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ある静かな夜

私はただただ自分の好きなものを形にしようとしてきた。

子供の頃から育児放棄を受けて親の愛情を貰うことができなかった私は、自分の心の慰みを幼いながらに外の世界に求めて暮らしてきた。


もはや帰ってくることもほとんどない両親の部屋には大量のCDとコンポが残されていて、それをなんとなく触って聴いていた。ラジカセでCDを再生していた幼稚園の先生の姿から使い方を覚えて、片っ端から聴いて楽しんでいた。それが音楽との馴れ初めだった。


小学校に上がる頃には家に残されていたパソコンを自分で触れるようになったし、そこで動画サイトやホームページを通じて色々な音楽を知った。高学年になる頃には大量に与えられていた貯金を使って楽器や機材を買うようになったし、中学生になったらスマホも手に入れて自分の世界は広がった。


そうして触れていく中で自分の中に湧き上がってきたのは、自分の想像した世界を形に残したいという創作意欲で、それが音楽制作に繋がったのだと信じている。


そういえば幼稚園でも絵を描いたり積み木で何かを作ったりするのが好きだった。

同級生と一緒に遊んだり、外で身体を動かすことには関心がなかった。どうあがいても自分の世界に没入するタイプだったと思う。つまり創作向きの素養はあったのだ。


そうして私の創作意欲は年齢を重ねるにつれて研ぎ澄まされ、自分の好きな音楽と強く息づいている創作意欲が組み合わさったことで、DTMに向かう日々が紡がれてきたと言える。



そんな人間だから「自分の音楽を誰かに評価してもらいたい」というよりは「自分の想像したものを思い通りに出力したい」という気持ちの方が強くて、ただただ人の目を気にせず創作することに力を注いできた。


もちろん人に褒められれば嬉しいし、無視されるよりは評価された方が良い。

でもそれは二番手であって、一番はやっぱり創作そのものを楽しむことにあった。


だから、こうして目の前に突きつけられた現実に初めての不安を覚えた。

自信を失ってしまいそうになっている、と言い換えても良い。


飛鳥井花音という化け物のパフォーマンスを見せられて、自分の音楽はあれに勝てないと思った。だって当然だ。私は今までずっと自分の欲を満たすために内側へ向けた創作をしてきたから。誰かと比べる機会も、比べられるという概念もなかった。


でも違う。大洲宮では、巫女への道には当然人との比較が必要になる。

私の作る音楽は必ず他の何かと比べられる。自分だけが満足する創作物では勝ち抜けない。外の世界を考えずにいた私がずっと見落としていた事実だった。


この世界に存在しない音楽、目新しさもインパクトもある音楽をやっているからそれで大丈夫だろうと思ってしまった。井の中の蛙大海を知らず― というのは少し違うかもしれないが、外の世界を甘く見ていたことには違いない。



…………



じゃあ、ここからどうしたらいい?

今から人に求められるものを作る? 自分の「好き」を一旦脇に置いて?



…………



でも、そんなことをしてまで音楽を作ってまで本当に自分は満足なの?

それはすなわち自分のこだわりを捨てることになるのに?



…………



昨日まで作っていた御前会用の新曲はもう聴く気が起きない。

だってこれじゃ飛鳥井花音には勝てない。それは自分が一番わかっている。

創作や芸能を見る目はそれなりにあるつもりだ。


でも今さら音楽を捨てたところで私には何も残らない。

人並みの真似をして暮らすことはできるだろうけど、中身は何もないただの空っぽの人間でしかない。音楽以外に何か趣味と呼べるものもない。


じゃあこの道をやめるわけにはいかないけど……どうすれば前に進めるの?



