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音楽記録計画 其の五

「ふぅ、つっかれたあ……」

「奏水、おつかれさまです。じゃあ夕飯の準備を手伝ってください」

「琥珀は容赦がないね」

「奏水の扱い方ならよくわかってきたので」

「そりゃあいいことだ」


二人が活版印刷所に本を持ち込んだその日から二週間ほどが過ぎた。


あの日は印刷所の偉い人に曲を聴いてもらったところいたく感激したのか、ぜひうちで作らせてほしいと逆に頼み込まれ、印刷所・鷲果・奏水と琥珀の三者による契約が締結された。

そこから二人は毎日のように印刷所に通い詰め、鷲果も暇だったのか顔を出してくれるので三者協議と試作が一週間わたって繰り返され、七日目で見事量産に成功。しかしそこで調子に乗らず、まずは少々の生産からスタートして徐々に数を増やしていく方向に舵を切った。


ちょうど大洲宮から徒歩数分の場所に位置している印刷所(ゆえに大洲宮の印刷所と称される)で手売りから始めると、物珍しさに手に取る人がまず出てきて、続いて奏水と琥珀が料亭での演奏時に宣伝したことで情報を知った層が流れ込んできた。


その販売がスタートダッシュを上手く切ったタイミングがまさに今日であり、琥珀は大洲宮最大の恩人である永里先生に出来上がった本を渡しに行ったり、印刷所に販売状況を聞きに行くなど精力的に動いていた。


そして対照的に家にこもっていたのが奏水で、ある意味いつも通りPCに向かって曲作りに励んでいた。自分の音楽をリリースするという夢が叶ったというわりに案外冷静だった。


「奏水はどうです? わたしたちの音楽が世に出た気持ちは」

「うーん、あんまり実感がない。別に広まってる様子を見たわけではないし、なにか現実的な形になって売れた証拠を見せられた感じもないし」

「そうですか。まあこういうのは時間が経つと感じるものでしょう。奏水が自分の音楽を売りたいと思った気持ちの背景にはもっと色々なものが混じっているはずですから、そこをゆっくり見極めながら経過を楽しむとよいのです」

「……琥珀は大人だね」

「奏水ほどではありませんけどね」


そう、自分でもあまり高揚感を覚えないことを不思議に思っていた。

でも琥珀の言葉で少し気が楽になったというか。


「私がこんなんだから頑張ってくれた琥珀に申し訳ない感じもあるんだけど……ゆっくり長い目で見ればいいのか」

「ですね。わたしは奏水の望むことをしたいだけなのでそこに失望や不満を抱くなんてことはありませんし。もちろんどこかで奏水の喜ぶ顔を見たい気持ちはありますが」

「ふふっ、じゃあもうしばらく待ってて」

「わかりましたよ。……それで、今日はどんな曲を作っていたのです?」

「おっ、気になるよね」


気分が軽くなった奏水に音楽の話題を振ってしまえば止まるわけがない。

夕飯の白米をお椀によそいながら奏水が饒舌に語った。


「御前会まであと二ヶ月でしょ。だからそろそろ神楽で披露する曲を書こうと思ってがんがん作ってる。曲は二つ用意して対照的な表現にしたいんだよね。前半がゆったりめで神秘的なアレンジ― ストリングスをがつんと入れて引き込んで、後半はアップテンポで玻璃の国の続編みたいなものを書こうかなって。どう思う?」

「よいと思いますよ。なにより構想は奏水の頭の中にあるわけですし、そうして一人でしっかり仕上げたものの魅力を増幅させるのがわたしの役目なのでそこはお任せです」

「琥珀は大人だねえ……」

「こういう創作性って複数人の意見が混じると純度が落ちる印象があるんですよね。尖ったものというか、なにか人の目や耳を引くものって尖ってる部分があって、それって人と話し合ったり人の意見を受け入れるにつれて丸くなってしまうような」

「うん。まさにそう思う、琥珀は先見の明があるね」


琥珀が今語った内容には奏水も完全同意で、というのもこの思想は奏水が尊敬する音楽プロデューサーが自ら語った内容とほぼ同じだからだ。日本で最先端を行ったレジェンドの思考を自ら得ている琥珀がいかに創作への理解があるかを実感した。

