二十一
「小春、世俗的な質問をするんだけどさ」
「うん、なに?」
「好きな漫画とかアニメとかあるの?」
金曜日の夜、私は小春にそう訊いてみた。
放課後とお泊まりのマリアージュという魅惑的かつ脱力感のあるシチュエーションなので、小春はへにゃっと気の抜けた顔をしながら返事をしてきたのだけど。
質問内容を耳に入れた一秒後にはその表情が驚きに変わって―
「琴奈がついに世俗の趣味に興味を持ち始めた……!?」
「元から世俗の人間だけど」
「あの高嶺の花の琴奈が」
「それ馬鹿にしてる?」
なんか百音にも同じような扱いをされた気がする。
私はそんなに世俗の色が薄いのか。勉強と暮らしに必死だっただけなのに。
ともかく一匹狼扱いはされなかったのでその点は良しとする。
「馬鹿にしてないよ。一匹狼として格好良いってことだよ」
「…………それはどうもありがとうございます」
ほら、言われたじゃん。
しかもそれ別にプラスの評価じゃないし。世間から浮いてる人のことだし。
……はあ、ちょっと待ってほしい。
せっかく質問しようと意気込んでたのにやる気が削がれていく。
小春の趣味について掘り下げるための大事な質問のつもりなのに。
悠里さんから聞いた小春の幼い頃の様子や小中学生時代の言動。
小春の隠している気持ちがなんなのかを推測した私は、その推測の強度を増すべく、こうして本人への質問を試みているわけだ。
つまり、この問答の結果次第で私の取りうる今後の道が変わる。
大事なのだ。でも、大事な質問なのに気が抜けていく。勘弁してほしい。
「えっと、話を戻していいかな」
「好きな漫画とアニメの話?」
「そう。小春が好きなものだったら、私も興味が持てるかもって思って」
「琴奈……成長したんだね……」
「だから馬鹿にしてる?」
「してないよ。飼い猫ならぬ飼い狼の成長を喜んでるだけだよ」
「人間じゃ狼は飼えないと思うけど」
「琴奈にしては鋭いツッコミだね」
「…………話、元に戻していい?」
もう、だから気が抜けるって言ってるじゃん。
小春はどうしてこんなにアクの強い冗談を言うようになったんだ。
初めて会った時のおしとやかで可憐な子はどこへいった。
というわけで元清楚系・現飼い主系女子は手際よくノートパソコンを開き、なにやらカタカタと慣れた手つきでキーボードを叩くので横から覗き込む。
「漫画は全然読まない。自分に合わないっていうか、そもそも漫画の絵柄だとキャラクターの魅力をあんまり感じないというか」
「ふむふむ」
「だから主にアニメを見て楽しんでる。小さい頃はニチアサとか見てたし、中学生になったら深夜アニメにも興味が出てきて」
「お年頃って感じだね。深夜帯の番組が気になるのは」
「お小遣いは十分あるから、今はサブスクリプションサービスで好きな作品を見てる。まめがしもそこで再生したものをテレビに飛ばしながら見たよね」
サブスクってよくわからない世界だったけど、こんな風に好きに選んで自由に視聴できるんだね、というのを小春の操作する画面を見て学んだ。
視聴履歴ページを開くと、これまでに再生した作品が何十作も出てきて驚く。
その中をすいすいと泳ぐように移動して、お目当ての作品を見つけ出すまでの小春の手さばきにも驚く。慣れてるんだね。
そうして見せてくれたページには、私と同い歳くらいに見える女の子二人が背中合わせで立っているイラストが大きく映し出されていた。
「この数年で一番好きなのはこれだね」
「えっと、『彗星世界のスクリプト』……これはバトルとかそういうやつ?」
「ちょっとシリアスな魔法少女バトルもの」
「シリアスなんだ。日曜の朝のやつとはどう違うの?」
「それは自分で見て確かめてほしい」
「……じゃあ私がサブスクの契約をするところから始めないと」
「えっ、その手のサービスってひとつも使ってないの?」
