二人の出会い、その真相
「え、ええと……その、あなたがもしや」
奏水が怖がりながら口を開いた。
隣にいる琥珀も緊張しきりの中、目前の美しい少女と向かい合う。
十二単を纏った少女は二人と同年代に見えるから十五か十六ほどだろうか。
柔和で温厚そうな顔立ちをしているが、身に纏っている凛冽な空気からして只者ではない。その冷静で落ち着いた振る舞いからもそう感じた。
そして件の少女はにこやかに口を開いて―
「はい。私がこの国を司る女神です。一条奏水さん、水蓮寺琥珀さん、よくぞここまでいらっしゃいました」
そう告げてにっこりと微笑んだのだった。
―――
時を遡ること数分前。
御前会の全ての神楽が終わった後、舞台上には巫女候補四組が集められ、大洲宮の神域庁直轄の役人が女神からの神託を受け取ろうとしていたところだった。
神楽堂の更に上。
宮殿の最上階に位置する神域庁管理の階層にて神託を受け、それをこの神楽堂まで持ってきて伝えるという流れだ。
担当の役人がやって来ると会場中が緊張に包まれる。
そんな空間で厳粛な口調で神託を読み上げる。そして次代の巫女の名前を読み上げるその瞬間。琥珀も奏水と固唾を呑んだ。呑んで、耳の神経を研ぎ澄ませて、いよいよその名前が呼ばれるというところで―
突然意識が飛んだ。
いつの間にか綺麗な和室の座布団に二人して座っていた。
辺りを見渡すと平安時代の貴族の住居のような寝殿造の庭がすぐ横に広がっていた。
「え? はいっ? 奏水っ、これはなんですっ?」
「や、私もわからないって、なにこれ」
という風に辺りをきょろきょろと眺めている間に、まるで瞬間移動かのように向かい側に美しい少女が座っていて。
―――
「突然こちらにお招きしてしまって申し訳ございません。お二人とは直接お話がしたかったもので呼んでしまいました」
「は、はあ」
「女神様が直接呼んでくださる……あわわ、大変です……」
奏水は話についていけず、琥珀は割と真面目に慌てていた。
しかしそんな二人を落ち着かせるようにお茶が出てきて。
「まずはお二人にお伝えしたいことがあります。私から先ほど出した神託の通り、次代の巫女はお二人にお願いします」
「は、はい」
「それはありがたいことですね……」
まだ困惑している二人が生返事を返す。
「ちなみに今は私の力でお二人を神域へ呼び出したのですが、元の世界では時間が止まっていますので安心してください。戻ったらその瞬間に役人からお二人の名前が呼ばれますからね」
「そう、なのですか」
あまりの出来事に混乱しているが、ともかく巫女に選ばれたという事実にはほっとしているのが奏水で、それ以上に安堵しているのが琥珀で。
「え、ええと、まずは選んでくださりありがとうございます」
「いえいえ。これは贔屓せずに純粋に判断した結果ですので」
「ち、ちなみに、わたしたちのどの辺りがお眼鏡にかなったのでしょうか」
「全般としか言いようがないですね。勉学、知能、文化、人格、そういったものを広く見てですね。もちろん神楽は高く評価していますよ」
「そ、それはよかったです」
という会話の途中に奏水もやっと口を挟む。
「そ、その、巫女に選んだ人を呼び出すのは毎回してるんですか」
「ええ。直接話した方がいいことも多いですからね。ちなみに大概の方は私の容姿に驚きます。これでも一応二千年近くは生きてるんですけどね」
「に、二千年はすごすぎ……」
「女神様……恐ろしいお方です……」
そういう軽い会話を繰り返しつつも徐々に本題に入っていく女神。
奏水と琥珀を巫女に選ぶにあたり呼び出したところまではいいとして、伝えるべきことは色々とあった。
巫女としての心構え、この先どんな風に各地を司ればよいのか。
他の巫女とのやり取りはどうするのか。
女神からの神託を受ける時はどうやればよいのか。
大事な話を、しかし案外あっさりとクリアできそうな内容を伝えてくる。
それ以外にも女神がどんな風に過ごしてきたのかとか、この国に残されている課題やこの先のこと。そういう話を三人で語らった。
それが一区切りしたところで、女神がふと思い出したように喋り出して―
「そういえば今回の選定にあたって大事な要因がありました。水蓮寺さんが神力の本質を読み解いたことです」
「物語が本質、ということですか?」
「その通りです。これまで数多の巫女候補を見てきましたが自力でそこに達した人間はせいぜい片手で数える程度です。この点も大きかったですね」
「がんばって解読した甲斐がありました!」
「これは本当に素晴らしいことですからね。ぜひこれからもたくさんのことを学んでください」
「はい!」
これは本当に琥珀の偉業である。
奏水はそんな天才に乗っかっただけだ。
「そしてもう一つびっくりしたというか、後押しになった要因があります」
「はい。なんでしょう?」
「お二人がキスしたことですね」
「……っ!!」
「? きす? 魚の名前ですか?」
奏水は完全に羞恥でびくっと跳ねた。
一方の琥珀は外来語がわからずにはてなを浮かべて。
「ああ、水蓮寺さんには伝わりませんでしたね。口づけのことです」
「なるほど、口づけは『きす』と言うのですね」
「琥珀っ!! 今更だけどあれはなんなのさ!!」
「ばかな奏水がいつまでもわたしへの好意を自覚しないので強制的に自覚させたまでです」
