表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/76

本物の好敵手

「いやー、水蓮寺と一条の神楽本聴かせてもらったよ! これは素晴らしいね、ただでさえ音楽が新鮮なのにこんな小さな本から鳴るもんだからたまげた」

「先生、神楽本って言い方は無粋なのでやめてほしいんですが……」

「一応わたしたちの間では神楽書と名を付けています」

「おう、すまんかった。じゃあ神楽書だな、うむ非常によいものだ」


御前会まで残り1ヶ月半となったある日、奏水と琥珀は大洲宮唯一の恩師である永里先生の元を訪ねていた。気分転換でもあり、リスナーの感想を聞くためでもあり、理由は色々とあるが。


で、肝心の主はたいそう機嫌がよく、二人の神楽書も褒めてくれたので一安心。

これまでにも神楽披露で何度か聴いてくれていた人ではあるが、改めてこうして形に残したものを評価してもらえるのはありがたいことだ。琥珀の書いた短編小説も悪くないようだ。


そういうわけで執務机でニッコニコの先生を前に、今日の目的を琥珀から切り出す。


「先生、今日伺ったのは御前会の神術試験についてです」

「おっ、そういえば要綱が出たな。今年の試験は中々手強そうだぞ」

「はい。なので改めて先生から注意点や助言など頂ければ」


御前会。二年に一度の次代の巫女を選定する行事は、神術と神楽の二部門で選定が行われ、例年通り先に神術試験で絞り込みがあり、それを突破した番だけが神楽披露に至るという流れだ。


つまり神術試験を突破しないことには奏水と琥珀の神楽も無意味。

なればそのための対策は事前に練っておくべしというわけで、要綱が出たタイミングで相談に来たわけである。とはいえ奏水と琥珀には既にある程度の構想があったので、それを精査することと見落としている危険箇所がないかの確認が主だ。


「一次試験は郊外の街一つを借り切っての乱戦形式で、相手に見つからないように攻撃を加えて無力化していく。既定の人数が脱落したら終わりで、残った番が二次試験に移る。

二次試験は大洲宮周辺地域を使った謎解き形式で、各地を巡りながら指定された問題を解いていき、残った上位十組が三次試験へ。三次試験は単純な模擬戦で、二組に分かれて総当たり戦をして上位二組が神楽に挑むことができる」


その説明にうんうんと頷く奏水。

琥珀に教えてもらった内容と相違はない。


そして考えてきた対策内容を先生に説明するのも奏水の仕事。

そこに対して意見を貰い、他に注意すべき事項があれば解説を受ける。


琥珀はそもそも神術に長けた人間であり、知能というか地頭の良さも十分にある。

そしてタッグを組む奏水も神術の力量には問題はない。


ただ、それは敵になる巫女候補たちにも言えることで、自分達の力量を過信するのは良くないと二人揃って慎重に動いていた。特に奏水は実戦経験の少なさがネックになる。少し気を抜いていたら命取り……ということもありうる。


そこで何かしら他に対して強く出れる手を打ちたいというのが琥珀の希望で、それを受けた奏水があれこれと考えたわけである。そしてそれは大体が奏水のDIYしてきた各種機材や音楽知識の応用といったもので、あまりにも突飛だったのか永里先生は目をまん丸くして―


「は、はあ。そういう技術があるのか」

「ええ、私が勝手に持ってきたものなので他には真似できないかと」

「まあ、確かに出来ないだろうな」


その詳細な内容は置いておくとして、少なくとも西暦一八九〇年代の世界に存在しない技術であることは確かで。


そして琥珀はもう奏水のやる気とアイディアに乗っかっている状態なので、熱心に喋っている奏水の横顔を見ながらにこにこしていただけ。もちろん補足事項があれば口を出したが、奏水の狙っている作戦でおおよそ問題はなさそうと考えていた。


「うーむ、一条の作戦はなんというか、我々では想像のつかないものがあるからな。細かくどうこうとは言い難いが、概ね問題はないであろうことと、水蓮寺にその技術の使い方をよく教えておいた方が良いってことは言えるな」

「そうです。奏水はわたしにその使い方を早く教えるべきなのです」

「……もうちょっとしたらね。まだ調整中だから」


実際、永里先生の言う通りで琥珀からすると「それはなんなのです?」と言いたくなる摩訶不思議な手法でこの試験を突破しようとしているわけだが……その辺りは教えてもらえればなんとかなるだろうと思っている。奏水の奇行(と奇怪な技術)にはもう慣れた。