「AudioStockの音源サブスクだけは使ってるけど」
「そ、そっか。本当に俗世との接点がなかったんだね」
……俗世ネタはもういいです。
ともかく何かしらのサービスに契約しないと視聴できないので、家に帰ってからゆっくり検討したい。明日のバイトが終わった後でね。
とりあえず今のうちにスマホで作品のホームページを見ておく。
今よりもずっと未来の、荒廃を免れた惑星を舞台にした作品で、世界の裏側を知りながらも信念のために戦う魔法少女たちの姿を描いているとのこと。
まめがしの穏やかで明るい雰囲気とは全然違うけど、どの辺りが小春の好みだったんだろう。気になる。訊いてみよう。
「小春はこの作品のどの辺が好きなの?」
「うーん、物語自体のドラマチックさや作画の美しさもあるけど、それ以上にキャラクターが魅力的なんだよね」
「このイラストの子たち?」
「そう。舞台設定や物語は暗い感じだけど、その分キャラクターの明るいところや可愛いところが映えるというか、美しい部分がより輝くというか」
「へー、そういう見方もあるんだ」
「特にこのイラストの左側の子が好きでね」
「このツインテにしてる水色の衣装の子?」
「うん。この子が主人公なんだけど、笑った時とか嬉しそうな時とかが魅力的ですごく好き。今まで出会ったキャラクターの中でも上位に来る」
「小春の好みに直撃していると……」
そうなんだ。この視聴履歴の何十作の中でも好きなキャラクターなのか。
一作見るのにもすごく時間が掛かりそうなところをたくさん視聴して、その上でなお上位に来るほど好きというのは貴重な情報だ。
「じゃあ何度も見返したりしてるの?」
「うん。とりあえず五回くらいは見直した」
「えぇ……それ一体何時間掛かるの……」
「五時間×五回で二十五時間」
「忙しいのによくやるね」
「なにもずっと画面を見てるわけじゃないよ。流石に四回目や五回目は途中で勉強したりとか、部屋の掃除をしながらとかね」
「そんなに何度も見てる作品って他にあるの?」
「あんまりないかも。すいすくは珍しい例だよ」
「すいすく?」
「作品名の略称」
「へー」
なるほど。クラスメイトが会話中になにやら意味不明な短い単語を使っていたけど、あれは何かの略称だったのかもしれない。社会を学んだ。
ともかくそれだけ好きな作品ということは、小春の思考なり嗜好なりを分析するのに役立つ。明日の帰宅後はまずA○azon P○imeの契約をすることに決めた。通販のためにアカウントは持ってるしちょうどいい。
……と思ったら、自称飼い主系女子は飼い狼にこの作品を早速見せたいらしく。
「じゃあ琴奈、わたしの膝の上に乗って一緒に一話を見よっか」
「……いやいや、人間が一人乗ったら重いでしょ」
「琴奈は不健康で筋肉の少ない貧弱人間だから軽いよ?」
「心配されてるのか怒られてるのかわからない言い方……」
「じゃあ琴奈、ご主人様の膝に乗ってみよう」
「……いやいや、狼を膝に乗せる人間がどこにいるの」
「ここにいるけど?」
…………
「あの、人をペット扱いしたことに関して何かコメントは?」
「特にございません」
「ちなみに謝罪などは?」
「誠に遺憾ではございません」
…………
「まあいっか。じゃあお言葉に甘えて小春を座椅子にさせてもらうよ」
「琴奈も言うようになったね。人を座椅子扱いするなんて」
「ペット扱いと大して変わらない気がするけど」
「生物としての尊厳を踏みにじってくる辺りが琴奈らしいよ」
「……ねえ、これ喧嘩じゃないよね?」
「もちろん。恋人同士の仲睦まじい会話の一環」
「じゃあ私たちは見事に道を踏み外そうとしてるんだね」
「琴奈を不健康への道から踏み外させて軌道修正してるから、その通りだよ」
「それを踏み外すとは言わない……」
