琥珀のひとりセッション
ふぅ……一息つきましょうかね。
でぃーてぃーえむの画面に夢中になってしまいましたが今は何時でしょうか? 奏水の部屋には時計がないのでわかりませんね。体感は二時間くらいですがはてさて現実はいかほどでしょう。
改めて触っていて思ったのは、なぜか夢中になってしまう中毒性があるところですね。
幼い頃に積木などに夢中になった子供が多いように、大人の玩具といいますか(それでは仕事にしている人に失礼かもしれませんが)、そういう魅力があります。
もちろん知識のない状態で触っても大した成果は得られませんが、わかっている人が触れれば無限に遊べるでしょう。奏水がのめり込んだのもわかります。
さて、そういうわたしは奏水みたいな曲を作ってみようと試行錯誤しましたが、やっぱり無理でした。昔から琴は触っていたのでその旋律を作ることはできました。今弾いている和ギターの知識も応用できました。
ただそれらを他の楽器と組み合わせるとなると非常に難しいです。ある程度の専門知識が要りますね。理論を無視してめちゃくちゃな何かを作ることはできますけど。
さて、ではせっかく琴の旋律を作ったのでもっと遊んでみたいと思います。
奏水が自分で保管していた和ギターを借りまして……ひとりセッションですね。自分の作った旋律を流しながら、それに合わせて弾いてみます。一応打楽器の音も入れておいたのでリズムを合わせるのは簡単です。
では再生して、よいしょ、始めっと。
…………
うん、いいですね! 人と一緒に演奏するというのは楽しいです。今は機械ですけど。
音が重なるのは不思議な面白さがありますね。高度なことをしているという興奮もありますが、音楽的にやはり複数の音が組み合わさることの本能的な快楽があるのではと思案します。
奏水が時々言ってる「こーど」とかいうやつと関係があるのでしょうか?
まあいいです。それよりちょっと変えたいところが出てきました。
打楽器の音を土台にしていましたが、なにかこうもっとふわっとした感じというか、浮遊感といいいますか。そういうものの方が似合いそうです。
ではやはり琵琶などの弦楽器がよいでしょうか。
紅灯恋歌で使っていたバイオリンとかチェロとかもいいですね。うーん、その音はどこにあるのでしょう? この変な文字の中を手あたり次第探してみます。何分掛かるのやら。
…………
おっ、これですこれです。この繊細な感じの音です!
では打ち込んでみますが……どうやって旋律を作るのです? ぜんぜんわかりません。なにせ専門外ですから。ではもうなんだか適当にやるしかありませんね。当たって砕けろでいきます。でも砕けないでください。
うーん、違う。でもこっちだとこうなるし……わ、わかりません。
いやしかしここでこう……と見せかけて実はこう……ん、なんかいいですね。では次がこうして、これはこうで、えっと、はい、これをこうして……
…………
よしっ、できました! 短い旋律ですがなんとか作りまして、それをひたすら繰り返す要領で続きも仕上げました。この複製という選択肢に助けられました。文明の力ですね。
これは初心者ながらいい出来だと自負しています。
うん、これは奏水に聴かせてもいいですね…………って、そういえば奏水が後ろにいたんでした。忘れていました。あまりにも動かないものだから存在を忘却してしまい……
振り返ってみたら枕に顔を埋めたまま微動だにせず凝り固まっていました。
寝ているのか、寝ていないけど倒れているだけなのか、見分けがつきません。
まあそれもここまでです。今からこの渾身の自作音源を部屋中に響くように流せばお目覚め間違いなしですからね。引きこもりのお姫様を強制起床させるのです。ふふん。
ではいきますよ!
…………
おおっ、チェロの太い響きがしっかりと下の方を支えてくれている中にゆったりとしながらも主張のある琴の旋律! 打楽器はいませんがふわふわする感じが癖になりますね!
打ち込みの琴と手元の和ギターの旋律ががっしり噛み合った時の力強さがたまりません。それでいて旋律自体は繊細で壊れ物のような……このギャップがたまりませんね。ギャップという言葉は奏水がよく使うので覚えましたが、いざ実際に体感すると腑に落ちます。
ふむ、これが作家の楽しみなのですか……
はっ、つまり奏水は今までこんな楽しいことを独り占めしてきたと!?
