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18. 6つのナポレオン

上山サキと「彼」はモエムを池に返しに行きます

雨が降る薄暗い日曜日の朝、彼は上山サキが運転する車でため池へと向かった。

車は市街地を通り抜け人跡の途絶えた一帯に入り込んだ。田んぼと雑木林の間をまっすぐ貫く細い道路を5分ほど走った後で、彼は上山サキに畦道に車を停めるように指示した。そこから先は歩いていくことしかできない。

彼らはレインコートを着て車から降りた。彼は後部座席からクーラーボックスを取り出し、それを抱えて歩きだした。その後ろに上山サキが続いた。

腰の高さまで草が生い茂る道とも呼べない道へもぐりこむ。それはかつて彼が切り開いた道だった。相当な草木が生い繁っていたが、道の名残はまだ保っていてかろうじて通ることはできた。ぬかるみを踏んで長靴はすぐに泥だらけになった。雨は一定のペースを保ったまましつこく降り続けている。レインコートのフードを深くかぶりうつむいて歩く2人は、葬送の会葬者のように無口だった。

やがて前方の視界が開け、彼らは道を潜り抜けた。目の前にはため池があった。緑色の平たい水面に雨粒が降り注いで無数の波紋が生じている。懐かしい足跡型のため池。この場所を訪れたのはモエムを地下室に住まわせるようになって以来初めてだったが、景色は少しも変わっていなかった。

彼は池の縁に歩み寄る。不意にデジャ・ヴのような感覚に襲われた。かつてモエムを拾ったあの日の中に自分が戻ってきたような気がした。その感覚はあまりに強烈で彼はほとんど立っていられず、クーラーボックスを地面に置いてその縁に手を置いて屈んだ。ある感情が濁流のように押し寄せて、彼を飲み込もうとしていた。彼はそれに流されてしまわないように目を閉じて耐えた。

上山サキが彼の横に立った。そして彼を見下ろしながら何事かを呟いた。その声は雨音より小さく彼の耳には届かなかった。届かなかったが、彼女のその言葉、あるいは動作によって魔法が解けたように眩暈に似た感覚が消えて、彼は正常さを取り戻した。

彼は立ち上がり、上山サキと並んで雨が降る池をしばらく見ていた。2人とも厳粛な態度を崩さずにいた。確かにこれから行う行為は葬式に似ている、と彼は思った。

クーラーボックスを開けると、モエムは丸くなって水の中でゆっくりと浮かんだり沈んだりを繰り返していた。彼にはそれもまた一種の儀式のように見えた。モエムが何かを伝えようとしているようにも。

横から覗き込んだ上山サキが、指先でモエムをつつきながら別れの言葉をつぶやいた。するとモエムはわずかに膨らんだようになった。眩いまでに白いその表皮には最後まで汚れも傷もつかなかった。

彼はクーラーボックスを高く持ち上げて逆さにし、中の水ごと池に落とした。水飛沫が上がり、白い生き物は池に投げ出された。生き物はしばらくその場に浮かんでいたが、やがて水面を滑りだし、ちょっと驚くほどの速さで2人のそばから遠ざかっていった。そしてある地点で突然下から何かに引っ張られたみたいに水の中に沈んだ。

彼らは雨に打たれながら待ったが、そのあと何分経っても生き物が戻ってくることはなかった。

「これでいい」と上山サキが言った。

雨は次第に強くなり、車に戻るころには土砂降りになっていた。



彼と上山サキは地下室に入り、水槽の水をポンプと大きなバケツを使って排出して捨てた。珊瑚砂も水草も小石や貝殻も処分した。モエムが溶かしたさまざまながらくた類を彼が「燃やせないごみ」の袋に詰めようとしたとき、上山サキが言った。

「そのまま捨てたら駄目よ。壊さんと」

壊す❓と彼は聞き返した。

「ドロドロを全部壊すの。粉々に破壊するの」

どうして、と彼は言った。

「だってごみ袋にこんなの入れて出したら、誰かに見られたらどうするん❓あなたは疑われるかもしれんよ。また騒ぎになるよ。全部壊さないと‼跡形もなく、木っ端微塵に」

そう言って彼女は青と銀色に溶けたあの地球儀だったものを手に取り、地下室のコンクリートの壁にいきなり投げつけた。硬い音とともにそれは微塵に砕けた。あまりにもあっけなく壊れてしまったので彼はちょっと意外な気がした。上山サキはそれほど強い力で投げつけたようには見えなかったのに。

上山サキは他の物も同じようにして壊した。スプーンやサングラスやインク瓶や材木が溶けたようになったものはみな、壁にぶつかるとあっさりと砕け散った。もとの素材が何であってもすべてがまるで石膏のように、いや、あるいはスナック菓子みたいにたやすく壊れてしまうのだ。そのことが彼には不思議だった。やはり物体は別の物質に変容していたのかもしれない。

上山サキは笑ったり叫んだりしながら破壊に夢中になっていた。かつて目にしたことないほど彼女は興奮しており、また強い歓喜に包まれているようだった。

「まるで『6つのナポレオン』みたいやねえ‼」などと上山サキは叫んだ。彼女があまりに楽しそうなので、彼は自分ではほとんど何も壊さず彼女に任せていた。

やがてその作業も終わった。壁にはぶつけた跡が残り、床には粉々になった色とりどりの破片が散らばっていた。破片となった物体はもうさほど美しくはなかった。彼は破片を箒で拾い集めてごみ袋に入れた。


がらんとした地下室には、住むものを失った空の水槽が夢の抜け殻のように残った。

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