わからない。わからなくて頭がぼんやりしてくる。

頭がぼんやりしてきて身体の力も抜ける。

布団で横になれば楽だけど……起き上がる力が起きない。



どう、すれば、いいんだろう……







―――






奏水の人生を、その様子を少しだけ見てきた人間としてわたしは思うところがあります。

それは自分自身の人生の価値を音楽に求めている傾向がある、ということです。


わたしは奏水のいた世界のことを詳しく知りません。

きっと奏水と同じような技術を持った人間が老若男女問わず星の数ほど存在するのでしょう。その中には音楽を仕事にしている人も、趣味として楽しんでいる人もいるはずです。


でも、奏水からはそのどちらにも当てはまらない何かを感じることがあります。

仕事であるがゆえに技術を伸ばして実力を着けるための努力、趣味であるがゆえに自分の楽しみを広げようと様々なことを学ぶ努力。そのどちらでもない位相で。



それがきっと自分の価値を求めるがゆえの努力なのだと思いました。


育児放棄 ―わたしは経験したことがないのでその痛みを真に解することはできませんが― を受けた子供がどのように育ってどのような人間になるのか、想像することはできます。


親からの愛情を受けることのできない生活、親に依存せねば生きていけない立場の子供が自立を早々に求められる苦難。そこから出来上がるのは早熟で達観した子供でもあり、人から愛情を受けたことがないゆえに自分自身を肯定する力に欠けた人間でしょう。


親から見捨てられて音楽という楽しみに逃げた幼い頃の奏水が、そこから得た知的好奇心と創作意欲を元に音楽制作に興味を持ったこと。そこまではよいのです。

けれど奏水はその先で自分の楽しみや幸福を得ることと同時に、この分野であれば自分は一人でもうまくやっていける、自分には価値があるのだという自信も得たのでしょう。創作の世界を味わうと同時に、創作によって自分で自分を肯定していた、と考えます。


年頃の子供がそんな肯定感と自信を覚えたらのめり込んでいくのは目に見えています。

他人と関わることで肯定感を得られない、他人からの愛や肯定を受け入れる術を知らない奏水が、自分で自分を認めてあげることのできる世界に逃げ込んだのは仕方のないことです。


だからこそ、これまで得てきた自信ががらがらと音を立てて崩れ落ちた今、奏水はこうして自室に閉じこもって顔を見せなくなってしまった、ということです。




食事やお水は持っていきますが、声を掛けても返事がないので無理に呼び出すこともできず、とりあえず部屋の前におかゆの乗ったお盆を置いておくことしかできません。


御前会まであと一か月しかないという現実的な事情もありますが、それ以上に奏水がここまで落ち込んでいることに自分も辛くなってしまうことが問題です。


さてどうしましょうか。

会話して、対話して、奏水の肯定感や自信を取り戻させることができれば一番ですが……今のわたしにはその策が思い付きません。


でも、何もしないなんて無理です。

このまま放っておくこともできません。


…………


となればここは強引にいくしかないですね。

まず奏水がわたしと喋る気を起こさなければ。


ふむ、では奏水の部屋に突入しちゃいましょう。それっ。



…………



あー、予想通り布団に突っ伏してますね。

顔を上げそうで上げないあたりに落ち込み具合を感じます。


うーん、会話する気を起こさせるにはどうしましょう?


やっぱり大事な機械類を勝手に触られちゃうとかがいいですかね。じゃあ奏水のパソコンを借りちゃいます。おっと、でぃーてぃーえむのまっさらな画面が広がっていますね。では勝手に打ち込ませてもらいましょう。少し触ったことがあるので基本操作は大丈夫です。


うーん、この変な文字は相変わらず読めませんね。英語で使う文字だとは聞きましたが意味はさっぱりです。ともかく適当に項目を選んでぽちぽちしてれば楽しいのでよしとします。

ヘッドホンを着けてるとなんだか自分がすごい作家になった気分です。ふふん、これはいいです。なんだか偉い人間になった錯覚すらします。それは言い過ぎでしょうか?


この前勝手にこーらすのメロディを作ったことがあったのでそれを思い出して……うーん、こうですか? いやいやなんだか違います。でもこの項目でここを選んでこうすると……おお、素敵な音が鳴りました。これを広げましょうかね。


では、奏水が声を掛けてくるまで作業させてもらいます。

はてさて何時間掛かるでしょうか?

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