「違うっ! 私も昨日気付いたんだよ! 琥珀のことが好きだって!」
「へっ、そうなのです? では今日はなんだか顔を赤くしていたのは……」
「その……どう接したらいいかわからなくて……」
「あらあら、お熱いですね?」
女神に野次られてやはり頬を染めた奏水と、予想外の事実にあたふたする琥珀。
「とはいえ最後のキスもまた要因の一つになりました。やはり巫女となる番同士は仲良くいてほしいので、恋人ですとよりよいですね」
「うぅ……ファーストキスがこんな行き違いになるとか……」
「あぁぁ、ごめんなさい奏水。でも自覚のない奏水が悪いので諦めてください」
「そんなぁっ……」
「ふふふ、水蓮寺さんは中々毒舌なのですね。素敵です」
という具合で琥珀のファーストキス強奪疑惑事件は見事に解決した。
強奪ではなく両者同意であることが立証されたのである。
ただ、その羞恥から解放された奏水は冷静になった頭でふと思い浮かぶことがあった。それを訊くべき相手は目の前にいた。
「あの、女神様に聞きたいんですけど」
「はい。なんなりとお答えしますよ?」
「私がこの世界に転移してきた理由ってご存知ですか」
「ああっ、わたしも気になっていました!」
そこに琥珀が乗っかる。
「奏水がこの国に迷い込んできたことにわたしは少々疑問を覚えています。神力の存在しない異界から突如やってきて、神力への異常な適応と神術の高度な才能、そして偶然にも大洲宮の近くへ迷い込んで運よくわたしが拾ったこと。全てが出来すぎているように思うのです」
「私もそれは同感で。転移なんてフィクションの中の出来事に過ぎないのに、何の理由もなく自分が巻き込まれる理由があるわけないって」
「…………そうですか、お二人とも気付きましたか」
女神が少しだけ俯いて息をつく。
その表情と仕草は答えを知っていることの証だった。
「白状しますと、一条さんをこの世界に転移させたのは私です」
「……やはりそうでしたか」
「転移する際に神力の才能を与えたのも私です」
「まあ、それができるのなんて女神様くらいだもんね」
あっさりと証言した。
ただ、奏水からすると何も理由なく転移されるとは思わない。
それ相応の理由があるはずだと思っている。
それを目で伝えれば女神はゆっくりと口を開いて―
「一条さんのいた元の世界はこの世界と親和性の高い、いわば似通った世界です。私の力でそういった親戚のような世界を覗くことができます。その中でふと目についたのは一条さんでした」
奏水と目を合わせて喋り出す。
「目についた理由は、異界の人間にもかかわらずこの国の神力との親和性が最初からある程度存在したからでした。かなり珍しいのですよ」
「なるほど、奏水は初めから適性があったのですね」
「ええ。そこでその子の様子を窺っていたところ、看過できない事実が判明しました。両親が企業経営に失敗して破産し、多額の借金を残して自死したという事実です」
「――!!」
「自死は海外でしたからまだ日本には伝わっていませんでした。ですがそれが伝わった瞬間、全ての借金を肩代わりする少女の元に危険が訪れることは確かです。命の危険では済まない話です」
奏水が目を開いたまま固まった。
琥珀がすぐにその手を握る。
「そこで私が考えたのはこの国へと転移させて、元の世界から逃がすことでした。幸いこの国の巫女候補で彼女との相性が良いと考えられる少女がいたので、その子に見つけてもらえるような時間と場所に転移させたのです」
「…………それが、わたしということですか」
「はい。お二人には疑念を抱かせてしまって本当に申し訳なかったと思っております。ですが、この転移がなければ一条さんの命が危うかったことは事実です」
「なるほど、そして私は琥珀に出会ったと」
「二人が本当に上手くやっていくかどうかは私にはわからなかったので、ある種の博打でした。しかしその賭けに私は勝ち、しかも巫女として相応しい人間に育ってくれたことは真に僥倖です」
その事実にしばらく黙りこくって、現実を受け止めることに努めていた奏水。
琥珀はその手を握って背中を撫でながら落ち着かせる。
そういう時間が数分続いて。
「……女神様、本当にありがとうございました」
「いえ。一条さんは本当にこれで良かったと思われますか?」
「はい。こうして琥珀と出会えて、今はすごく幸せなので」
「それはよかったです。私も安心いたしました」
「わたしもです! 奏水と出会えて人生も暮らしもすべてがよい方向に行ったのです。こんなにうれしいことはありません」
「琥珀……」
「ふぅ、私もようやく肩の荷が下りました。お二人からこの言葉を聞くことができて嬉しいです。本当によかった……」
琥珀が奏水の頭を撫でる。
それに応えるように奏水も琥珀の頭をゆっくりと撫でる。
「琥珀、私と出会ってくれてありがとう」
「こちらこそですよ、奏水」
「ではお二人とも、そろそろ神楽堂に戻っていただきますね」
「はい」
「わかりました」
「お二人でしたらこの先も大丈夫でしょう。私と話がしたくなったらいつでも呼んでいただいて大丈夫ですからね。では、またお会いしましょう」
その言葉が終わると同時に二人の意識は大観衆の神楽堂へと戻っていったのだった。




