奏水と琥珀の現代日本旅行記 中編
2026年4月29日、水曜祝日。
これすなわちゴールデンウィークの開始日。
つまり10代の子供が出歩いていても不審がられない最高の日程!
というわけで私は朝から元気よく琥珀を引き連れて地下鉄に乗り、おおよそ30分ほどを掛けてこの場所までやってきたのだ。
なのに琥珀はどうしてか怯えていて――
「……奏水、電車というものは何故こんなにも恐ろしいのです?」
「え、恐ろしい要素あった?」
「あんなに速く動く乗り物は初めてです……」
「ああ、そういう」
電車を降りてホームで少し休憩したいとベンチに座った琥珀。
確かに馬車であのスピードは出ないしね。キックボードも電車ほどは速くないし。
乗り物酔いしたらとりあえず休憩。大事。
とすると次は外の空気を吸った方がいいよね。
なので一度地上に出てから目的地を目指すことにする。
階段をそこそこ上って、出口が近付くとちょっと息がしやすくなる。
そして、地上に出るところでくるっと振り返るように琥珀を促してみれば、目の前にそびえ立つ真っ白な塔の存在に気付き――
「――!? 奏水っ、これは一体なんなのです!?」
「東京スカイツリー、この国で一番高い建物ね」
「…………こ、これは、ぇ……」
ふふっ、見事に驚いてくれた。
わざわざ地下鉄オンリーの経路で押上まで来た甲斐があったね。
今日、琥珀を連れて来たのはスカイツリーとその麓に位置している東京ソラマチ。
東京旅行にちょうどよく、客層がファミリー寄りで比較的落ち着いていて、お店が多くて楽しめる場所という観点から選んだ。あと行こうと思ってる服屋もあるし。
時々買い物に来ていた場所なので最低限の土地勘はあるし(ショッピングモール相手に土地勘という言葉が使えるのかはさておき)、とにかくお店の数が多くてジャンルも幅広いから必ずどこかで楽しめる。
さて、じゃあビビり散らしてる琥珀の手を握って出発!
ではここからは道中の琥珀の模様をハイライトでお送りします。
あれ? 私は一体誰に向かって語り掛けてるんだろうね?
・10:10 和風雑貨店
「このお店はなんだか気になりますね」
「おっ、琥珀もとうとう現代日本に順応してきたね」
「荒療治ですけど」
琥珀が手に取ったのは木のイラストが描かれたディフューザーだった。
なるほど、植物だから親しみが湧いたのかもしれない。
「奏水、これはなんです?」
「ディフューザー。良い匂いのする液体を霧みたいに噴射して香りを楽しむもの」
「へえ、そんな便利でお洒落なものがあるのですね」
「部屋に置くと気分転換に使えそうだね」
「まあわたしは奏水の香りがあれば十分なので今回は遠慮します」
……えっ、今なんて言った?
・10:30 書店
「おおっ、活版印刷の書籍に近しいものがあります!」
「今はもうデジタル印刷だけどね」
「全部綺麗でつやつやですし、時代の進歩を感じますねえ」
この店では躊躇うことなく散策を始めた琥珀。
適当に後ろを付いていくと文庫本コーナーのあたりで嬉しそうににやにやと微笑んでいたので、一体どうしたのかと訊いてみれば――
「やはり漢字ばかりの空間は安心感がありますね!」
「あー、そういうことかー」
「この『人間失格』というやつが気になります」
「碌な内容じゃないからおすすめしない」
「むむ、そうなのですか。奏水が言うならやめておきましょう」
うん、それがいいと思うよ。
「あと、ここもいいですね。可愛い子の絵がたくさんあります!」
「ラノベの表紙に引き寄せられるオタクの図~~」
「へ? ら、なんです?」
「ライトノベル。若年層向けの娯楽要素が強い小説のこと」
「ではこの巫女装束の綺麗な子は娯楽小説の登場人物なのです? もったいないですね。恋愛小説にして、表紙のもう一人の変な服の子とデートさせましょう」
「あっ、これ現代日本だと限界百合オタク扱いされるやつ~~」
・10:50 お洒落雑貨店
「このお店は雰囲気が違いますね、高級感があります」
「そういうお店だからね。価格も少し高めだよ」
なにせ天下の有名ブランドだからね。
正直私もあんまり入ったことはないので少し緊張。
「あっ、奏水これはなんですか? お椀の中に植物が!」
