閑話 二
「ねーねーこはるん、ちょっと話聞いていい?」
「いいですよ」
二千花さんにそう声を掛けられた。
昼休み中の休憩室で。
ちょうどお客さんの予約時間が終わり際だったので、キッチンとホールはやることがほぼなく、唯一忙しいお会計は琴奈に任せた。だって会計機が一台しかないから、二人以上そこにいても意味ないし。
というわけで琴奈を放置し、わたしと二千花さんの二人で休憩している。
「あのさ、ことっちとめーっちゃイチャイチャしてるじゃん」
「そうですね。琴奈が無知で可愛いので愛でたくなります」
……なんだかこんな会話を少し前にしたような気がする。
「それでそれで、喋れる範囲でいいんだけど……ことっちはすぐに落ちた?」
「まるでわたしが純真無垢な子を落としたみたいな言い方はやめてほしいですね」
「あはは、ごめんごめん。……で、結構すぐにOK出たの?」
「はい。元々これまでの十分な積み重ねがあった上でのプロポーズなので、お互い自然だったというか。まあ一か月未満ですけどね。ともかくわたしは琴奈と結婚したいですし、琴奈もたぶんそう思ってくれてますよ」
「だよね。あとさ、前の日曜のシフトの時にあたしとつむつむでことっちの人生相談を受けたんだけど」
「はい。琴奈が急にデートに誘ってきたので裏に何かあったんだろうなって」
「察するのうますぎ!……でさ、こはるんと自分に似ているところがあるって気付いたみたいなんだよね。その話はした?」
「してませんが、言外で伝わってるはずです。二千花さんも気付いてます?」
「うん。当たり障りなく言うと『一緒にいることが苦痛にならない人』、でしょ?」
「なんだ、聞くまでもなかったですね」
「あたしも一応人生を十六年くらいやってるもんでして……」
「流石お姉ちゃんです」
「キャーーー!!! またお姉ちゃんって呼んでくれたーーー!!!」
二千花さんの黄色い悲鳴が超音波のごとく休憩室に響き渡った。
鋭い、速い、強い。もうその超音波で流れ星でも撃ち落せるんじゃないだろうか。
それにしても、わたしたちのマイナスの波長の相性はすっかりお見通しだった。
となると紬さんにも大体バレてるだろうな。大人組は言わずもがな。
「可愛い妹が嫁を見つけたんだなあ……お姉ちゃん嬉しくて泣いちゃう……」
「出会って一か月も経っていない二千花さんには言われたくないですね」
「うぇぇん……うちの妹は毒舌だった……」
いや、そこまで暴走してほしいとは思ってない。
軌道修正しないと。
「で、二千花さんから見て今日の琴奈はどうでした?」
「明らかに顔色が良かったね」
「ですよね」
「これまでのことっちは良い意味でも悪い意味でも自律感が強いというか、全部一人でできるし―― みたいな強さがあったよね。すごく真面目で熱心で仕事もよくできて優秀な人だなって思うと同時に、この人は他人を突き放しても生きていけそうだなっていう、なんかこう……孤高の存在みたいな、そういうのがあった」
「二千花さんの意見に概ね同意です。琴奈のあの真面目すぎる態度と雰囲気は、ある意味他人を跳ね返そうとしている壁でもありましたから」
「そうそう。でも今日はそれがなかった。自分と他人の区別ははっきりあるけど、拒絶までは感じさせない柔らかさが出てたんだよ」
「やっぱり二千花さんは人を見る目がありますね」
「そりゃどうも。で、最初に言った顔色が良かったってのも同じね。これまでは強迫感みたいな鋭さがあったよね、手負いの猛獣みたいな」
「一個バランスが崩れたら全部壊れそうな脆さがありました」
「こはるんの指摘も鋭いと思うよ」
「それはどうも」
二千花さんの理解も深い。
本人が聡明なのは前提として、その才があれば十二分に読み解けてしまうほどに琴奈は異常なまでの思考で身を壊しかけていた。
でも、今日はそこから解放された琴奈だ。
本人としては「今日は気分が明るい」くらいにしか思っていないかもしれないし、もちろん恋人になった喜びはあるけどそれがいかに深いものなのかを本人はわかっていない。そこまで深掘りする余裕はないと思う。
「あとは本人がどれくらい落ち着いて自分を顧みるかだよね」
「そうですね。それを助けるのがわたしの仕事ですけど」
「いやあ、こはるんは最高に頼りになるよねえ」
「二千花さんも琴奈をそそのかした罪状があるので少しは面倒を見てください」
「この妹、策士……!」
「お姉ちゃんほどではないです」
「あっ、今のちょっと謙遜気味のお姉ちゃん呼びもすごくいい……!」
訂正、二千花さんは変態性も深い。
……こほん。ともかくこの場所は琴奈への理解がある人たちで構成されている。
学校の方は詳しくないけど、話せる相手はいるらしい。
今後はしばらく時間を掛けて琴奈の気持ちの整理と現状の見直しかな。
いきなり心の中の重荷が全部なくなるわけじゃない。反動もそれなりにあるはず。
そういうのを二人で話して、共有しながら考えることが大事。
まあ、いざとなればわたしが貯金口座に入っているそれなりの金銭をフル活用して琴奈を引き取ればいい。別にうちの親が養子にするわけではなくても、単純に住居を提供してあげるだけでいい。
それでわたしと一緒に暮らせれば、緊急の場合でもなんとかなるだろう。
琴奈の食生活や睡眠なんかは不安要素が多いし、急を要する場合は両親に掛け合ってみれば恐らく話は通る。わたしがその重要性を説ければ、だけど。
ともかく今日一日仕事して、後はSNSで連絡を取り合いながら様子を見よう。
うん、そうしよう。
じゃあそろそろお会計を済ませたであろう琴奈を迎えに行こうかな。