そういうわけである程度目途がついたところでお喋りに移行していた。

永里先生は神術に長けた師であると同時に、この国の政治全般にもそれなりに精通しているから、どの州でどんな問題が起きているだとか、人口の増減がどうこうだとか細かい話を聞くこともできる。


国全体の動きを知っておくことは将来巫女になった時の政にも役立つ。

まあそこは主に琥珀の担当なのだが、奏水もある程度は知っておこうと真面目に話を聞いている。メモこそないが、家に戻った後に記録はしているらしい。


そんな穏やかでありつつ真剣でもある会話が数十分続いたところで、永里先生が次の用事に行くというので二人ともお暇することに。

ただ、その最後に先生が付け加えた言葉が奏水の自信を揺るがすことになるとは、この時は二人とも思っていなくて。


「おっ、そういえばそうだ。二人は飛鳥井(あすかい)の神楽を見たことはあるか?」

「……ええと、それは巫女候補筆頭の飛鳥井(あすかい)花音(かのん)さんのことです? 名前は知っていますが、見たことはありませんね」

「ん? 誰それ」

「一条は知らないか。水蓮寺の言う通り巫女候補の中でも最も巫女の座に近いと称されている大洲宮きっての才女だ。彼女の巫女神楽、舞踊は一見の価値があるからな。好敵手になりそうだし一度見ておくといい。今日の夕方、長鈴の神楽堂で披露するらしいぞ」


へー、どんな感じなんだろう、というのが奏水の正直な気持ちだった。

巫女神楽って神社で行事の時に披露されるあれだよね、くらいの認識だった。


巫女舞踊にそこまで大きく評されるものというイメージはないのだが、先生がそう言うからには実際凄いのだろう。どんなものかを見ておいて損はないな。そう思った。


「じゃあ琥珀、この後見に行こっか」

「ええ。わたしも気になるのでぜひ、ですよ」

「おう、じゃあ気を付けて行ってきなよお二人さん」


だから奏水は軽い気持ちで長鈴まで足を運んだ。

ただなんとなく芸術鑑賞をするくらいの気持ちで神楽堂の座席に座って開演を待っていた。

数人の大道芸人や演奏家の舞台を見て、最後に出てくる彼女をぼんやりと待っていた。


だから、会場が暗転してから舞台に光が当たるその瞬間までずっと気が抜けていて―






―――





……なんか、あの人すごいな……

舞台に上がって、スポットライトが当たっただけで、それだけで神々しいっていうか……


えっ、なんでただ歩いてきてお辞儀しただけなのに、あんなに綺麗なの?

なんていうか、厭らしさがない。全部が自然体で、そこにいるのが当然みたいな、私が真ん中にいて人を惹き付けるのが普通ですみたいな……でも、驕ってない。これが素の自分だからって言ってるみたい……


待って、あの人おかしい、なんで一挙手一投足があんなに自然なの?

まるでバレエでも踊ってるみたい……全然力んでない、自然体なのに惹き付けられる、筋肉の動きまで全部しなやかそうだなって思えるくらい……


余裕? 偏屈を超えた余裕みたいなものがある……よね……?

巫女舞踊なんて神への捧げ物だから絶対緊張するし神聖なものなのに、それを微塵も感じさせないし……むしろ緊張なんてしてないの? 当たり前の行動だから? 歩いたり走ったりするのと全部同じ位相にある……


もう舞台に上がるとか人前だとか神楽だとかそんなこと考えてないってこと……?

これが私の当たり前です、ってこと……? そんなのズルでしょ……


ダメだ、目が離せない。あの動き、ただの身体の動きなのに、ただ音楽に合わせて舞っているだけなのに、凄すぎて目が離せない……表情まで全部自然で、笑っても悲しんでもいない、神楽に相応しい淑やかな表情、でも機械的なじゃなくて、それがあの人の心の底から出ている淑やかさだから作りものじゃない……


う、嘘でしょ?

こんな人を相手にしようとしてたの……?


む、無理だって、こんな凄いものを見せられたら今の私たちじゃ敵わない……

どう、しよう。どうすればいいかわからないのに……でも、神楽から目が離せない……これが本物のカリスマってこと……? 人の本能までコントロールするくらいの……


でも、それすら心地良く思えてしまうのが悔しい……

まずい、よね。これが大洲宮の巫女候補筆頭……こんな化け物を、相手にするの……?


ほんと、どうしよう……これじゃ、巫女になるなんて無理かも……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