「お椀って……マグカップね。洋風の湯呑み」
「この白と緑の組み合わせがいいですね! でもこの葉っぱは干からびてます」
「これは観葉植物って言って、作り物の植物なんだよ」
「そ、そうなのです? 本物かと思いました……」
「精巧だよね」
食器と植物。ちょっと意外な組み合わせに、逆に惹かれるところはある。
このマグカップ観葉植物を窓辺に置いておくだけで雰囲気出るよね。
「奏水っ、このお皿みたいなのも気になります!」
「レンジ用の耐熱容器だね。蓋もついてる」
「ということは料理を入れた上で蓋もできるのですか!?」
「うん」
「……奏水、これを買いましょう」
「へっ!?」
「うちで使います。作り置きのおかずにちょうどいいです」
「りょ、了解」
「お代は当然奏水が払ってください」
「どっちが払おうが元は私の貯金だけどね」
というわけで電子レンジ対応容器を4つほどお買い上げ。
そこまで大きくなかったので私の鞄に収まった。ナイス。
・11:15 キャラクターグッズ店
さて、適当に歩いてぶらついていると――
「奏水、わたしはこの子を好きになりました」
「突然の離婚宣言!?」
「この黄色くて尻尾がじぐざぐになっている子が好きです」
「ああ、ピカ様のことね。ポ○モン相手なら別にいいよ……」
「あの棚を見てください。この子の人形が置いてありますね。とても可愛らしいです。うちに連れて帰りましょう」
あっ、琥珀がとうとう可愛い子をお持ち帰りするようになった……
そのうちマ○カーニャあたりに浮気しないか心配になってくる。
「じゃあお店に入るよ、だいぶ並ぶだろうけど……って、あれ?」
あれ? ポ○センって大混雑必至のスポットじゃなかったっけ?
思ったより並んでない。すぐ入れそうじゃん。
琥珀が我先にと行列の最後尾に滑り込み、私も後から追いつき、ほんの数分で中に入れた。これが琥珀パワーかな?
「おおっ、大きさの違う人形がいっぱいあります! しかも柔らかくて触り心地がいいですね! どの子にしましょうか、奏水?」
「琥珀が好きな子でいいよ」
「では遠慮なく……この中くらいの子で!」
「他にもグッズあるよ。買ってく?」
「ふむ……ではあの辺りの雑貨を見てみましょう」
「りょーかい」
そしてピカ様のパフクッションを追加でお買い上げ。
琥珀はこういう可愛いキャラが好きなんだね。また理解が深まった。
・11:40 フルーツパーラー
「ふー、待ち無しで入れてラッキー!」
「奏水、ここは果物のお店なのです? にしては見慣れないお皿を使っています」
「うん。果物を使った甘味を提供するお店ね。ぜんざいやあんみつの洋風版みたいなものだと思ってくれればいいよ」
「むー、しかしお品書きを見ただけでは味の想像がつきません」
確かにそれはある。じゃあ私が選んじゃおっかな。
琥珀が食べ切れなくても私が食べる。お腹は空いてるし。
というわけでフルーツサンドと苺パフェを注文。
パフェを琥珀の前へ置いてもらえば、琥珀が自然と食べることになるので――
はい口を開けて、いいね、じゃあ食べようねー、はい、ぱくり。
……どうかな? 舌に合ってるかな?
「…………奏水」
「うん」
「これは、異常に、美味しいです」
あ、感動が限界突破して逆に冷静になっちゃった人だ。
言葉が途切れ途切れで、やたら神妙な表情でスプーンを握っている。
「苺は食べたことがあります。ただ、その周りの甘味は一体なんです?」
「クリームだね。乳と砂糖でできてる甘味」
「その下のちょっと固いものはなんです?」
「バニラアイス。クリームとさほど変わらない何か」
「そしてこの苺はなぜこんなに甘くて美味しいのですか?」
「農家さんの技術と努力の結晶だからだね」
「…………西暦二〇二六年、恐ろしい世界です」
それはどうも。別に私は何もしてないけど。
あっ、フルーツサンドも美味しい。
「奏水、こんな味を知ってしまったら向こうに戻れなくなります」
「そのうち忘れるよ?」
「……だといいですね」
もし忘れられなかったら――?
うーん、琥珀のことだし自分で作れるんじゃないかな。
・12:40 水族館
というわけでデートといえば水族館!
