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とある天才少女の独白

わたしは一条奏水という人間を好いています。


それは巫女を目指すための番としても、わたしという人間の良き理解者としても、まだ見ぬ未来を見せてくれる新時代の予言者としても。

そして、私生活において寄り添いたいと思う人としても。


世間はこういう気持ちを恋と呼ぶのかもしれませんし、実際に奏水と一緒にいて胸が高鳴ったりどきどきすることもあります。ただ、わたしの奏水を好いている感情の根っこは、その軸の置きどころはもっと他にあると思っています。


それは奏水という人間を深く理解したい気持ちです。

どんなことを考えて物事と向き合っているのか、どのような意図をもって行動を起こしているのか、どのような気持ちで人と関わっているのか。要するに人生哲学だとか人間性というものへの興味です。とても興味があります。


知的好奇心と称してよいものを奏水に対して抱いています。

そしてその先に「この人と一緒にいたい」という気持ちが生まれているのだと思います。


互いのことを深く理解し合い、共感できるものに共感し、そうでないものはそういうものだと割り切って尊重する、良くないと思ったことはそれを指摘し合える。

そんな関係を奏水と築きたいですし、築ける自信があります。そしてそんな相手と共に歩む人生はとても素晴らしいものになるだろうと思うのです。


だからこそ奏水がぼそっと呟いた夢というものに強く惹かれました。

これまでの間、自分の意思を貫きつつも「夢」などという大きな言葉をついぞ使ってこなかった奏水が、初めてその単語を発したのです。これは並みの願望ではありません。


奏水をもっと深く知るために、そしてわたしが奏水に相応しい人間としてもう一歩成長するために、ここはわたしが動く時だと直感が告げました。


だからこそ両親を頼るという選択が生まれたのだと今になって納得します。

そんな経緯があってわたしは今こうして実家に帰ってきて、厳しくも優しい両親に向かってまっすぐに言葉を投げかけ、奏水の夢を叶えようと動くことができたのです。




そして、もうひとつ奏水の夢を叶えたい理由があります。


奏水は異界の未来からやって来た迷い子です。

頼れる人の誰もいない世界に飛ばされて、どれだけの不安と恐怖を覚えただろうと考えると胸が痛みます。確かにわたしが保護者になりましたが、だからといって気苦労が絶えるとは思えません。衣食住の保証だけで心の平静に至ることは難しいでしょう。


もしわたしが奏水のいた世界に迷い込んだとしたら。

奏水が保護してくれたとしてもまともに生きていける自信がありません。見知らぬ風景、知らない技術、全く違う文化、それらに馴染むのは容易なことではないと強く思います。


そんな風に大変な思いをしたはずの奏水なのに、初めから一貫してわたしのことを考えた行動を取ってくれました。これまでの道のりで奏水が起こした行動はすべてわたしが巫女を目指すための布石ですし、それなのにわたしよりも大きな負担を抱えて長い時間を費やしていました。


奏水が両親から育児放棄を受け、その影響から一人で生きていく術を他人より早く身に着けるに至ったことは知っています。でもそれが異界に迷い込んでも強く生きていられるほどの力に変わるとは到底思えないのです。奏水は明らかに同世代の他の人間より― あるいはその上の世代と比べても尋常ならざる強さを持っていると感じざるを得ません。


そんな奏水が、わたしよりもよほど自立して生きる力を持って、それなのにわたしのために力を尽くしてくれる奏水が、初めて自分自身の夢を口にしたのです。


そんなの叶えたいに決まっています。

これは絶対です。わたしが奏水に報いることのできる最大の機会なのです。




さて、そうは言いましたが完璧な案などすぐに思い付くはずはありません。

そこで何か取っ掛かりが欲しいと思った時にふと浮かんだのは、いつか奏水に聞いた未来の音楽記録媒体の話です。その名を「しーでぃー」と言います。


奏水のいた世界では脱物理媒体が加速しているようで下火とは聞きましたが、それでもこの国からすれば最先端の代物です。理屈としては、音を電気信号に変えて「しーでぃー」の盤面に焼き付けて記録し、それに再生機器の「れーざーこーせん」を当てることで電気信号に変え、音にして出力する……そうです。


正直わたしにはその意味の半分も読み解けませんでしたが、大事なのは大枠です。しーでぃーというのは手に乗るほど小さく薄い円盤をしており、そこに未来のすごい技術を宛がうことで音を鳴らしているわけです。ならば、それをこの国の技術で再現できないでしょうか。