なんだこの会話。もうわけわかんない。
小春のアクの強い面がどんどん強化されてる。
……まあ、とりあえず一話を見て心を落ち着かせますか。
―――
……この作品すごく面白いな。
と思ったのは日曜日の昼下がりだった。
朝から視聴している『彗星世界のスクリプト』の第五話から第十話を見終わったところ。そして、お腹が空いていることにやっと気付いて一度席を立ったタイミング。
昼食を摂ることも忘れて見入っていた自分に驚きつつ、全身をぐーっと伸ばしながら軽くストレッチ。そのままキッチンに移動し、小春からお土産にもらったお高そうなパンを袋から取り出す。これを昼食にしよう。
一昨日の金曜、お泊まりで一話と二話を視聴した私はすっかり続きが気になってしまい、昨日の土曜はバイトから帰ってきてすぐにサブスクを契約した。自分が使うとも思っていなかったこの手のサービスに、特にためらわずお金を払ったことが自分でも驚きだけど、それ以上に早く続きを見たかった。
で、昨晩は三話と四話を視聴したところで眠くなって切り上げ、今朝は五話から一気に続けて視聴していた。本当に集中すると時間感覚ってなくなるんだね。勉強に集中してる時と似てる気がする。
で、結構終盤までを見た感想として、こう……尊いものがあった。
何が尊いのかって、穏やかな暮らしだったり、キャラクター同士の優しい会話だったり、そういう戦いとは無縁のものがきらめいて見えることが尊いと思う。
今の日本に生きている自分からすれば戦いって縁遠いものだし、海外の遠い国ならともかくとして、日本という国の南関東の栄えた地域で暮らしている分にはそういう殺伐として苦しみや悲しみが渦巻く戦いの世界っていうのはファンタジーだ。
だからこそ、フィクションの中でそういったものを目にした後だと、自分たちの生活と変わらない日常の風景だったりささやかな喜びというものがより光る。
この作品では荒廃を免れた惑星が舞台になっているが、荒廃の危機がいつ迫ってくるかはわからないし、それは今まさに別の惑星からこの惑星に侵攻を仕掛けてきている敵(どうやらこっちの惑星と同じように向こうにも魔法少女がいるらしく、なんかドス黒いオーラを纏った魔法少女が攻撃を仕掛けてくる)がどんな意図で侵攻してくるのかもわからないままで話が進んでいく。
そういった緊迫感や不安が入り乱れる世界において、魔法少女同士の何気ない日常の一コマや、戦いの中で強い友情を育んだことで普段の暮らしでも距離が近付いて仲睦まじく過ごす様子が、いつ失われるかもわからない尊いものに思えて、それが希少さを増すというか、そんな感じ。
特に小春が好きだという主人公の子は、魔法少女としてのパートナーの子とすごく仲がよくて、もうこのままゴールインすればいいのにと思いながら見ている。私と小春みたいなアクの強い関係にならずに一生幸せに暮らしてほしい。こんな関係性にはならないでね。お願いします。
という振り返りをしながらお昼をむしゃむしゃと食べる。
流石に長時間の視聴で疲れたのでパソコンからは一旦距離を置き、ベランダの外の街並みをぼけっと眺めながらの昼食。デジタルデトックスだ。
窓を開けて外の空気を入れながら休憩。
こういう穏やかな時間は……今まであったかな。換気はしてたけど、外を見て呆けてる時間があったら勉強なり読書なりに費やしていた気がする。
その点今日は朝から生産性ゼロの生活をしているけど、今の私はもう生産性などという不毛な概念から解き放たれているので、こういう時間もいいなって思える。
あー、癒される。人生の義務から解放されてる時間、良すぎる……
…………
ん、ちょっと待てよ。
人生の義務から解放されることへの肯定感……
これってつまり、すいすくの中の魔法少女たちが戦いから解放されている日常生活と似ているのでは?