ソラマチには立派な水族館があるからね、水の世界を感じて楽しもう。
ちなみに私の名前にも水が入っている。ご縁があるといえる。
なお、琥珀は水族館への道中で見かけたスカイツリーの入口に一瞬興味を持ったものの、「エレベーターであの天辺近くまで行くんだよ」と教えたら恐怖で関心を失くした。だってうちのマンションのエレベーターであの怯えようだったからね。
さて、では事前に予約しておいた入場券でささっと入館。
「奏水、この空間はわざと薄暗くしているのですか?」
「うん。あと生き物への配慮もあるかな。眩しいのは良くないだろうし」
「ふむふむ。一世紀先の文化は勉強になります」
「お、おおっ! なにかぺちぺちと歩いている生物が!」
「ペンギンだね。ここの名物」
「か、可愛いです……健気にも小さな足で歩いている姿が実に愛らしいです。しかし、水に入ると機敏に泳ぐのですね」
「ペンギンの魅力だよね、わかる」
「あっ、ここに綺麗な水槽がありますよ! なにかがうごめいています」
「クラゲだね。幻想的でいいよね」
「これは癒されますねえ、ぼんやりと見つめているだけで頭がぼーっとして……」
「って、それ疲れてるだけじゃん! ちょっとベンチで休憩しよう!」
観光はそこで一時中止。
売店で水を買ってきて休憩。
「あー、連れ回してごめん。思ったより大変だったよね」
「いえ、構いません。わたしも楽しくてはしゃいでしまいました……」
二人してベンチに座って、少し先のペンギン水槽を眺める。
「奏水は、こんなにも刺激的な世界で生きていたのですね」
「毎日こんなんではないけどね」
「それでも刺激が多いとは思います。そこから急に刺激の少ない世界に飛ばされて、今思えば奏水の心労はもっと大きかったのだろうと思ってしまいます」
「それはもう過ぎたことだし。それに琥珀が親切にしてくれたからね、大丈夫」
自分の疲れから人の疲れまで考えられるなんて、琥珀はやっぱりいい子だなあ。
私にはそんなことはできない。
「というわけでわたしも刺激をたくさん体感してから向こうに戻ります、追体験です」
「いや別にしなくていいでしょ……」
「奏水への愛の表現です」
「面倒くさいオタクみたいなこと言ってる……」
「奏水の方が百倍面倒です」
「……ふふっ、なにそれ」
・13:40 服屋
というわけで琥珀の疲れを考慮し、本日の目的をさっさと済ませることにする。
無論その内容は――
「よし、じゃあユ○クロで衣類買い込むぞ!」
「おー!」
昨日琥珀が気に入ってくれたTシャツやジャージ、肌着などを買い込む。
肌着以外は基本的に試着できるはずなので、最初にサイズを確かめ、その上で必要なものを満遍なく購入する。足りなければ帰宅後に通販で買い足す。完璧だ。
「はあ、あの快適な衣類たちが山ほど手に入るのですね……」
「恍惚としてきたね。表情がやばいくらい幸福感に満ち溢れてる」
「こんな革命的な快適さが手に入るのです。感涙ものです」
「呆けてるところ悪いけど商品確認するから現実に戻ってきてね」
まずは軽いものってことで肌着から。
といってもサイズは私のものを着けた時点で大体わかってるし、それに合うものを探していけばいいか。じゃあこの辺でっと。
「種類は色々あるから、素材とか肌触りとかで琥珀が好きなものを選んで」
「わかりました!」
「私は自分の分を買うから」
「ふふん、では奏水とお揃いにします」
「自分で選んでって言ったよね!?」
結局、色々確認した結果同じものを買った。
この傾向はやたら強く、結局Tシャツもジャージもその他も同じものになった。
これは恐らく昨日着た衣類への印象が良すぎた結果、私が選んだものと気が合うに違いないからそれでいいという気持ちになり、実際商品を見たり触ったりしてもそれが変わらなかった、ということだ。
そんな具合で大量にお買い上げ。
スタッフさんに引かれる量の購入で代金は軽く5万円を超えた。
支払い? 現金に決まってますがなにか?
・14:20 帰路
「ふぅ、お買い物が楽しすぎてたくさん買ってしまいました」
「結局帰り際の一階のお店でお菓子も買っちゃったし」
「しかしこの荷物を持って電車とやらに乗っていいのでしょうか?」
それは確かに。あと単純に持って歩くのが大変。
そこで私は名案を用意しておいたのだ!
「琥珀、タクシーで帰るよ」
「へ? たく、なんです?」
「タクシー。自動車で好きな場所まで連れて行ってくれる仕組み」
「そんなものがあるのです!?」
「割高だけどね。でもお金なら十分あるし」
押上駅近辺のタクシー乗り場で待機していた一台を捕まえて、そのまま流れるように後部座席へ乗り込む。手際よく行き先を伝えれば車はすぐに発進した。
「ええと、このたくしーのお代は奏水が払ってくれるのです?」
「もちろん。今日は結構連れ回して疲れさせちゃったし。私が持つよ」
「それって結構高くないですか?」
「そうかも。でもせっかくのお休みだし、これくらいは奮発するって」
その言葉に安心したのか、琥珀は割とあっさり眠ってしまった。
大量の戦利品を抱えたまますやすやと眠る姿は年齢よりも幼く見える。
――今日は思いっきりはしゃげたのかな?