こんなにも良い人と一緒に音楽ができていることのありがたみを感じずにはいられない。


この調子でいけば巫女への道も決して険しいものではないと感じる奏水。

過大評価でも過小評価でもなく今の自分たちを俯瞰した結果だった。


そしてその柔らかく穏やかなムードに琥珀もふと口を開き―


「そういえば奏水、今日は両親にわたしたちの本を郵送してきました」

「お、早速送ったんだね」

「はい。二人ともわたしたちの神楽を聞きたいと言っていましたからね。なかなかよい親孝行ができたのでは、と思っています」

「それにお二人とも相談にのってくれたもんね」

「ですです。どんな風に思ってくれるか、どんな返事をくれるか楽しみです」


そんな風に色々な言葉を交わしながら夕飯の準備を終え、丸机で二人向かい合ってご飯の時間。

いつも通りの光景だが、ここまでの数週間の琥珀が懸命に行動してくれたことを想い返すとなんだか胸が熱くなってくる奏水。本当に自分が恵まれた立場にいることを感じる。


それと同時にふつふつと湧き上がってくるのは琥珀に対する親愛の気持ちで、自分をこんなにも慕ってくれる琥珀に対して何か報いたいし、そのためにも琥珀という人間のことをもっと知りたいと思った。自分のことを喋った事はそれなりにあるが、琥珀の話を聞く機会は比較して少なかったのだ。


(うーん……なんかよくわかんないけど琥珀のことをもっと知りたいんだよね。なんでこんなに思うのかわからないけど、琥珀の話が聞きたいなあ)


少し前にようやく琥珀への恋愛感情に気付きかけた奏水だったが、音源化を目指して慌ただしく動いてきた期間で見事に忘れてしまっていた。

ただ、その中でも自分でも気付かないうちに琥珀との距離は物理的にも精神的にも縮まっているらしく、次に発した言葉はとても自然なお誘いで―


「琥珀、今日は一緒に寝よっか」

「へっ……?」

「前にもしたじゃん? 同じ布団で寝ようよ。なんか琥珀とスキンシップしたい気持ちでね」

「す、すきんしっぷ……」


その単語の意味を記憶していた琥珀がおののいた。

しかし奏水があまりにも自然に誘ってくるものだから思わず頷いてしまい。


そこから就寝時刻に至るまで琥珀はずっとどぎまぎしていて、対して奏水は自然体のまま。上機嫌で楽器の手入れまでしていた。なので布団に入った後も二人の温度は対照的で―


「ん、琥珀はあんまり眠くなさそうだね。目が冴えてる」

「え、ええ。まあ、そうですね……」

「じゃあ私があやしてあげよう。よーしよし、琥珀はいい子だね」

「ふぇっ……あ、あたま、なでて……」


不意打ちで頭を撫でられた琥珀が顔を赤くする。

わずかな灯りの中でもそんな風に照れている琥珀の表情を目にした奏水は、可愛らしいと思うと同時に違う気持ちも感じていて。


(やっぱり琥珀は美少女だし可愛いし、自分とは違うタイプの子って感じだなあ。でも、琥珀が照れてるところを見てるとなんだか胸のあたりがむずむずするというか……)


いじらしいというか、愛らしいというか、なんだか守ってあげたくなる感じがする。普段の琥珀が自立した強い子だからこんな姿は見せないし、今こうしてもじもじと身をよじっている姿は自分しか見られないと思うと―


(なんか変……お腹の奥がうずうずする感じ)


その感覚自体が既に琥珀に対して友愛や親愛以上の気持ちを抱いている証拠だったのだが、残念ながらそちらの方面に疎い奏水は自覚できていない。


そしてその感覚に戸惑ってどうにか抑えようと考えた奏水は、安心すれば収まるのではないかと思って、無意識のうちに琥珀に抱き着いてしまい―


「っ――!!」

「んっ……琥珀、抱っこして」

「ひゃ、ひゃいっ……」


琥珀の胸に顔を埋めて、両腕は背中に回して強く抱き着く。

鼻孔に琥珀の甘い匂いが伝わる。柔らかい胸部の感触に思わず頬を擦り付ける。

その香りがあまりにも心地良くて意識まであっという間に侵食されて。


「琥珀っ……眠くなってきたぁ……」

「しょ、しょうでしゅかっ……」

「もう、ねりゅ……こは、ぅ、すぅ……」

「…………あ、あれっ……奏水、もう寝ちゃったんですかっ……?」


腕の中で丸まって眠っている奏水を見やれば、あどけない寝顔を見せてすやすやと寝息を立てている。本当に眠ってしまった。


(わ、わたし……どうすればよいのですっ、このままでは眠れませんっ……!)


抱きしめたままの奏水は体重を預けてくるから無下に引き離すこともできず、でも自分も寝ないといけない。そんな状況で琥珀は眠ろうと努力したわけだが、案の定寝付けず。


(こ、こんなにどきどきしたまま、眠れるわけがありませんっ……だってっ、奏水の寝顔が、こんな近くにあるのにっ……)


片想いしている相手の無防備な寝顔を見せられて欲情しないはずがなかった。

でも琥珀はそれらを必死に我慢し、我慢し続けたことで限界まで気を張って、その緊張が極限まで達した瞬間に糸がぷつんと切れて―



そこでようやく眠りに落ちたのだった。

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