これは許せませんね。後で問い詰めなければ。わたしにも教えてください。
さて、この気持ちよさを一回で終わらせるのはもったいないです。
では次は和ギターの音色を別の楽器に変えてもう一度弾いてみましょうか。では次はそれこそ琵琶の音色でいきましょう。準備して、ちょっと弾いて確認して、では早速――
「…………琥珀?」
ん? なんか声がしましたよ? わたしこの音源の中に人間の声って仕込みましたっけ?
はて、そんな打ち込みはしていないはずですが……
「琥珀……?」
んっ!? またしましたっ、これはもしやでぃーてぃーえむの不具合!?
いや、その可能性はあります。初心者が勝手に触ったから機嫌を悪くしてしまったのかもしれません。あわわ、でぃーてぃーえむさんに謝罪しなくては……
「こは、く……!」
……にしてはわたしの背後から聞こえますね。
背後にスピーカー置きましたっけ。どれどれ調べないとってうわぁぁあぁぁ奏水が起きてるぅぅっっ―――!!!
「はひっ!? 奏水っ、起きていたのですっ!?」
「……いや、それはなんか知らない曲が鳴ってたから……」
「はぅ……びっくりしましたぁ……」
いやいや、奏水の存在を忘却しすぎてしまったとはいえ生の声を音源と聞き間違えるとは……でぃーてぃーえむの魔力、恐るべしです。中毒とはこのことです。
いつの間にか起き上がって布団の上でぺたんと座り込んでいた奏水はまだ眠そうでしたが、それにしては声はしっかりしていて――
「でぃーてぃーえむさん、奏水が触ってくれなくて寂しそうにしていたのでわたしが相手をしていたのです。そうして遊んでいたらですね、なんだか曲のようななにかができあがってですね、それとセッションしてたら楽しくてですね」
「DTMに感情はないけど……」
「奏水よりは感情豊かに思います」
「さらっとひどいことを言うね」
「えへへ」
おっ、良いつっこみですね。
「ところでさ……その曲、もらっていい?」
「え、ええ。ご自由にどうぞ」
「じゃあもらった。ちょっとやりたいことがあって」
……奏水がやる気です。
落ち込んでいた時とは違う、眠たげな瞳の中にもなにか光が宿っているような感じがします。
……ってそうでした!! 奏水を叩き起こしてなんとか対話まで持ちこもうと思って曲を作っていたんでした、忘れてました!! あれっ、対話をすっ飛ばして作業始めちゃいました!?
ってちょっとわたしの和ギターをしれっと床に放り出して椅子奪わないでくださいっ!?
奏水っ、かつてなくやる気ですねっ!? 暴虐性すら感じます!?
…………
というわけでわたしの作った音源に何かを加えていく奏水の横顔を布団の上からぼーっと見ていました。真面目な顔です。真剣な表情です。すごく好きです。
それを見ていて思ったのはやっぱり奏水は音楽が好きなのだなあ、ということです。
音楽を理由に落ち込んでも、音楽を理由に活力を取り戻すというのがその証拠ですね。
ふぅ、とりあえず奏水の正気を取り戻させるという作戦は成功しました。
わたしがその目標を忘れていたという変てこな事態もありましたが、ともかくこれで対話まで持っていくことはできるでしょう。たいへんよろしいです。
さて、奏水が落ち込んでいた理由はなんとなくわかっています。
自分の存在価値を音楽に求めていたところに挫折と失望を味わったこと、そして自分の信じてきたものを捨てなければならないのかという不安です。
これらに対して一応の答えを出すことがわたしの役目です。
なんといっても番ですからね。それに奏水と結婚するならこれくらいできないとだめです。両親も頑張れと言ってくれているような気がします。
では奏水の制作が終わるまでしばらく待ちましょうか…………と、思ったんですが、あれ、なんか頭がふらふらする…………そ、そうです、でぃーてぃーえむに夢中でまともに休んでいなかったので、眠くてしょうがないです……あ、むり、もう寝ま…………