だとしたら嬉しい。
・15:00 帰宅
「さて、一眠りして元気になったので戦果を確認します」
「その意気やよし」
「とりあえず服についているこの固い紙を取り外しましょう」
「あ、それ外したら私に渡してほしい」
「わかりました」
ピカ様グッズはベッドの上へ、お菓子はキッチンへ、耐熱容器は琥珀が保管。
そして大量の衣類を順番に整理する。ついでに肌着類は念のため試着する。
洗濯してから試着がよかったけど、流石にこの量はきつい。
そして全て問題ないことを確認し、今後の暮らしでどれくらいの量があればよいかを相談。そして背が伸びた時のために一つ上のサイズも買っておくべきと判断し、まとめきったら私が通販で注文。
普段からユ○クロに依存する人生を送っていたけど、こうして役に立つ時が来たというのは感慨深い。通販のアカウント持っててよかった。
私が注文している間に、琥珀が買ったものを大きめの段ボールにまとめ、向こうに転移させる準備をしてくれる。ありがとう。役割分担の妙だね。
と、ここまでの一連の作業は1時間程度で終わり、琥珀はまだまだ元気である。
では、次にどうするか。
ふふっ……そう思ってさ、通販の作業中にさ、こそこそやっておいたんだよね。
アレをああしてこうだよ。琥珀はどんな顔をするのかなあ、楽しみだなあ。
「ところで奏水、そろそろ夕食の準備をしないといけない時間ですが」
「……まあまあ。あと10分くらい待ってよ」
「……?」
きょとんとした表情で首を傾げた琥珀。
ふふ、見ているといい。10分後にはその表情が驚愕に変わるのを!
というわけで16時20分ごろ。
我が家のチャイムが鳴った。琥珀はそのチャイムの音に飛び上がって驚いていた。それもまた可愛いのだが、ビビらせるのも可哀そうなのでちゃんと説明しておいた。
そして玄関で私が受け取ったそれを、ダイニングテーブルにどんと並べて――
「奏水、これはなんです? 変な八角形の箱と長方形の箱が並んでいますが」
「ふふふ」
「あとなにかいい匂いがしますが」
「ふふふ」
「…………はっ! まさかこれはまた誰かにご飯を作ってもらったのでは!?」
「勘の良い琥珀も好きだよ。正解」
その宣言で箱を一斉にオープンして――
「じゃーん! 今晩はピザを食べたいと思います!」
「な、なんだかすごいものが出てきました! 豪華です!」
「小麦粉でできた生地の上に具材を載せて高温で焼いた料理だよ」
「おぉ……お肉も野菜もいっぱいです……!」
「そして横にあるのはフライドポテト! じゃがいもを切って油で揚げた嗜好品です」
「これもまた炭水化物の塊といった感じで魅惑的ですね!」
そう、私はユ○クロ信者であると同時にピ○ハット廃課金勢でもあるのだ!
お金ならあるからね!大量に!あははは!
「奏水、これを好きなだけ食べていいのですか……?」
「うん、おかわりもいいよ」
「やりましたっ! これは気が済むまで頂くしかありません!」
「お腹いっぱい食べるんだよ」
「奏水は鈍感でへたれですが食事に関しては素晴らしい人格者ですっ!」
「さらっと罵倒されたんだけど……」
そしてMサイズのピザの3/4を琥珀は一人で食べた。
私は適当にポテトを摘まんだ。これでいい。琥珀が楽しいならOK。
その後、お腹がいっぱいすぎて動くのが億劫になった琥珀がお風呂を拒否し、悲しくも胃腸が落ち着くまで3時間ほど待ってから入浴したのだった。
―――
「はあ、今日は楽しかったですね」
「うん、琥珀と一緒だとお出かけも楽しくなったって思う」
「それはよいことです。あと、あの苺のぱふぇをまた食べたいです」
「じゃあ明日は別のフルーツパーラーに行こっか」
「行きます!」
そしてベッドに入ったのは23時。中々の夜更かしさんだ。
「奏水が急に帰省すると決めた時はどうしようかと思いましたが、これは付いてきて正解でしたね。人生経験としてとても面白いものになっています」
「ならよかった」
「で、明日は何時に起きればよいのです?」
「8時でいいよ。そんなに急がないし、行く場所も朝相談して決めるし」
「わかりました。では明日に備えて安眠すべし、ですね」
琥珀の隣には今日買ったピカ様のクッションがある。
楽しそうだし嬉しそう。いいなあ。琥珀のそういう顔好きだなあ。
明日もこういう顔が見れますように。
じゃあ、おやすみなさい。