一般家庭にも行き渡るほどの記録媒体で手に取りやすい大きさのもの― 例えば活版印刷による新聞とか書籍とか。そこに音楽を焼き付ければ「しーでぃー」に似たものを作り出せるはず。


そして未来の技術の代わりに神力を使います。

奏水曰く、未来の世界には神力などというものは存在せず、類似する概念もないそうです。奏水が最初に神力を注ぎ込んで音を再生するという提案をしてきたのも頷けます。奏水にとって神力とは空想上の存在であり万能の力なのです。


活版印刷所はこの国に広まっています。それぞれの州に少なくとも一箇所はあります。

ではそこで音を焼き付けた書籍を製造することができればどうでしょう。大量生産、とまではいかないかもしれませんがある程度は数量を作ることも可能でしょうし、活版印刷の技術のみであれば安価に抑えられるはずです。


これはわたし渾身の発案です。

しかし、問題も残ります。


まずは音を焼き付けるという行為が可能かどうか。

今のところ最大の問題です。わたしの知識ではなんとも解決しがたいのが悔しいです。


続いてそれを本当に量産できるか。

仮に奏水が音を焼き付けることに成功したとします。それをお手本にして複製するように量産できるのか。これも不確定要素が残ります。


主な問題点はこの二つですが、試みているうちに新たな問題が出てくる可能性も想定すべきです。なにぶん大きなことをしようとしていますから。


そういうわけでわたしは両親という存在を頼ることにしたのです。

さて、母さんたちはどんな答えを返してくれるでしょうか。





―――





「ふむ、なるほどな」

「琥珀なりに考えてきたことが伝わるわね」


琥珀からの説明を聞き終えた両親はそれぞれの言葉で一旦の感想を口にした。困り顔をしている朝子は美琴にちらっと視線を向け、それを受けた美琴は目を瞑って腕を組んだまま。


美琴がこの時考えていたのはまず活版印刷の仕組みだった。

いくつか印刷方式があるがこの国の主流は凸版方式。となれば音楽情報を刻んだ印刷板を用意し、そこにインキを付け、紙を押し当てることで印刷は完了する。


ではそのために解決すべき課題はどこか。

一点目は大本となる印刷板を用意できるかである。新聞であればただ文字を刻めばよいが、音楽を文字で刻みつけるというのは難しい。

二点目は刻み込んだ音楽を紙に印刷した後、神力を注ぐことで音が鳴る仕組みが必要ということ。神力を音に変換する機構が備わっていなくてはならない。


それらをひっくるめて噛み砕き、琥珀に説明する。

琥珀が認識している問題点を更に具体的な課題に落とし込み、どこに焦点を当ててどんな技術が必要になるかを理解させる。教師ならではの巧みな誘導だった。


「うーん、だとしたら主な問題は二点目ですね。神力を音に変える機構をどう作るか」

「そうだね。印刷板の用意なら私に案があるからいけると思うけど」


そして大きな課題として残ったのは神力変換機構の問題。

そしてここでも琥珀が頼った両親の知恵が活かされる。朝子の出番だった。


「琥珀、突然だけど神力の起源は覚えているかしら」

「はい。この国を司る女神様の力の一端が地上までもたらされ、人の身に宿ったものが神力です。この国の創造を為した女神様から授けられたものですので、神力はある種万能といえます」

「ええ、よくできました。そして神力の行使を初めて教わった時、先生からどんな風に言われたか覚えているかしら」

「一番最初、ですか……? 想像することが大事なのだと教わりました。その想像が強く揺るぎないものになるほど精度と強度が増します」

「あ、それ琥珀から神術を教わった時にも聞いたよ」

「うん、二人ともいいですね。琥珀が言ったように神力の行使は想像が鍵になります。逆に言えば想像が非常に強ければこの世界の物理法則を無視する現象も引き起こせる。大洲宮で求められる神術もそのひとつね」


つまり、朝子が言おうとしているのはこういうことだ。

神力と想像を組み合わせてオリジナルの神術を生み出し、それを音楽記録に応用してはどうか?


ただ、神力と神術の知識に疎い奏水には非常に厳しい話だ。

つまり、今こそ琥珀がその実力を振るう時であって―


「…………母さんたち、ありがとうございます。道が見えました」

「うん、それはよかったわ」

「うむ。琥珀がやりたいようにやってみなさい。それを出来るだけの才が備わっていることは私たちが保証しよう」

「――はいっ!」


天才少女の才能がいよいよ真に発揮される時が来たのだった。

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