…………
よし、一回落ち着いて考えよう。
まず私の実感からすると、魔法少女たちは戦いという心身ともに疲弊する事柄に対して力を尽くし、だからこそ視聴者は彼女たちの日常生活の癒しや穏やかな時間に対して非常に尊いという感情を抱く、といえる。
そしてこれを自分に置き換えてみよう。
私はこれまで勉強と家事と生活で必死になり、それ以外の部分を疎かにしてきたけど、今はこうしてぼけーっと休憩して癒しを得ている。これは魔法少女たちの生活における癒しの時間と近しいのでは。
ではこれを小春に置き換えて考えてみよう。
小春は自分の気持ちを隠し、親や周囲が望む言動をすることに力を割いてきた。
自分の気持ちはウォークインクロゼットの奥に隠して誰にも見せずにいる。
――それらを踏まえると、つまり、小春にとって。
魔法少女のアニメが好きな理由は、そういうことで。
作中の輝いていて尊い部分に惹かれるのは、そういうわけで。
そして、この作品を特に好きだと感じるのは、そういう理由だ。
…………
よし、見えたぞ。
すいすくありがとう。道が見えた。これならいける。
小春の隠している気持ちを、小春本人の意思で私に伝えてもいいと思えるようになる。そのための手段と道筋が見えた。
私が本人に問うのではなく、本人が自発的に私に対して伝えようと思えるようなシチュエーション。そして、その気持ちを今後は私相手であれば隠さなくてもいいと思えるような環境と関係を作るための手段。
しかも、この作戦を実行するために必要な役者が完璧に揃っている。
これならいける。今すぐ動くぞ。日曜日だけど今は昼休憩に入りそうな時間だからいいよね? うん、いいってことにしよう。
―――
「あー、もしもし。二千花?」
『ことっち!! あたしに電話くれるなんて珍しいね!!明日は大雪かな??』
「珍しくて悪かったね」
『そりゃあ流石のあたしもびっくりだよ。で、どうしたの? あたしと琴で合奏したくなった? うち来る? 歳いくつ? てかLINEやってる?』
「すいません人違いだったようです電話切ります」
『ままま待って!! ごめん、冗談だから!!』
「……はあ、今日は二千花に頼みがあって電話した」
『ことっちがあたしに!? 愛人になってほしいとか!? それはちょっと……』
「違うっ! そんなの興味ないから!」
『ごめんごめん。で、どんなご依頼かな?』
「二千花の得意分野に関してなんだけど」
『そう言われると身構えちゃうね』
「身構えるほどではないから聞いてほしいんだ。あのさ」
……………………
「っていう話、できそう?」
『超任せて!! めっちゃできるよ、やったろうじゃん!!』
「本当? ありがとう。また詳細連絡する」
『もちろん! はあ、すっごい楽しみ』
「うん。ところでそこに紬さんいる?」
『いるよ』
「ちょっと代わってもらえる?」
『了解!』
『もしもし~』
「紬さん、お昼にすいませんね」
『いいよ~、琴奈ちゃんの頼みならなんでもしちゃう~』
「じゃあ早速頼んじゃうんですけど」
『うん。二千花ちゃんとの話は大体聞いてたからわかるよ~』
「なんで音漏れしながら通話してるんだあいつ……」
……………………
「っていう話なんですけど、紬さんの力でいけます?」
『もちろん~、そういうの結構知ってるから任せて~』
「ありがとうございます。じゃあこの後詳細連絡しますね」
『待ってるよ~、愛しの小春ちゃんのためだもんね~』
「はいはい。で、そこに乃々葉さんいます?」
『いるよ~、こっちを興味津々に見てるから代わるね~』
「乃々葉さんどうも」
『二千花が音漏れしまくるから全部聞こえてたぞ』
「ならむしろ都合がいいです。乃々葉さん、料理じゃないんですが料理みたいなものだと思って力を貸してください」
『ん、何すればいい?』
「ええとですね」
……………………
『ほう、それなら多分いけるな』
「いけます? 料理じゃないので勝手は違うと思うんですけど」
『まあその辺は基礎知識でなんとかできるよ。任せな』
「流石乃々葉さん。助かります」
『詳細は二千花あたりから適当に聞いておくから、安心してな』
「ありがとうございます。じゃあまた後日で」
『了解ー』
よし、オファー完了。
じゃあ最後に店長にメール出すか。
こればっかりは文面と添付書類で説明しないことにはなんともね。
そういえばメールソフトでメール書くなんて滅多にしてないな。
通販とか公共サービスとかのアカウントを作るためにメールアドレスを使うだけだから、正直自分から誰かにメールを送信するなんてほぼない。
でも今回は大事な話なのでメールを活用させてもらう。
喋るよりも冷静に組み立てた文章を出す方が自分の性に合ってるからね。
んー……こんな感じで伝わるかな?
お金のやり取りが発生する依頼だし、丁寧すぎるくらいがちょうどいいはず。
貯金は十分あるからこれくらいの支出なら問題ないはずだし。
じゃあ送信、っと。
これで最初のステップは終わった。
となれば次は紬さんへのオーダーを出さないと。
この先の全てを動かすには紬さんの力が最初に必要だから、まずこちらの希望を明確に出して、調整を済ませないと他の役者にもゴーサインを出せない。
じゃあそこはSNSの力を借りて、おおざっぱに依頼を出して……
よし。今できるのはここまでだね。
休憩という名の発注作業はここまでにして、すいすくの続きを見ようかな。
自分の覚悟も決めなきゃいけないし。
……どうして小春案件で自分が覚悟を決めることになるんだろうね?
わかんないけど、まあいっか。




