私もだよ。本当に運が良かった。だって私たちこの関係に至るまで二か月しか掛かってないんだよ? 奇跡的に相性が良すぎるとしか思えない」
「本当にそうだね。自分でもびっくりしてる」
「まあ私は最初に一目惚れに近しいものがあったから納得ではあるけどね」
「それを言うならわたしも最初に会った時から琴奈の容姿は好きだったよ?」
……え? そうなの!?
「そうなの!? 全然気付かなかった」
「それはまあ、発言してないからね。心の中でそう思ってただけで」
「でも小春は私の好意には気付いてたってこと……?」
「うん。だって三日目の朝時点で『小春が可愛すぎてつい見入ってた』なんて言い出すから、それは流石に察するところがあるよね」
「ああぁぁ……そんな迂闊な発言をした覚えがある……!」
「でも嬉しかったのは事実だよ。あと、わたしも積極的ではあったし。二日目の終わりに名前呼びしたいって頼んだのはわたしだから」
「あ、それは覚えてる。私も結構緊張してたけど小春もだよね?」
「そうだね。結構不安な気持ちでお願いした気がする」
「そう思うと距離が縮まったのって……」
「歓迎会でわたしが敬語を抜くようになったタイミングだね」
「ああ、二千花が変に気合いを入れて仕切ったやつ」
「そうそう。ちなみに今だから訊くけど、わたしにハグするように指示されて琴奈から抱き着いてくれたけど、あの時のことは今振り返るとどう?」
「…………ただのハグなのに強く抱きしめすぎました」
「よくできました。百点満点」
「うあぁぁ……部外者のいる前で私はなんてことを……!」
「そんな熱々の恋人同士みたいなハグを見せられたら二千花さんも乃々葉さんも嫉妬しちゃうよね。それに気付かない琴奈も可愛かったけど、ふふっ」
「あの時は本当に何も知らなかったんです……本当です……」
見事に己の生き恥が掘り返されている……
これもまた小春との信頼関係を深めるための相互理解行為なんだけど……
「小春、恥を掘り返すのは一旦これくらいにして……」
「やだ。琴奈の可愛い恥を掘り尽くしてから寝る」
「か、勘弁してください……」
「しょうがない。じゃあ今日はここまでにしておく」
「助かった」
ふー……なんとかピンチは逃れた。
流石にこれ以上心を刺激されすぎるのは勘弁。
じゃあ、今日の終わりにもうひとつ聞いておこうかな。
「私さ、小春の本当の気持ちを知ったじゃん。もしそれを完全に理解し切れていなかったとしても、心の大事な部分を預けてもらったも同然なわけで」
「そうだね。わたしも琴奈の心の傷や大事なものを預けてもらった」
「それを私は誰にも言わないことを約束する。小春の心を構成する一番大事で弱くて柔らかいものを、他の人間には見せないし、このまま墓場まで持っていくって、約束するから。絶対に、何があっても」
これは私自身が立てるべき誓いであり、小春にもそうあってほしいと願うもの。
お互いの大切なものを見せ合って、預け合って、信頼し合っているからこそ、この誓いを小春の前でちゃんと言葉にしたかった。
「……ありがとう。わたしも約束するね、琴奈の大事な心は誰にも見せない。わたしだけが知って、理解して、寄り添って、慰めて、それさえできればいい」
「うん。私もそう思う」
「生きていく中で辛いことがあっても、琴奈がいれば大丈夫。琴奈のところに帰ってくれば、自分の大事な気持ちを大切にできるし、大切にしてくれる」
「じゃあ私の帰る場所も小春のところだね」
「そう思ってくれて嬉しい。琴奈の大事な気持ちは、わたしもお墓の下まで持っていくよ。できれば二人で一緒のお墓だといいけど」
「それを考えるのは五十年くらい後でもいいかな」
「ふふっ、そうだね。それまでは別の幸せなことを考えて過ごすことにしよう」
「うん、賛成」
そうやって笑い合っている自分たちを、すごく幸せだと思う。
こんなに幸せで、自分のことを大切にできて、将来が楽しみだって思える未来が来るなんて、少し前の自分は思ってもいなかった。
だけど、それは今目の前にあって、手の中にあって、二人の間にある。
長い長い心の冬を自分の足で抜け出して、暖かい季節を迎えたような気持ち。
小春が私の元に運んできてくれた、そして小春自身にも運んであげることのできた、明るくて光に溢れた優しい季節。
この世の小さき春が来て、私たちは二人で笑い合える幸せを噛み締める。




